第9話 誕生日、おめでとう
何日、ご飯を食べてないのだろうか。まぁ、お腹も空かないし、全部どうでもいいや。こんな空腹でなんて人は死なないし、死んだら死んだでそれでいい。
どうせ、進学する未来なんてないのだから、学校にだって行かなくていいのだが、学校に行かないと親に怒鳴られて、殴られる。もう、いい加減その繰り返しは面倒臭い。また罰としてご飯だって抜かれるだろう。
ふらふらと、学校に行く。とっくに登校時間は過ぎており、遅刻の時間だ。裏口から、入り、職員室に遅刻届を書きに・・・行こうとして、担任の好々爺に発見される。
こっちに来なさい、と手招きされ、教科担当の準備室へ。マイナーな選択教科の先生だけあって、他に先生はおらず、微妙に広いこの部屋を先生は好きな様に使っていた。
「お前、大丈夫か?」
先生は質問してくる。
そう言えば、何日間か、眠っていなかったっけ。鼓動が速くて、眠れなかったのだ。きっと今の僕はよっぽど酷い顔をしているのだろう。
「はっはっは。」
力なく、僕は笑う。
「ご飯は?」
「・・・はっはっは。多分、二日前、に食べたきりでしたね・・・。」
笑うことしかできない。
すると先生は、僕に背中を向けて、戸棚を開ける。
そこから取り出したコンビニ製の白いチョコチップパンと胡桃の丸いパンを、電子レンジに入れ、温める。
「食べなさい。」
そう言って、軽快な音を立ててすぐに温まったパン達を、僕に手渡す。
お腹は、すいていなかったが、断る理由もなかったので、口に入れる。
「・・・・・・・・・。」
言葉は出なかったが、先に、なぜか涙が溢れた。
美味しかった。とても、美味しかった。
暖かいパンって、こんなに美味しかったんだ。僕は、知らなかった。
僕は、泣きながらパンを食べる。
食事なんて、胃に入れば全部一緒、味なんてどうでもいいし、まして温度なんて、熱いと食べにくいから、なんなら無くて良いし、僕は冷凍食品以外、電子レンジで温めた事はなかった。だから、コンビニのパンを温めて良いことも知らなかった。
だから、なんで、こんなに泣けてくるのだろう。
わざわざ誰かにパンを食べさせるのに、温めて手渡す。そんな一手間。きっと、先生がパンを温めていなかったら、僕は淡々と食べられていたのに。
泣いている。僕が、泣いている。
最後に泣いたのは、いつだっただろうか。食事より、眠りより、遥か昔だ。中学生の頃?いや、その頃には、もう泣けなくなっていた。きっと小学生の頃だろう。
あの頃は、親に怒られる度に泣いていた。けれど、泣くと親達は喜ぶ。僕の泣いている姿を見て喜ぶ。だから、僕は、どんなに怒鳴られても、殴られても、泣かなくなった。自分を、今、怒られているのは自分じゃない、そう思い込む事によって。「僕は、私。私は、俺。だから泣かない」そのフレーズを、親の怒りの嵐が過ぎるまで心の中で唱え続けた。泣かないことだけが、僕にできる精一杯の、ささやかな抵抗。最終的に、気がつくと僕は怒られるとヘラヘラと笑うようになっていた。何一つ、楽しくなんかなかったのに。楽しいことなんて何一つなかったのに。
あぁ、僕は今、泣いている。泣けている。笑えない。笑えないのだ。先生は、僕がパンを食べ終わるまで、じっと外を見ていた。
その後、僕は、先生と共に、高校卒業と同時に家ではない家をを出るために、とても大掛かりな手続きを越えて行く事となった。
今にして思えば、あの日、今の『僕』が生まれたのだ。涙を流したのは、逃げていた『俺』と『私』を殺して、生まれた証。いつだって、生まれてくる赤子は、生まれたことで、人に成った事で、これから始まる人生で受けるであろう苦しみを予期して、けれどもう生まれる前の場所には帰れなくて、怖くて、辛くて、耐えられなくて、泣くのだから。
もう、思い出せない昨日 白都アロ @kanngosikodoku
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