お守りの中の神様
甘木 銭
お守りの中の神様
そのお守りは海の見える山の上にある、縁結びで有名な神社で買われた。
そのお守りを買った中年の男は、この世に一切の楽しみが無いとでも言いたげな目をしている。
お守りの中の神様は、このような男をこそ自分が助けなければならないと、使命感に燃えていた。
今思えば、あの時はまだまだ新品で青かったのだと、そう思って諦めている。
神様はボートレース場にいた。
当然自分の意思ではなく、お守りの持ち主の男がそこに来ているからである。
男はこのレースにおける勝利を……正確には賭けの当たりを切実に願い、お守りに祈っている。
願われた以上は叶えねばなるまい。
神は出来る限りの応援をしてきた。
が、近頃はどうも振るわない。
理由は分かっている。
あのお守りだ。
「おう、なんだい今日も来たのか」
「持ち主が来るんだから仕方あるまいよ……」
安っぽい挑発の声に、神様は覇気なく答える。
神は特定の姿を持たないので、お互いに見えないまま、人間には聞こえない声で語りかけている。
「いつ来たって私には勝てんぞぅ。なんせ格が違う」
「神としての格はお前の方が圧倒的に堕ちていると思うが……」
相手は隣の市にある、大規模な神社のお守りに入っている神である。
このボートレース場の常連客が最近購入したらしく、力が強いために賭けている選手が違った場合には強大な敵となる。
同じ選手を応援している時にはこれほど心強い味方もいないのだが、こちらの持ち主は少々勝負師すぎるきらいがあるらしく、お互いの持ち主が賭ける選手は異なることが多いので、不利な勝負を繰り返すことになる。
現時点ではこちらの持ち主の負けの方が大きい。
向こうの持ち主も、こちらより少ないだけでトータルで見れば負けているのだが、そういうことはあまり細かく指摘してはならない。
「馬鹿かー、お前は。願いは希望だ。私たちは人間の希望の為に、思いにこたえるのだ。それに上下貴賤の区別はないぞぅ」
「しかしなぁ。どうも堕落をしている気がしてならんよ」
「頭が固いのぅ。そんなことばかり考えていると、何百といる同業者ごと自分の存在を否定しなきゃならんぞ」
そう。彼らだけではない。
このボートレース場には他にも多くのお守り達が連れて来られている。
神社の規模もその力の大小も様々。遠くの地からやって来た者もいれば、同じ神社から来ている者もいる。
しかし全員目的は同じ、自分の持ち主の願いを叶えることだ。
つまり、賭けた選手を勝たせる。
その為に神様達が出来ることは、選手やエンジンの調子、波や風などの偶発的な要素に干渉すること。
それによって応援している選手を支援したり、邪魔な選手を妨害するのだが、複数の神が様々に干渉するために力が打ち消し合ったり影響し合ったり、押し勝ったり押し負けたりしながらレースが作られる。
そしてこの神様は縁結びの神社出身。人間、特に心の部分に干渉するのが得意な為、選手の闘争心に火を着けるのが一番の仕事だ。
ライバルの神様達の見えない横顔を思い浮かべながら、神様は気合いを入れた。
そして、また負けた。
「いや、本当に。本当にすまない」
とぼとぼと背中を丸めて家路に着く持ち主の顔を見上げながら、神様は聞こえない謝罪を繰り返す。
前々から分かっていたことではあるが、神様の能力はこの持ち主の為に出来ることが少なすぎる。
何度も負け、そのたびに暗い目で安酒を煽る持ち主を見続けることに、神様も気が滅入り始めていた。
何か彼のために出来ることは無いだろうか。
ボートレースとの縁を切ってしまうのが一番早いのだろうが、そんな荒療治をしても彼の唯一の拠り所を奪ってしまうだけだろう。
結局、人間には自分の力で大切なものを見つけてもらうしかない。神様に出来ることはそのお手伝いまで。
「願いもしないことをあれこれとするのはお節介やも知らんが。大切なものを見つけるために出会いの機会は作って行こう。それでもお前が本当にしたいことがそれならば、まあ……今まで通りに応援しよう」
持ち主の心に寄り添う。
まずはそれが自分の仕事だ。
そう自分に言い聞かせながら、持ち主が幸せになることを願う神様だった。
お守りの中の神様 甘木 銭 @chicken_rabbit
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