第24話 エンディング
大阪に逃げてきてから一週間。僕達は相変わらず原口宅に居候していた。
今後の動きを決めかねていたからだ。
会社には既に入院したテイで連絡していたから暫くは心配ない。
考えていた選択肢は二つ。
まずは東京に戻って様子を伺うこと。
少なくとも今のところは目立った動きはない。
会社にも事実はまだ知れ渡っていない。
しかし、仮に警察が動いていなくてもあおいが何をしてくるか分からない。
住所はもう割れている。美香はどうだか分からないが…。
もう一つは様々な場所を点々とすること。
身元が割れにくいメリットはあるが、いつまでも続けられるか分からない。
長期に及べば、会社にも怪しまれる。
考えが纏まらないが、取り敢えずあおいに住所が割れていないか美香に確認することにした。
急いで行動したこともあって確認が漏れていた。
僕はリビングに向かい、寛いでいる美香に声を掛けた。
「ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「?どうしたの?」
「そういえば聞いてなかったけど、あおいは美香の住所は知っているの?」
「私からは言ってないけど、あの人のことだから調べ上げられてるかも。最寄り駅は教えていたから。…戻る?私の家に転がり込んでくれていいよ。あおいさんにバレていないかだけ心配だけど。」
「心当たりはある?近くで目撃したことがあるとか。」
「うーん……あっ。一回だけ怪しい人が近くを歩いていたことはあったよ。ロングヘアなんだけど顔は髪がかかって分からない感じの人。」
僕はその説明に心当たりがあるような気がすしていた。
そういえば新居に現れたあおいの姿も……まさかな。
「身長とか覚えていない?あおいに似通っているとか。」
「えーと、確か…一緒くらいだった。…まさかね。」
「実は最近あおいがなぜか新居に待ち伏せしていたことがあって、その時の様子と同じで焦ってる。」
「そっか。もしかしたら携帯奪われた時にLINE見られてバレたのかも。住所の目印をやり取りしてたじゃん?」
「なるほどな。だからバレたのか。ということは知っている可能性は高そうだな。でも、もう美香の家に一か八かで向かうしか無いよな。僕の家はもう安心出来ないから。」
「確かに。それならもう明日には出ましょう。」
僕は強く頷いた。
不安は拭えないが、選択肢は一択だったので却って腹を括ることが出来た。
その日の晩、夕食時に原口に明日出発する旨を伝えた。
原口は黙って頷き、僕達の肩を叩いた。
「とにかく慎重に動きなよ。何があるか分からないから。困ったら相談してきて。」
「ありがとう、落ち着いたらお返しするわ。」
「そんなの要らないよ。兎に角無事に帰って報告してくれたらそれでいいよ。」
僕達は原口の暖かい気持ちに感動して涙を流してしまった。
原口は苦笑いしながらその様子を眺めていた。
翌朝、僕達は一週間過ごした大阪を後にした。
行きで通った道をスイスイと引き返し、夕方には東京まで戻ってきた。
大久保には行かず、真っ直ぐ田町に向かった。
程なくして美香のマンションに到着した。
周囲を隈なく見張りながら室内駐車場に車を停めた。
今のところは怪しい人物はいない。
「降りようか。」
「待って。暫くここで様子を伺いましょう。昨日話にあったあおいさんが様子を見にきているかもしれないから。」
美香の提案を飲んで、一時間程車内から周辺の人の動きを見張った。
この間に不審な人物は現れなかった。
僕達はそれを確認すると、ゆっくり静かに車から外に出た。
周辺に最大級の警戒をしながらゆっくり美香の部屋に入った。
良かった。何もなく戻れた。
一先ず安心した僕達は、緊張の糸が切れたのか、揃って眠ってしまった。
ピンポーン。ん?こんな時間に誰だ?
インターホンのモニターを見に行くと、そこにはあおいが立っていた。
目は虚ろだが、カメラに向けて殺気を放っていた。
中に僕達が居るのに気付いているだろうか。
気付かずに偵察の可能性もある。
少なくとも美香の自宅をあおいが把握していることはほぼ間違いない。
なんて執念深い奴だ。部屋から出にくくなってしまった。
敢えて反応せず、様子を伺うことにした。
五分後にまたインターホンが鳴った。美香も気付いたのか此方にやって来た。
「こんな時間に誰…え…?」
「やっぱりアイツだよな。住所教えた?」
「いや、教えて…あっもしかして拐われた時に免許証見られたかもしれない。」
「そっか。取り敢えず出なけりゃ大丈夫だから無視しよう。此方に居るかも多分分かっていないだろ。」
「分かった。目覚めちゃったしコーヒー淹れようか?」
「ありがとう、貰うよ。」
美香はコーヒーを淹れるためにインターホンから離れた瞬間、あおい以外の人影を発見した。
制服…?帽子…?…警察か…?インターホンを暫く眺めていると、その人物がインターロックを解除してマンション内に入って来たのが分かった。
僕は直ぐに美香を部屋の外に連れ出し、非常階段を駆け降りた。
幸い此方にはまだ警察の目が回って来ていないようだ。
駐車場に着くと、直ぐにマンションを出た。
車窓には二台のパトカーが映った。バックミラーに目をやると、一人の警官が僕達の車を指差しているのが見えた。
完全に気付かれたようだ。
僕は更に強くアクセルを踏み爆走した。
背後には小さくパトカーの姿も見えた。
僕は取り敢えず近くのインターチェンジから高速道路に入った。
夢中で走っているうちに、中央道に入ったようだった。 後方にはまだパトカーが見えていた。
此方もアクセルを目一杯踏んでいた。
スピードオーバーは明らかだが、なりふり構ってはいられない。
尚も飛ばしていたが、急カーブに差し掛かったところでハンドルの制御が効かなくなった。
全身の血の気が引くのが分かったが、もうどうしようもなかった。車は側道にずれた。
…んっ?眩しい。此処は一体?辺りを見渡すと、眼前には無機質な木目が広がっていた。
ほんのりと優しい電灯の光は今の僕には眩しすぎる。どうやら寝ていたようだ。
重たい体を横に向け、視線を移すと、床が姿を現した。
しかし、その床は何故か黒く、柔らかさを備えていた。
どういうことや。此処は僕の部屋じゃない。
先ほどまで重たかった体は、違和感というリフトにより嘘のように軽くなった。
テレビがある。ゴミ箱がある。ティッシュが真横にある。でも異様にこの空間が狭い。
更に極狭空間を見渡すと、黒く小さなクリップボードに挟まれた紙切れを発見した。
そこには入場時刻、退場時刻が印字されていた。お店に入ったようだ。
紙切れを更に読み込むと、店名らしき印字を見つけた。
大五郎ボックス。判明した。僕は個室ビデオに入ったんだ。
でも、僕は事故で死んだ筈じゃ…もう一度紙切れを見ると、退場時刻を大幅に過ぎ、夕方になっていた。
夢か。安心した僕は急いで身支度を済ませ、延滞料金を払いに行った。
店を出た僕は電車に乗り込み、自宅をのある上石神井へ向かった。
真正面に派手な女が座っていた。
金髪セミロングにタイトな黒のワンピースを着用し、網タイツに真っ赤なヒールを履いたその女は何故か見覚えがある。何だっけな…。考えるうちに眠ってしまった。
次に目覚めると、もう上石神井に着く頃だった。
間も無く上石神井に着き、改札に向かう途中、目の前に薄ピンクのハンカチが落ちた。
前の派手女のものと思われた。
拾おうとしたが、嫌な予感がしたのでそのまま立ち去った。
正夢 @agmcanar
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