第23話 逃避行
タクシーは順調に進み、大久保駅付近まで差し掛かっていた。
僕達は良きところで降り、一旦落ち着いて話すために自宅に戻った。
自室に入ると、どっと疲れが全身を襲った。
アドレナリンが疲労を軽減していたのと、安心感が押し寄せたことで一気に体に負担がかかったようだ。美香も同じようだった。
正直暫く休みたいが、いずれあおいが此方に襲撃に来る可能性が高い。
美香も同じことを考えていたようで、直ぐに出れるように荷物をまとめたままにしていた。
「これまでの経緯を聞きたいけど、追々聞くわ。明日の朝一で飛行機に乗りたい。今は一時半だけど、もう羽田付近まで向かいたいがどう思う?」
「私も同じことを考えてた。私も早くあおいさんから逃げたい。」
「そっか。じゃあ決まりだな。今からタクシー呼ぶわ。」
タクシーを呼ぶために携帯に目をやると、メッセージが受信されていた。あおいからだった。
「警察に連絡したから。住居侵入は犯罪だよ?美香も含めてブタ箱に入りな笑」
あおいは警察に連絡したようだ。
恐らく住居侵入や暴行など、捕まる要素は満載だ。
逃げるしかないことは理解できた。
公共交通機関は既に張っている可能性が否定出来ない。
「どうしたの?」
美香が携帯を覗き込んできた。
すぐに状況を理解したようで、顔を強張らせていた。
「取り敢えず君は捕まらない筈だから残って。僕は一旦逃げる。必ず戻ってくるから待ってて。」
「ちょっ仕事はどうするつもりなの?」
「体調不良ってことにしとく。捕まったら元も子もないし。」
「…私も付いていく。」
「やめとけ。碌なことないから。分かってくれ。」
「いや、行く。もう仕事してないし。時間はたっぷりある。何なら私の車で行きましょう。」
「で、でも…」
「いいから。早くタクシー呼んで。私の家行くよ。」
美香は僕の話を遮ってタクシーを呼んだ。
僕なんかより余程肝が据わっている。
その迫力に声を掛けることができなくなった。
十分程でタクシーがマンション前に到着した。
「田町まで、急ぎでお願いします。」
美香がテキパキと運転手に連絡事項を伝え、早速出発した。
僕はすっかり美香に身を委ねていた。
田町に到着し、五分程歩いて美香のマンションに到着した。
駐車場もある立派なマンションだった。
この前までキャバ嬢だっただけあって相当稼いでいたようだ。
「さ、出発しましょう。最初は私が運転します。早く乗って。」
美香に促されるまま助手席に乗り込んだ。 美香は慣れた様子で運転し始めた。
「ところで、何処に向かいます?」
「そっか、まだ決めていなかった。取り敢えず出ないとという気持ちが先行していたから。…そうだな、大阪にしようか。」
「分かりました。因みにどうして?」
「原口が今月から転勤なのよ。取り敢えず相談しようかなと」
「ホントですか?知らなかったです…携帯奪われてたから。」
「そうだよね。そういえば聞けていなかったけど、ここ最近何があったの?」
「あおいさんに翔太さんと付き合っているのがバレたんです。丁度LINEしているのを見られて。バレた日の仕事終わりに歩いていたら後ろからいきなり口を塞がれて。多分ハンカチにクロロホルムを仕掛けられたと思います。少しそんな匂いがしました。次に気付いた時にはもう服を脱がされて縛られていました。」
「何で身勝手な奴だ。他に嫌な目には遭っていないか?」
「暴力とかは無かったけど、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられました。最初はいちいち傷ついていましたが、途中からは感覚が麻痺して何も感じなくなりました。」
「恐ろしいな。やっぱり行動して良かった。捕まるかもしれないけど、後悔はしていないよ。」
「本当に感謝しています。私も翔太さんを匿っている形になるので、もう覚悟は出来てます。」
車は当てもなく大阪方面へ走っていた。
足柄サービスエリアに到着する頃には、外は徐々に明るくなっていた。
コーヒーで眠気を覚まし、運転を僕に交代した。
美香は助手席に着いた途端、緊張の糸が切れたように眠ってしまった。
再度出発し、関西に近づくにつれて空がグレーから白に変わっていくのがわかった。かなり時間が経ったようだ。
関西まで逃げて来たは良いものの、まだ身を寄せる当てはない。
原口にはまだ連絡出来ていないし、仮にしたとしても受け入れるのだろうか。
あおいの件とはいえ、出頭しろと言われる可能性がある。
大体、何故美香を救い出して捕まらないといけないのか。
スタンガンを当てたのは過剰だったかもしれないが、あおいも刃物を所持していた。
寧ろ護身であり正当防衛である。
と、心の中で愚痴っているうちに、車は奈良に到達していた。
外は完全に明るくなり、すっかり朝になっていた。
気持ちも乗ってきたので、更に進み、東大阪まで来たところで一旦高速を降りた。
近くにハンバーガー屋があったのでそこで朝食を摂ることにした。
駐車場に駐車し、助手席の美香を起こした。
美香は両手を挙げて大欠伸をし、ゆっくりと目を覚ました。
美香の目が覚めたところで、車を降り、モーニングセットを二人で食べた。
窓から入ってくる木漏れ日がセットをより美味しく感じさせた。
エネルギー補給が完了した僕達は再度車を走らせた。
原口の新居は確か豊中の…千里中央とか言ってたな。
微かな記憶を頼りに千里中央を目指した。
思っていたよりは車の通りは多くなかったので、千里中央には思っていたよりも早く着いた。
適当な場所に駐車し、原口に電話した。
「もしもし?」
「もしもし?引越し完了した?」
「おう、昨日のうちに何とかね。朝から電話してきてどうした?」
「訳あって今大阪にいる。詳しくはあってから話す。今からそっち行っていいか?」
「もうこっちいるのか。分かった。じゃあ十時からだったらいいよ。」
原口とのアポは取り付けた。
今はまだ八時だから僕達は少し仮眠をとることにした。
次に目が覚めた頃にはもう約束の時刻が迫っていたので、早速原口宅に向かった。
言われていた原口の新居に到着し、インターホンを押すと、原口はすぐに招き入れてくれた。
リビングに通され、用意してくれたコーヒーを三人で飲みながら話し始めた。
「ビックリしたよ。二人揃って何があった?」
「俺、逮捕されるかもしれない。」
「どういうことだよ?」
僕は昨日からの一部始終を全て話した。
美香もここ数日の出来事を詳細に話した。
原口は絶句して黙って下を向いてしまった。
無理もない。あまりにも濃すぎる内容なだけに、情報の処理に時間が掛かってしまうのだろう。
永遠にも感じた無音の時間は、突然途切れた。
「事情はよく分かった。暫く此処にいてていいよ。会社には電話しときなよ。」
「ごめん、ありがとう。」
「全然いいよ。美香も心配だしさ。まぁずっと居るわけにもいかないだろうから、好きなタイミングで出ていいからな。」
原口は言い終えると、ベランダまで出てタバコを吸いに行った。
「翔太、これからどうするの?暫くタカ兄の所に居させてもらった後の話よ。」
「会社をどうするかが厄介だな。辞めたら収入無くなるしな。少し考えたい。」
「でも、もう警察が来るかもしれないし、早く決めないとまずいよ。」
「分かってるって。ちゃんと考えるから待ってくれ。」
美香はやや不満げな顔をしながらも渋々頷いた。
美香の気持ちも分かるが、慎重に動かないと大阪まで来た労力が無になってしまう。
そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、原口は此方を向くことなくタバコを吸い続けていた
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