第22話 救出
山手線に乗り込んだはいいものの、極度のストレスに曝された僕は思考能力が弱くなっていた。
これからどうすれば良いのか。美香が無事なのか。頭は混乱を極めていた。
幸いにも山手線は終点がなくぐるぐる回るので降りなくて良い。
落ち着くまで取り敢えず座ることにした。
座席に座ると、いつも以上に柔らかく感じられた。
安心感がいつもの座席を高級チェアに変えていた。途端に視界がぼやけた。
意識が戻る頃には車窓は黒くなり、規則的な星が広がっていた。
どれぐらい寝たのだろうか?しかし頭は冴え渡っているのは分かった。
回復した僕はこれからの計画を練ることにした。
最優先は美香を監禁から解放することである。
しかし、大きな問題点があった。
あおいの家を知らないのだ。
室内に入るにはまず自宅を特定する必要があるし、更に部屋番号まで辿り着く必要がある。
本人に聞き出すのが現実的ではない今、方法は一つ。あおいを自宅付近に誘き寄せることにある。そうであれば…
僕は高田馬場で山手線の車両から出て、西武線に乗り換えた。
電車を待つ途中、僕はあおいのメッセージ受信拒否を解除し、上石神井で彷徨いていることを匂わせたメッセージを送信した。
もし見ているなら急いで上石神井までターゲットを仕留めに向かうであろう。
メッセージを送り終えてすぐに電車が来たので乗り込み、座席に座って改めてメッセージを確認した。すぐに返信が来た。
「テメェバカにしてるのか?」
返信をしても良いのだが、あくまでも狙いはあおいをマンション前に誘き寄せること。
僕はグッと堪えて無視した。美香は無事なのか?遊ぶとは何か?拷問?何方にせよ彼女が自由に身動きが取れない状態であることは間違いない。
体は熱く、頭は冷静にと自らに言い聞かせるうちに上石神井に到着した。
駅舎から出て広がる光景は見慣れていた筈だが、この日は初めて来たような感覚に襲われた。
目的が不純だから動揺しているのだろうか。
旧宅とは逆方向のあおい宅方面と思わしき場所を当てもなく彷徨った。
駅から離れるにつれ辺りはすっかり暗くなり、街灯の僅かな灯りを頼りにゴールのない道を進んだ。
喉が渇いて来たので、近くのマンションに併設されている自販機でアイスコーヒーを購入した。
飲もうとプルタブに指を掛けた時、周囲から殺気を感じ取った。
上下左右を見渡すが、人の気配はない。
過敏になっているだけか。
気を取り直してコーヒーを一口含んだ。
喉が渇いていたのでいつもよりも美味しく、広がる風味が過剰に掛かるストレスを和らげた。
此処に留まっても仕方ないので先に進むことにした。
念の為マンションの様子を伺ったところ、三階の奧の窓から見える人影が不審な動きをしていることに気が付いた。
窓付近で右往左往しながら時々外を覗き込んでいた。もしや…
僕はその部屋の死角になりそうな場所を見つけて隠れながら様子を見守ることにした。
レースカーテン越しの影を見る限りロングヘアーであり、女性であると思われた。
僕はメッセージの受信がないか確かめた。今のところ受信はなかった。
カマをかけるためにまだ上石神井を彷徨いている旨をメッセージで送った。
直ぐに確認したのか、再び窓に目を向けると、その部屋の影が何やら覗き込み、外の様子を伺う様子が見て取れた。
疑惑が確信に変わってきた。
後はあおいを誘き寄せるだけだ。
「マンションの下にいるかもね。出て来いよ。勇気が無いから出れないだろうけどな」
再び窓を覗き込んでみると、影が消えていた。
来る。僕は覚悟を決めていた。
一分程であおいらしき人物がマンションから出て来た。
右手に何か握っている。
辺りが暗く、判別が出来なかったが、握り方や細長い形状から考えれば刃物であることは明らかだった。
手汗が止まらなかったが、ここまで来た以上逃げるわけにはいかない。
目的は美香を解放することだ。このチャンスを活かす。
僕はスタンガンを取り出し、背後から押し当てた。
あおいらしき人物が一瞬で気絶し、倒れ込んだ。
携帯のライトで倒れた人物を確認した。
間違いなくあおいだった。右手には果物ナイフを握りしめていた。
下手したら殺されていたなと自らを正当化させながら、彼女のスウェットのポケットに手を入れた。
自室と思わしき鍵が入っていた。鍵を奪うと、あおいをマンション敷地内の庭に移動させ、マンション内に入って行った。
エレベーターで三階に移動して、あおいの自室の鍵を解除した。
室内に入り、リビングを進むと、窓の横にドアがあった。
そのドアを開くと、真っ暗だったので電気を点けた。
髪はボサボサの荒れ放題、髪に目が隠れており、白のキャミソール姿のまま両手を後ろで縛られ、口をガムテープで塞がれた女性が体育座りをしていた。
急に電気が点いて怯えたのか、女性は下を向いたままだった。
僕はまず縛られた両手を解き、ガムテープをゆっくり剥がした。
尚も目を合わせないので、目にかかった髪を横にずらした。
女性は観念したのか、ゆっくりと目を開けた。
「翔太…?」
「そうだよ。美香を心配してたよ。」
美香の目に徐々に涙が溜まっていくのが分かった。
美香は僕を激しく抱擁した。
その力はとても強く、今までに感じたことがないほどだった。
「うう、怖かった。ずっとこのままかと思ってた。ありがとう。」
僕はただただ美香の抱擁を受け止めた。
美香は溜め込んだ思いが溢れたのか、僕の唇を奪い出した。
僕はその思いを理解して、身を任せた。
美香の溢れる思いは僕に経験したことのない悦びを与えた。
思いをぶつけ合った僕らは冷静になり、今の状況を整理した。
スタンガンで気絶しているとはいえ、いつあおいが戻ってくるか分からない。
それに警察に行かれてしまえばほぼ捕まるのではないか。
恐らく監視カメラにも一部始終は写っている。 後先考えずに突っ走ったが、大変な状況が迫っていることは容易に想像出来た。
どうしようか。取り敢えず出なければいけないことは確かだ。
僕は美香の手を引き、急いでマンションの外に出た。
まだ倒れている美香のポケットに鍵を戻し、上石神井駅に急いだ。
しかし、目の前を最終電車が出てしまった。
途方に暮れてしまったが、美香は冷静だった。
「翔太、取り敢えずタクシーで離れよう。駅前から少し離れた所に乗り場があったはず。」
その言葉を信じて、僕達はタクシー乗り場に急いだ。
到着すると、タイミングよく一台待機していた。
「取り敢えず新宿方面に出てください。」
運転手は何かを察したのか、黙って頷くと出発した。
上石神井駅を横切る時、バックミラーに人影が写った。 その人影は明らかに此方に向けて何かを叫んでいるように見えた。
しかし、僕達は無かったことにするように無言のまま車窓を眺めた。
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