第21話 逆襲

電車で最寄駅に着き、自宅へ歩く途中、メッセージを確認した。特に受信はしていなかった。

 そう言えば最近美香のメッセージの返信が遅くなっているし、素っ気ない。

 既にキャバクラは辞めて時間はあるはずだから余計不思議に感じていたが、新しい職場絡みで色々あるのだろうと考え特に気にしていなかった。

 自宅のエントランスに入りかけた時、ふと横を向くと、遠巻きに人影が見えた。

 ロングヘアが顔を覆い尽くしていたので顔は分からなかったが、こちらの方を向いていたのは確かだった。

 全身の肌に突起が浮いて来たが、動く気配は無かったので慌ててエレベーターに駆け込んだ。

 怖かったな。今日は外出は控えよう。

 そう考えながらドアが閉ま…らなかった。先程のロングヘア女が足を挟んで来たためドアが開いてしまった。

 意識が飛びかけたが、何とか耐え、目の前の女の様子を伺った。

 相変わらず顔も見えず、かといって言葉を発することも無かった。

 エレベーターの音しか聞こえない異常空間は永遠に感じられた。

 自宅の階に着いたが、動くことは出来なかった。

 足元が引き攣った様な状態になったのだ。

 そんな僕の様子を察したのか、女が僕の腕を掴んでエレベーターの外へ引き摺り出した。

 予想しない女の動きに面食らった僕は言葉も発せないまま体の重心を後ろに向けることしか出来なかった。

 業を煮やしたのか、女は顔にかかった髪を掻き上げた。

 姿を見せた顔は、僕に絶望感を与えた。あ・お・いだ……ハハハ

 防衛本能か僕は笑っていた。あおいは尚も無言であった。

「どう言うつもりだ。何がしたいんだ」

「分かるよね…?」

「えっ…な、何がだよ」

「分かるよなっつってんだよゴルァ!」

 あおいがエントランス中に響く大声を張り上げた。

 ポツリポツリと通り過ぎる通行人が驚いた様子で此方を向いていた。

 僕はあまりの迫力に完全に萎縮し、声が出なくなっていた。

 あおいが顔面を更に接近させ、捲し立てた。

「テメェが周りに言いふらしやがって。店も続けられなくなったんだよ。それにテメェ、美香に乗り換えただろ?全部知ってんぞゴルァ!」

「な、何でそのことを…」

「何でじゃねぇよ。美香の携帯の待受テメェだったからよ、問い詰めてやったんだよ。そしたらなぁ、アンタに関係ないとほざきやがったから仕事後に拉致してやったんだよ。テメェとのメッセージも全て私が返信してやってたわ。イヒヒヒヒ…」

 あおいは見たことない気味の悪い笑い方をした。

 その姿は何かに取り憑かれた様な異常さが滲み出ていた。

「拉致って…美香はどこにやった?」

「私の家だよ。たっぷり遊んであげるの。イヒヒヒヒ…」

「遊ぶとは何だ!早く美香を解放しろ!何がしたいんだ!」

「テメェに関係ないよね?しゃしゃんなよクズがっ」

 あおいが僕をエントランスの壁に叩きつけた。

 痛みで頭がくらっとした。

 あおいは尚もポケットに手を伸ばした。

 何かを察知した僕は右手が塞がった一瞬の隙をついてあおいの腹部を蹴り付けた。

 あおいはバランスを崩して転倒した。

 僕はエントランスを飛び出し、駅までダッシュした。

 駅入口が目前に迫ったところで後ろを振り向いた。

 遥か後方にあおいらしき人影が小さく見えたがゆっくりと走っているだけだった。

 どうやら戦意喪失しているようだ。

 兎に角自宅に戻るのは危険だ。僕は現実逃避のために山手線に暫く避難することにした。

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