第20話 原口

激動の日々から半月経った月末、今日は原口の東京勤務最終日である。

 昼休憩が近づいた頃、原口が僕の部署に顔を出した。

「阿部ちゃんお疲れ!いよいよ今日で最後だよ。偶に大阪に出張作って来てくれよ!」

「出張行く機会は無い気がするけど、適当に遊びに行くわ!あ、話変わるけど今日終わったら飲まないか?昨日の送別会はクレーム対応で行けなかったからさ。」

「ああ、いいよ。周りには言うなよ。一応引越し準備する体で話してあるからさ。」

「了解、じゃあまた!」

 お互いに右手を軽く上げて別れた。

 原口を誘ったのは送別会に行けなかったからだけではない。

 原口に美香と付き合ったことをまだ報告していなかったこともある。

 何となく言うタイミングを逃し続けて遂に最終日になってしまったから今日のうちに報告したい。

 僕はいつも以上に効率的に仕事を定時に終わらせて、原口と合流した。

 同僚達にバレないように原口宅で家飲みすることになった。

 近くのコンビニで酒とつまみを購入して原口宅に入った。

「じゃあ今までお疲れ様、大阪でも頑張れ。乾杯!」

 僕のぎこちない挨拶で乾杯をした。

 二人飲みだから雑でも怒られることはない。

 世間話をしながら酒の缶とおつまみが半分くらいになった頃には二人とも丁度良い位に酔いが回り、ワイワイ盛り上がった。

 僕はこのタイミングで美香との件を報告することにした。

「原口、実は言っておきたいことがある。」

「何それ、俺を狙うのか?」

 出来上がった原口は両手をクロスさせて乳首を隠すポーズで僕を弄ってきた。

「違う違う。実はさ、最近美香と付き合うことになった。」

 出来上がって上機嫌だった原口が缶を持ったまま固まったあれ程騒がしかった室内が静まり返った。

「いつの間にそんなことになったの?」

「あおいとの騒動の後に二人でご飯に誘われてそのまま付き合うことになった。」

「マジか。ビックリして酔いが覚めたわ。もっと早く言えよ。でもおめでとう!」

 原口は僕の肩をポンポンと叩き、再び止まった缶を傾けて飲み始めた。

 飲むペースが上がった原口はやがて泥酔し、眠ってしまった。

 僕は原口に掛け布団を被せ、前に使わせてもらった部屋で寝た。

 翌朝、目が覚めた僕はリビングの原口の様子を見に行った。

 原口はまだまだ寝ていた。

 今日の原口の予定を確認していなかったので、念の為起こすことにした。

 原口はまだ眠そうに目を擦ったが、直ぐに目覚めた。

 どうやら今日は昼には大阪行きの新幹線に乗るらしい。

 昼までの間に引越し業者が来て作業するらしいので、僕は急いで机の上の缶や容器を片付けてから原口宅を出た。

 去り際に二人とも手を挙げて最後の挨拶にした。

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