【第二話】小さな聖者の妹守護計画





 三歳のとき、時を戻ったと気が付いた。

 よりにもよって妹リリーが連れて行かれたあとだった。

 リリーはすみれ色の瞳と、金色の瞳のオッドアイで生まれた。

 金色の瞳のオッドアイは神を宿す瞳と言われる。

 だから、片田舎で生まれたにも関わらず、半年もしない間に行商人が運んだ噂を聞きつけ、聖教会から迎えがやって来たのだ。


「リリー……?」


 幼いルキは、妹を腕に去っていく白い衣服の人たちの後ろ姿を呆然と見ていた。


「泣くな、これで良かったんだ」


 傍らで、父が母を慰め、家の中に入っていく。


「あの子にとって光栄な運命じゃないか」

「うん、めい……」


 さっきまでも神官から散々聞いた言葉が、今とてつもなく嫌な言葉に聞こえた。

 直後、頭痛に襲われてルキは蹲る。なぜ運命という言葉に引っかかるのか。違和感を覚えるのか。分からず、ただただ不快さが増えて、ルキの目に涙が滲む。


「『おやおや、まだ泣いているのかね』」


 聞き慣れない声が頭上から聞こえた。

 ルキが顔を上げると、木の枝に白い小鳥がとまっていた。


「『やあ』」


 小鳥がしゃべった。

 夢か幻覚か。とっさにそんなことを考えるルキの考えを見透かすように、小鳥が「『私を呼び覚ましたことを忘れたのかね? ルキ』」と呆れた口調で続けた。


「僕の、名前……」


 呼び覚ました……? あの鳥に見覚えはない。けれど、声は。

 刹那。全てを思い出す。怒りと悲しさも、無力感も全て。

 ルキは自らの小さな手を見下ろした。


「……『俺』は──戻って、きたのか」


 小鳥が頷いた。


「リリーが連れて行かれた」

「『あの娘が聖女となることだけは避けられぬ。運命の女神の祝福を特別受けていることに変わりはないのだ』」


 妹は聖教会へ行ってしまった。では、自分はどうすべきか。

 ルキは懐かしい家と、故郷の景色を見ながら考える。


 リリーが連れていかれた年ということは、今自分は三歳。

 前回は神官となるための神聖力を持っていなかったため、魔術師となった。

 魔術師は魔術の素質さえあれば身分を問わずなれ、最高位ともなれば貴族と同等の扱いを受けるからだ。

 王族にも拝謁でき、聖教会の関わる儀式にも参列する資格を得て、聖女の顔を間近で見る機会に恵まれる。

 だから十四歳のとき、たまたまこの地を訪れた魔術師に見出だされて以来、ひたすらに励んだ。

 でも今から十一年も待っていられないし、待っていたとしても魔術師ではまた妹を守れない。聖教会は基本的に神官だけの領域で、魔術師も騎士も常駐しないからだ。いや、そもそも──


「ルキ、おまえもおいで。家の中に……」


 父の声に振り向いたルキを見て、父が息を飲んだ。


「ルキ、お、おまえ」


 父の様子に顔を上げた母もまた、ルキを見て目を見開いた。その驚きようは、生まれたばかりのリリーを見た時と同じだった。


「さっき、神官様がルキの神聖力も測ったときは皆無だったのに、どうして」


 ルキは両親が驚く理由が分かっていた。

 本来持っていた魔力は感じられず、その分なかったはずの神聖力を自らから感じた。

 今回、自分は魔術師にはなれない。その代わり、神官になれる。


「……感謝します」


 両親には聞こえない小さな声で、ルキはちらりと小鳥に視線を向け呟いた。


「『唯一私を信ずる者への対価だ。飛び立つがいいよ、ルキ』」


 小鳥は小さな翼を羽ばたかせ、枝から飛び立った。



 *



 ルキは神官見習いとして受け入れられる歳を待ち、五年前に聖教会を訪れた。

 幼い神官見習いは多いが、神聖力や教養を身に着けるため、多くが神官となるのは十五歳を越えてからが一般的だ。

 だがルキは神官見習いとなってわずか二年後、十歳にして最年少神官として資格を得た。


 現在ルキがいるのは、聖都オーデン。

 国の主である王がいる王都とはまた別に、聖教会が権威を誇る都だ。

 王都で最も目を引く建物が王宮であるように、聖都ではそれは聖教会本部だった。

 純白の石で建造された教会は、聖都に入った瞬間から神々しいほどの存在感を放っており、内装もまた白を基調とした清廉な雰囲気を漂わせていた。

 何もかもが白い世界は、来たばかりの頃は眩しいばかりだったが、今ではルキも慣れたものだった。


「ルキ神官、おはよう」

「おはようございます」


 白に青い線の入った神官服をひらひらと揺らし、手には花を持った少年。

 足取り軽く歩く小さな神官の姿に、大人の神官たちが笑顔で挨拶をする。

 彼らは最年少で神官となり才能を発揮しながらも、謙虚に励むルキを「小さな聖者」と呼び、称えていた。

 神官見習いたちが歩ける区域ではないため、自らより大きな大人たちを見上げながら、ルキもにこにこと挨拶する。

 前回の生でルキは笑顔が多い方ではなかったが、現在置かれた立場では毎日自然と口角が上がる。

 そうして足を止めたのは一つの扉の前。

 聖教会の衛兵が守る扉が開くと、見えた姿にルキは柔らかく目を細める。


「リスティア様、おはようございます」


 ルキの目に映るのは、身の回りの世話をする大人の女性に囲まれた中心にいる小柄な少女ただ一人だけだった。

 金茶の髪はまっすぐ艶やかで、透明感のあるすみれ色の瞳が美しい。

 彼女が生まれたときに発現した片方の金色の瞳の色は、神聖力のコントロールを覚えると、神聖力の使用時にのみ表れる色だ。

 やはり彼女自身が持って生まれた色の方がよく映える。

 十歳の小さく華奢な体に身に着けた、金色の糸に縁どられた純白のドレスもよく似合っていた。毎日見ようと見飽きることなどない。


「おはようございます、ルキ」


 自らに向けられた愛らしい笑顔に、ルキは今日も胸がいっぱいになる。

 今日も妹がかわいい! 妹が息して、笑っているだけでなんて素晴らしいのだろう! 妹の笑顔だけは毎日見ようと眩しい。

 そう、その少女こそ聖女として聖教会にいるルキの妹だった。

 聖女として迎えられときから赤の他人として籍を作られている彼女は、実の親がつけた名前とは別に「リスティア」と名付けられていた。

 だからルキと兄妹だとは本人も周囲も知らない。


「わあ、ルキ。それはチューリップですね」

「はい、お好きでしょう?」


 リスティアはルキの手にあるチューリップの花束に嬉しそうにした。

 ルキは飾っておきますねと、リスティアの世話係の一人に渡す。世話係の女は、にこにことルキを微笑ましげに頷いて、いつものように入り口付近の花と取り換え始める。


「お食事ももうすぐで来ます。今日も僕が見ていたから大丈夫ですよ」

「はい」


 リスティアが少し申し訳なさそうに、小さくなりながらも今日も安堵したように頷いた。


 先日、リスティアの食事に毒が混入していた。幸い彼女の口には入らなかったが、毒見役が倒れ苦しんだ。

 以来リスティアは出される食事を怖がっている。

 これでも事件直後は一口も食べられなかったので改善されたのだ。


 リスティアは、中々周囲に近い年頃の子供がいないからか、初対面からひたすら優しく接してきた甲斐あってか、ルキに心を許してくれていた。

 食事も、ルキが最初から最後まで作るところを見守っていたと言って、恐る恐る口にしてくれたのだ。


 ここぞとばかりに色々と言う者もいるが、怖くならない子供などいるだろうかと思う。

 それを防げなかった自分に腹が立ったので、神聖力を使用して浄化まで行っている。

 色々言う者に見られようものなら大げさなとうるさいし、リスティアも気にするのでこっそりだ。


「大丈夫、もうあんなことは起こりませんよ」


 ルキは裏での行動も本音も隠し、リスティアに柔らかな微笑みを向けた。


 リスティアの食事が終わると、ルキはリスティアと別行動になる。

 ルキは下級神官としての授業や雑用を片付けに、リスティアは聖女としての授業を受ける。

 この授業がまた厄介なのだが……。


 午後になると、リスティアの聖女としての勤めに同行する。

 聖教会には一般開放されているエリアがあり、そこには日々魔に侵された患者が来る。


 彼らは大きく二種類に分けられ、

 一つがどこからともなく発生する、瘴気という人間には害を為す黒い霧に侵された者。

 もう一つが呪い、と言われる不可解な現象に侵された者だ。

 それらは神聖力によってしか改善しない。


 よって彼らは聖都内のみならず、王都から来る。その他の地からは、地方の聖教会の拠点で手に負えなかった重症者が来る。

 神官は日々彼らを神聖力によって癒している。

 神官より大きな力と特別さを持つ聖女は、本来神官の力が及ばなかった患者のみを見ればいいという風になっているらしいが、リスティアはルキの助言で毎日足を運んでいた。


「ルキじゃない」


 呼ばれたのはルキだったが、その声にリスティアがびくりと肩を震わせた。

 足を止めたリスティアが窺うように見た先には、堂々と歩く同じ年頃の少女がいた。

 輝く金髪に、ピンク色の瞳が勝ち気に輝く。


「シシリア様……」

「あら泣き虫リスティア、いたの」


 もう一人の聖女。リスティアの二つ年下の八歳ながら、すでに一人前のレディの口をきく彼女のことを、リスティアは「様」をつけて呼んでいた。

 シシリアがそうさせたし、周囲も何も言わなかったそうだ。

 彼女が王都でも権威を奮う名門侯爵家の令嬢であるから。

 リスティアは平民だから生家から引き離されたが、シシリアは侯爵家である実家から引き離されていないどころか、強い後ろ盾として、教師の手配など手厚く支援を受けている。


「おまえ、また呼ばれていないのに行くの?」


 シシリアはじろじろとリスティアを見て、ふん、と笑う。


「聖女の力をそんな風に軽々しく使うなんてみっともない」

「……」

「まあ、平民聖女ならせかせかと働き回っているのがお似合いかしら。せいぜい前みたいに無様ことはしないことね」

「……」

「おまえが出来ないことでも、わたくしになら出来るんだから」


 シシリアが嫌味を言うたび、リスティアの表情が曇っていくので、ルキは彼女の耳を塞いでしまいたかったし、叶うならさっさとこの場から去ってしまいたかった。

 そして、シシリアを睨み付けて胸ぐらを掴んでやりたい気持ちでいっぱいだった。


「大丈夫ですよ。シシリア様にばかりお役目が片寄らないよう、こうして毎日力の使い方に慣れようとしているのですから」


 にこりと作り笑顔を張り付け、ルキはリスティアの側からやんわりと口を挟んだ。


「ね? リスティア様」


 ルキが来る以前、リスティアは聖女として呪いの重症患者の浄化を担当することになり、無理をして倒れてしまったという。

 それを聖女としてみっともないとことあるごとに言われ、リスティアも失敗を恐れていた。

 そこでまずはその恐れを取り除き自信をつけるべきだと思って、ルキが毎日の患者の浄化を提案したのだ。

 ほっと頷くリスティアの様子に、シシリアが不満そうに眉を潜めた。


「そうだわ、ルキ。リスティアに用があって話しかけたのではないのよ」


 シシリアがどこまでもリスティアをこけにするので、ルキは内心悪態をつきながら、笑顔のままで首を傾げる。こっちはお前に用はない。


「空いた時間にわたくしのところに来るといいわ。美味しいお菓子があるのよ」

「お嬢様、平民出身の神官など構われませんよう。侯爵様がお許しになられません」


 シシリアの側仕え神官がシシリアを嗜める。おそらく侯爵家からシシリアのためにと聖教会入りさせられた神官なのだろう。


「べ、別に。優秀な神官なら、リスティアの側に置いておくにはもったいないでしょ」


 シシリアはつん、と顔を逸らした。


「ふん、リスティア。ルキを側に置いていられるのも今のうちよ」


 世の令嬢より退屈で、面白味のない生活。

 その鬱憤をリスティアで晴らしているのか、実家の行為を真似して、シシリアもリスティアの味方を減らそうとしているのか。

 たちの悪い貴族の令嬢が去っていく後ろ姿に、ルキは笑顔がひきつった。


「ルキ……」

「はい、リスティア様」


 作り笑顔から、自然な笑顔へ。

 にこにこと微笑んで、ルキは愛しい声の方を向いた。


「ルキは、いつもずっとわたしに仕えてくれると言っていますが、本当に、シシリア様の方へ行ってしまわないですか……?」


 かつては世話人さえ取られていたリスティア。

 神官も含め、聖教会内部ではシシリアの方につけば旨味があるが、リスティアについても何の旨味もないという空気だ。

 シシリアの周囲にいる者は、露骨にリスティアに厳しかったり冷たい。

 今世話人で残っているのはリスティアを本心から想う少数精鋭だ。

 その世話人たちを思い出したのか、不安そうにするリスティアに、一片の迷いなくルキは即答する。


「僕にはあなた一人ですよ、リスティア様」


 ルキもこれまで何度となく他の神官たちに、侯爵家出身の聖女についた方が賢いとか言われてきた。

 だがルキにとって損得ではない。

 ルキの真剣な眼差しと言葉に、リスティアはわずかに頬を赤く染めた。


「……たらしの才能があるわ」

「? 何か? ヘレナさん」


 リスティアの世話人の一人が何かぼそりと呟いた。



 *



 リスティアの役目への同行を終えると、ルキは上級神官の使い走りに勤しむ。

 純粋な仕事の頼みもあるが、シシリア側の神官からの嫌がらせ込みの使い走りも時々ある。


「魔術師のときもそうだったけど、どこでも位がそれなりにあるのに子どもみたいな嫌がらせをする奴がいるんだなぁ」


 シシリアが、リスティアの側に仕えはじめて初めて会ったときから、ルキをことあるごとに構うからそれを妬む者もいるらしい。

 だがルキが思うに、シシリアの魂胆はおそらく、ルキをリスティアから引き離すことにのみあるはずだ。

 なぜなら、リスティアの教師が間違えたことを教えて公の場でリスティアに恥をかかせたりするのは、侯爵家の息がかかっているから。

 娘聖女より平民聖女が優れているのはあってはならないと思っているから。


 前回の生のときも、リスティアとシシリアは聖女としてよく比べられていたが、シシリアの方が優れているという論調だった。

 リスティアが手に負えなかった呪いをシシリアが解いたり、リスティアが儀式で手順を誤ったり、礼儀がなっていないと言われていた。

 真実を確かめる術のなかったルキはただリスティアの耳に入りませんように、リスティアが気にしていませんようになどと祈る他なかったのだが。

 今回の生で、原因が分かってきた。


 侯爵家がリスティアを貶めている。

 そして、神官長も関わっている。


『侯爵から何か知らせは』


 遠く離れた神官長の部屋の話し声が、ルキの耳に聞こえてくる。

 どうやら、先日のリスティアの毒殺未遂事件が新聞に載った件で混乱しているようだった。


 とある情報筋によると、シシリアの父侯爵と神官長は王都の侯爵邸にて何度か会食しているらしい。

 会食には娼婦が多く呼ばれ、神官長は何度も接待を受けている。

 前世は貴族世界に興味がなく疎かったが、聖教会は王宮でも影響力を持つ。侯爵も影響力を持っている。だが互いに敵なしではない。

 シシリアが聖女の素質を持っていたことがきっかけか何かは分からないが、神官長は侯爵と何らかの取引をして通じている。

 侯爵はともかく、神官長が外では娼婦に溺れ、賄賂を受けとり、聖教会でも神官・世話係問わず女に手を出す欲まみれの生臭神官だとリークするのは簡単だが……。

 いずれ神官長の座から引きずり落としたいときまで取っておくのがいい。

 次もろくでもない貴族が後釜に収まる可能性なんていくらでもあるので、いざというときに脅して手綱を引けるようにしている間に、神官長の座を狙う貴族の知り合いでも作りたいものだ。


『何も』

『ではやはり侯爵ではないのか。……くそ、なぜ何も分からないのだ! 一体誰がリスティアの毒殺未遂の一件を新聞に……!』


「もういいですよ」


 そろそろ人目のある場所に戻る。ルキが言うと、肩に止まっていた小鳥が羽ばたいていった。


「『まったく、私を耳代わりにするでないよ』」


 小鳥に向かって肩を竦めながら、ルキはさっき聞いた内容を思い出して笑う。


「俺だよ、ってな」


 聖教会を訪ねる前の二年、ルキは王都と聖都に拠点を構える新聞社にいた。

 聖都を拠点としていると言っても、王宮と異なり聖教会には神官見習い以上──神聖力を持つ者しか入ることが許されていない区域がほとんどだ。

 神官見習いが雑用を担っているのもそれゆえだ。

 聖教会に入った暁には内部の情報を売ることを条件に働かせてもらいつつ色々調べてもらった。

 それが暗殺未遂のリークに役に立ったわけだが。 


「子供って基本的に疑われないから本当に便利だよなあ」


 不便なことも多いが、陰謀には向いているポジションだ。


「……師匠に足を向けて寝られないなぁ」


 にやにやしていたルキは、一転して笑みを消し、ぽつりと呟いた。

 ルキが新聞社に行ったのは、前回の生で魔術師の師から教えてもらった情報筋だったからだ。

 前回の生では負けず劣らず物騒な件で世話になったものだ。

 今回は魔術師である師と関わることはないだろうが、匿名で菓子折りでも送っておきたいくらいだ。


「……こんな弟子をとらなくていい人生なら、師匠にも利があるな」


 ルキは自嘲する。

 前回の生の終わりでかけた迷惑を予想するなら、菓子折りなどでは足りないだろう。弟子の汚名は少なからず師に降りかかるのだから。


「この状態でいいんだ。全部」


 なくても良かった不幸がない状態だ。神官長に不利益が降りかかろうがそんなものは知ったことではない。


「『前回妹が死んだ原因を突き止め、復讐しなくとも良いと?』」


 声に頭上を仰ぐと、小鳥が壁にかかった金属装飾にとまってルキを見下ろしていた。

 ルキはふっと笑い、前を向く。


「いいよ。リリーには前回と別物の安心安全な人生を──」


 前を、見慣れない色が過った。

 黒。

 神聖な儀式でも、葬儀でも、婚儀でも、王や貴族との謁見でも、神官も聖女も白い衣装を着る。

 神官見習いは水色、その他の下働きなどは薄灰色の服を着ている。

 だから、聖教会では、濃い色の衣は目立つ。


 武骨なデザインの黒の制服は、今回の生だからこそ見慣れなかった。前回の生では飽きるほど見ていた時期がある。


 耳にかからないくらいに無造作に整えられた黒髪。

 鋭い視線を飛ばす緑の目。

 無表情であればあるほど冷たい印象を受ける端正な顔立ちの横顔。


 ルキは、ここにいるはずのない者を見て、瞠目した。


「……ローウェン・アスター……?」


 何の傷もないはずなのに、体が斬られたような痛みを感じた気がした。




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