【第三話】王宮騎士は前回の生での刺客




 ローウェン・アスター


 王宮騎士であり、その中でも一握りしか持たないオーラという力を持った騎士だ。

 オーラを纏わせた身体は雷のごとく速く地を駆け、拳は地を砕く。

 オーラを纏わせた剣は岩を紙のように斬り、形を持たないはずの魔術をも斬る。

 騎士の最高位であるソードマスターの域に至れば、高度な魔術を斬ってみせる。

 ゆえに彼らは魔術師の天敵とも言われる。

 前回の生で、魔術師だったルキに向けられた追っ手となったソードマスターは彼だった。


 腕に妹の亡骸を抱え、追い詰められ、死に落ちた瞬間は今でも夢に見る。

 そんなルキからしてみれば、これは何の悪夢だと言いたかった。


「お初にお目にかかります、聖女様の護衛として王宮より遣わされました。ザイル・レリエです」

「同じく、ローウェン・アスターです」


 口上ははりぼてでやる気のなさそうな騎士と、生真面目な騎士。

 ルキは生真面目な方の男を前に、表情の強張りを抑えられなかった。

 だが、リスティアから見慣れない服装の男たちに戸惑う目を向けられたので、ルキは何とか笑みを張り付けて、二人を連れて来た神官に尋ねる。


「カリステ様、王宮から遣わされたとは一体……?」


 何かしらの使者として一時的に来たまでだと高をくくっていた。

 そうしたら一体どういうことだ。護衛?


「護衛であれば現在もいるかと思いますが」

「国王陛下が先の毒殺未遂が他国の手先ではないかという懸念をお持ちになり、リスティア様が公務に出るにあたり、国をもって聖女様を守るべきであると騎士団に手配させたそうだ」


 聖女は国の宝。

 聖教会の警備で守り切れなかったのであれば、神官長も都合のいい言い訳を作れず受け入れるしかなかったというところか。

 そんな背景は読めるが、『前回』はこんなことはなかったはずだ。

 少なくとも、ローウェン・アスターが聖教会で護衛をしていたという経歴はない。

 ──まさか、『前回』と異なり毒殺未遂の件を公にした影響か


「ルキ神官、お二人にリスティア様の──ルキ神官? ルキ」


 はっと我に返ると、リスティアの世話人の一人が怪訝そうにルキを窺っていた。一本の三つ編みにされたこげ茶色の髪と、同じ色の目と目が合う。

 部屋の中にはいつの間にか王宮からの騎士を連れて来た神官はおらず、残った騎士もルキを見ていた。


「すみません、何でしょうヘレナさん」


 リスティアの世話人、ヘレナににこりと微笑み、ルキは状況を問うた。

 この場で交わされていたはずのやり取りは、完全に耳を通り抜けていた。

 ヘレナはいつものルキらしからぬ失態に、怪訝そうにしながら騎士二人を示す。


「お二方はこれからリスティア様のお側で護衛してくださることになったわ。だからまずお二人にリスティア様の行動を知っていただくのが良いかと思うのだけれど」

「そうですね。それを僕がすればいいんですね?」

「ええ、私がリスティア様の側にいるから。……でも大丈夫? 疲れているなら」

「大丈夫です。お二人共、別室でお話ししましょう」


 会話を主導し始めた少年に、明るい茶の髪のザイルと名乗っていた騎士が不思議そうにする。


「この子、神官見習いでしょう? こちらの聖女様のお付きの神官様はいらっしゃらないのですか?」


 体格のいい男二人を前に、隠れるようにしていたリスティアがわずかに反応した。ルキもまた、そのからかうような物言いに眉をぴくりと動かし、口を開く。

 しかしルキが何事か言う前に、低く冷静な声が「……ザイル」と言った。


「神官章を見ろ。彼は正神官殿だろう」


 元の目つきから鋭い緑の瞳が、ルキを見下ろした。

 改めてまともに見たローウェン・アスターは記憶より、少し若かった。


「──自己紹介が遅れました、初めまして。僕はルキ・ラウンズ。リスティア様付きの『正式な』神官です」


 ルキは表情を動かさず、いつものようににこにこと挨拶した。






 夜、リスティアが寝室に入り、ようやく騎士たちと解散した。

 二人の騎士は基本的にリスティアが起きている時間帯を護衛することになった。就寝中はリスティアが動かないことから、これまで通り聖教会の警備に任せたままで良いだろうということになったのだ。

 騎士がいなくなったところで、世話人ヘレナと話し合う予定になっていた。小部屋に入るなり、ルキの口から無意識にため息がこぼれた。


「いつもにこにこ笑っているあんたらしくないじゃない」

「……僕がいつも笑っているわけじゃないのは、ヘレナさんはご存じでしょう?」


 ルキは真顔でヘレナを見やった。リスティアがいないときの作り笑いは好かないから、二人のときは笑うなと言ったのは彼女の方だ。


 ヘレナは二十歳と若いが、リスティアを教会で育てた女性の娘とあって、リスティアのことを幼い時から知っている。

 大人の中でリスティアが最も心を許し、頼っているのは間違いなく彼女だ。


 そんなヘレナもリスティアを大層可愛がっており、子どもながら優秀だったルキはシシリア側の人間ではないかと疑われていた。

 しかしこの数年リスティアに尽くす姿と、先日毒殺未遂事件を機に彼女と本格的に協力し行きたいと考えて、ルキの方から新聞社へのリークとリスティアを守りたい旨を伝え腹を割って話し合った結果、今ではリスティアを守る同志だ。


 とはいえ彼女はルキのことは、『リスティアの姿に心酔して守りたいと願っている、神官見習いになれる年齢まで働くしかなかった孤児で、その働き先が偶然新聞社の、少し頭のいい少年』という認識だ。

 前回の生のことなど、誰に話すことなど一生ない。ルキは、この聖教会で完全に誰かを信頼し、頼りきることはないだろう。


「本題に入りましょう。騎士たちのことですね?」

「ええ、もちろん。彼ら、どう思う?」

「……どう、と言われましても」


 ヘレナが問うているのは、『彼らがリスティアの護衛に配属となったことに、リスティアを害そうとしている輩が介入していると思うか?』だ。

 ルキはやけに疲れている頭を動かし、口を動かす。

 ローウェン・アスターを知る身ではなく、客観的に見た結果を言うべきだろう。


「二人の階級は階級章の通り、騎士の中では中の下。とはいえ王宮の騎士団は貴族出身が多く占める近衛や第一騎士団が所謂出世道で、二人の制服は第四騎士団のそれ。騎士団長すら平民出身で第一騎士団の上級騎士より下に見られる権威の欠片も持たない騎士団……ということを考えると……」


 騎士たちの拠点は魔術師と同じように王宮で、聖教会に出入りすることは滅多にない。

 そもそも聖教会は王宮の力の介入をさせたがらないし、聖女や神官の行いこそ奇跡と称える一方で、魔術をインチキと貶し、オーラを獣の力と蔑む者さえいる。

 ゆえに魔術師やオーラを扱う騎士は余計に立ち入ることが難しい。聖教会ではよそ者扱いを受けると聞く。

 そんな扱いの上、裏でこっそり入手しない限り食事はほとんど肉は出てこない、酒も飲めない環境だ。正直外部で衣食住にそれなりに困らず生きている者にとっては、自分から進んで入りたくはない環境だろう。

 ルキの前回の生での同僚に、神官になるなら死んだ方がましだと豪語した酒飲みがいたものだ。


 そのような環境を踏まえ、第四騎士団の騎士となると、平民出身の聖女の護衛ということでテキトーに見繕われただけで、シシリアの方が特別に侯爵の圧力がかかったとも考えられる。

 とりあえず一度新聞社の情報屋に調べてもらうのはありかもしれないなどと考えつつ、結論を続けようとしたところで、ヘレナが「へえ」と感嘆の声をあげた。

 ルキは出した結論の前に、「……何ですか?」と思考に耽っていた意識を彼女に向けた。


「あんた、よく知ってるのね。新聞社ではそういうことも学べるのね」

「王都の新聞といえば、騎士もしばしばネタになりますからね。それに王都は騎士の警邏部隊もあるので、ただの住民であっても知っている人は知ってます」


 軽くごまかして、ルキは現段階では判断はできないと伝えた。

 ヘレナも新参者はやはり徐々に見極めるしかないと肩をすくめた。


「案の定、シシリア様の方には第一騎士団所属の騎士が配属されたようですよ」

「あーらら、絶対に一度は嫌味言いに来るわよねぇ」

「そうでしょうね」


 シシリアは偶然リスティアと会ったときの他、わざと遭遇して嫌味を言いに来るときがある。子供だ。だけれどそれでリスティアの自尊心が削られるのは良くない。


「シシリア様の実家の息がかかっているのは論外だけれど、平等にしてもらいたいわね。リスティア様の心中を考えると、もどかしいわ」

「いっそそういった部分に鈍感であれたら良かったかもしれませんが、リスティア様はシシリア様の影響か察してしまいますからね」


 差がつけられていることに気づいてしまうだろう。平気な振りをしていても、何も感じないわけでなはい。だからといって、慣れてほしくもない。

 いくらルキが人生経験を繰り越して十三歳をもう一回やっていても、ちょっとしたつては作れても権力は簡単に手に入れられない。

 形式的なことを平等にすることすらできないことに、もどかしいどころではない。リスティアの平穏を形作ることの難しさは、いつまでたっても消えてくれないのだ。


「だとしても、よりによって……」

「何? どちらか知り合い?」

「……いえ、知っている苦手な人に似ていて、どうにも……」


 ルキは苦笑を浮かべてみせて、ごまかした。

 今回の人生になってから、魔術師人生での知り合いは、新聞社の人間くらいの希薄な関係の人間にしか会ったことがなかったからか。妙にやりにくさを感じている。


「あら、あんたにも子どもみたいな面もあるのね」

「失礼ですね」


 さてどうするか。時が戻ろうと変わらない生真面目そうな緑の目を思い出し、ルキはまたため息をついた。

 ──おまえだって、俺と出会わない人生の方が良いだろうに






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