第5話:私の推しは……
陸翔が歌い手グループ『
出かけていたのは収録やボイストレーニングのためで、今日もこれからの予定を話し合うために集まっていたのだという。
彼等はひとしきり説明し終えると、私に「この事は秘密で」と告げてきた。
『
周囲にも極力教えていないらしく、陸翔は親にだけ教えているという。他のメンバーも殆ど同じで、正体を明かしているのは身内のみ。
「でも穂乃香にはずっと言いたかったんだ。……だけど俺だけの活動じゃない、だから言えずに居た」
いつもの窓越しの会話。『ふぁんない』について語る陸翔はいつもより饒舌だ。
中学一年生の時にネット配信で歌を上げた。それからすぐに声が掛かり、気付けば事務所に所属し『ふぁんない』のメインボーカルになっていたという。
陸翔はあっさりと話すが、私からしたら信じられない事の連続だ。それでも陸翔の事ならばきちんと聞いて受け入れたい。だからしっかりと一つ一つ聞き逃さないように話を聞いた。
「そっか……、陸翔、すごいね」
「……いつか穂乃香に言いたかったんだ。予定ではもっと人気になって、日本一ぐらいになってから言おうと思ってたんだけど」
「日本一!?」
「今はまだネットの歌い手グループの一つだけど、それぐらいになりたいから」
陸翔が真っすぐに見つめて夢を語る。
日本一。なんだか私には大きすぎる夢だけど、陸翔はそれすらも視野に入れているのだ。
なんだか陸翔が大人に見える。見た目は普段の陸翔だけど、陸翔じゃないみたい。
「凄い夢があるんだね……。それに、夢見るだけじゃなくて夢に向かって頑張ってる。なんだか、私の知らない陸翔みたい」
ちょっと寂しさを覚えてしまうも、陸翔がぐいと身を寄せてきた。
「そんな事ない。穂乃香が居てくれるから、こうやって穂乃香と過ごす時間があるから、俺はレトとして頑張れるんだ」
「陸翔……」
「俺が一番になるの、応援してくれる?」
陸翔がじっと見つめてくる。
その瞳に、私はなぜかドキドキしてしまった。
頬が熱くなってくる。それでも「うん」と返せば、陸翔が嬉しそうに笑った。いつも通りの陸翔の表情に、ほっと安堵しつつも、やっぱり胸はドキドキする。
「応援してるね。レト君としてもだけど、なにより、陸翔として」
◆
いつも通りの放課後。
『ふぁんない』のSNSを眺めつつ、真紀ちゃんと理央ちゃんとお喋りをする時間。
もちろん二人には『ふぁんない』に会ったことも、ましてやレト君が陸翔だったことも話していない。黙っている事は申し訳ないとは思うけれど、陸翔の夢のため。心の中で謝っておく。
「あ、今日の配信予定出たよ。トモル兄とタイガ君のホラーゲーム実況だって!」
「あの二人のホラーゲーム実況推せるよねぇ。二人とも臆病だから何にも進まないの。この前の怖すぎて電源切ったのは笑ったわ」
二人が話すのを、今日も私はうんうんと頷いて聞いている。
だがそんな会話の最中、私の体にズシリと何かが伸し掛かってきた。
「穂乃香、お迎えだよー」
「犬飼君、この間見たのって家庭教師だったんだってね。ごめんね、変な勘違いしちゃって、穂乃香暴走させちゃって」
私に伸し掛かってきたのは陸翔だ。見えていないが分かる。
ところで伸し掛かられている私を前にして平然と話を続ける真紀ちゃんと理央ちゃんは酷くないだろうか。陸翔も陸翔で、私に伸し掛かったまま「別に気にしてないから」と理央ちゃんの謝罪を受け入れている。
「もう! 話すならせめて私から退いてからにして!」
「退くから帰ろう」
私が陸翔を押しのけると、陸翔がいったん引きはしたものの私の手を掴んできた。
それに急かされながら帰りの準備をする。鞄を持って「じゃぁまた明日ね」といつも通りに立ちあがり……、
「あれ、」と真紀ちゃんが私の鞄をみて声を掛けてきた。
「それ、この間買ったレト君の缶バッチじゃん」
真紀ちゃんが私の鞄を指差す。
鞄にはレト君の缶バッチ。この間真紀ちゃんと遊びに行った時に私が買ったものだ。
鞄に着けてるんだと話す真紀ちゃんに、私は一度鞄の缶バッチを見て、次いで陸翔を見た。どことなく口元が緩んでる。
「うん。だって私の推しだから」
そう答えれば、陸翔が顔が緩むのを隠し切れないからか、「帰ろう」と私の手を引っ張って歩き出した。
…end…
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無口な彼の、秘密の歌声~子犬系幼馴染が実は人気歌い手だった件~ さき @09_saki_12
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