第3話
最初の異変の兆候が見られたのは、ROBETが来てから六ヶ月が経過した頃だった。
息子がROBETを見に行きたいと言って、母の家に行った時のことだ。久々に母にあった息子は私に向かって「おばあちゃん、少し痩せたね」と言った。
毎週会っている私は全く気がつかなかったが、数ヶ月の時を経て、母の体は少し細くなったようだった。私は「年のせいだろう」と特に気に留めることはないまま、その日を過ごした。
決定的となったのは、それからまた半年が過ぎた時のことだ。母と二人で過ごしてると母は「少し便所に行ってくる」と言って洗面所の方へ歩いていった。その間、私はテレビをただじっと見たり、ROBETと遊んだりしていた。
しかし、三十分ほど経っても母が帰ってこなかったため、私は様子が気になり、洗面所へと足を運んだ。中へ入ると、母はぐったりとしたまま便座に横たわっていた。私は慌てて、母の容態を確認した。その際に便に血が付着していたので、きっと何かあると私は救急車を呼ぶ事にした。
すぐに救急車がやってきて、検査をしていただいた結果『大腸がん』であることが判明した。幸い、末期手前のステージ3状態であるため手術を受ければ、命を落とすことは免れるとのことだった。
「どうして教えてくれなかったの?」
病室のベッドで仰向けになる母の横に座り、私は問いかけた。母は私へと視線を合わせることなく白い天井を見ながら、ゆっくり口を開く。
「もし、私が病気で入院を余儀なくされたら、ミーちゃんがお家で一人になっちゃうから」
私は母の言葉にハッとさせられた。少しばかり心の癒しになってくれればいいと思っていたROBETを母は溺愛していたのだ。自分の病状が悪化していることを誰にも悟らせず、一人懸命に戦っていたのだ。ROBETと一緒に過ごすために。
「私はまたミーちゃんと一緒に過ごせるかしら?」
母は悲しそうな表情を見せる。それは愛猫を失った時の表情に似ていた。私は母のこの顔を見たくなくて、ROBETを提案したのだ。ROBETのせいでまたこの表情に戻ってしまうのは避けたい。
「きっと過ごせるわ。大変な治療になると思うけど、また元気な姿でミーちゃんに会えるように頑張ろ」
「そうね。ミーちゃんはまだお家にいるのだから」
母は治療を受けることを前向きに検討しているようだった。
私は神様に「どうか母を助けてください」と心の中で祈った。
****
治療のために母の入院が決まり、私は実家に母の荷物を取りにいった。
家に入るとROBETが掃除をしていた。センサーが反応したのか、こちらを見ると目で
ニッコリとした表情を表現する。
私もまたROBETに向けて笑顔を向けるが、内心は穏やかではなかった。
あなたがいなければ母は……ROBETを見たことで腸が煮えくり返るのを感じた。すぐに我に帰ると膝をつき、近づいてくるROBETを抱きしめた。
「ごめんなさい。私はどうかしていたわ……」
あなたがいなければ母はもっと早く治療できたかもしれなかった。でも、あなたがいなければ母は生きる気力を失くし、治療を拒んでいたかもしれない。きっとあなたがいてくれたから全て良い方向に進んでいる。なのに、勝手に怒りを抱いてごめんなさい。
「でも、私のこの気持ちはどうすればいいのよ……」
愛好と憎悪に包まれた私の心はどう消化すればいいのだろうか。
ROBETにそれは答えられない。彼はただただ私に人肌の温もりをくれるだけだった。
ただそれだけで十分だ。彼は幸せホルモンをくれる存在なのだから。
「くよくよしちゃダメだね。よし! 母が治療を頑張っている間、私もこの家の掃除に勤しもうかしら。綺麗な家にして元気な母を迎え入れましょ!」
私が気合を入れるとROBETは体を横に一回転させて応える。
キラキラしたROBETの瞳はこれからの未来への期待に満ち溢れていた。
****
母の治療の日々が始まった。
手術は無事成功。現在は後遺症や副作用から健康体を取り戻すためのリハビリに勤しんでいる。母は毎日懸命にリハビリに励んでいると看護婦さんからは聞かされた。
人間ですら動物ですらないロボットに対する愛情はここまで人を駆り立てられるものなのかと私は驚かずにはいられなかった。あれほどまで生きる気力を失っていた母は今、活気に満ち溢れていた。
そして、ロボットに対する愛情に驚くだけではなく、私もまたロボットに対して愛情を抱くこととなった。母の部屋を綺麗にしようと始めた掃除。私は主に物置を。ROBETは床掃除を主にやってくれた。
ROBETを抱き、二階に上がり、二人で真剣に清掃活動に励んだ。オプション機能によって複数アカウントでROBETを扱えるようにし、私のスマホにもまたROBETの情報が見れるようになっている。
ROBETは今、私を主人に見立てて色々と補助をしてくれた。
二人で協力して清掃活動を行ったことで私とROBETの間に絆が築かれつつあった。一緒に過ごした時間を通して、母がROBETを溺愛する理由がわかった気がした。
実家の片付け、母のお見舞い等でパートの勤務数を減らすことを余儀なくされた。しかし、息子が自分のお年玉で補助をしてくれたため、家計は助けられた。本当に頼りになる息子だ。
また、夫も協力的だった。家事などの家のことは彼が手伝ってくれた。冷め切った夫婦間も少しずつ温められていった。私は改めて夫の魅力を感じることができた。
そして、さらに半年の時が過ぎた。
母は副作用と後遺症を改善し、健康体を取り戻す事に成功。無事退院をすることができた。私は車で病院で待つ母のもとへ向かった。
母は玄関で待っており、停車してドアを開け、彼女が乗るのを手伝った。
母は非常に優雅な表情をしていた。治療を経て若返ったのではないかと思うほどだった。
「お疲れ様。元気になってよかった」
「そうね。早くミーちゃんに会いたいわ」
私は微笑む母を見ながら車を走らせる。私は実家でのことを母に話した。ROBETと一緒に掃除をした思い出話を彼女にしてあげたのだ。ROBETの話になると母は朗らかな様子で聞いてくれた。
バックミラー越しに見える母の優しい表情を見ると、治療がうまくいって良かったと切に思った。思わず涙が出そうだったが、我慢する。
やがて、車は実家へと到着する。早くROBETに会いたいと願う母のため、荷物は車に残し、二人で玄関へと歩いていった。
ドアを開けるとROBETが出迎えてくれた。私たちのスマホを感知して、やってきてくれたのだろう。久々に会った母は満面の笑みを浮かべた。目尻にはほんの少し涙が溢れているのが伺えた。それにより我慢していた涙が目から溢れてきた。
「ただいま、ミーちゃん」
母の言葉にミーちゃんは目で微笑むと両手を激しくパタパタさせた。
言葉ではなく、体全体を使って「おかえり」と言ってくれたみたいだった。
【短編】ロボットペット『ROBET(ロべット)』 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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