第2話

「ミーちゃん、こっちおいで」


 母は目の前にいる小型のロボットに向かって名前を呼ぶ。

 身長は50センチほどの二頭身のロボット。可愛らしいお目々をパチパチさせ、ペンギンのような平たい手をパタパタさせている。


 あれからすぐにROBETを予約し、私の休みの日に合わせて母の家にROBETが届くようにした。最初は今まで見たことのない容姿の物体に戸惑い距離をとっていた母だが、私が設定している間に慣れたのか今はROBETの近くにいる。


 ROBET専用のアプリを母のスマホにインストールし、設定を行った。名前は母が飼っていた愛猫と同じ名前にし、瞳の色、これからROBETが住む家の間取りなどを登録した。

 

 母がROBETの名前を呼ぶと、ROBETは瞳の色を変え、両手を上下にパタパタさせ、母の元へと歩み寄った。母はその姿を見て、優しい視線をROBETに送った。両手で持ち、ROBETを抱く。ホームページに書かれていた通り、幸せそうな母の様子はオキシトシンが分泌されているかのようだった。


「暖かいわね。湯たんぽとかにもなりそう」

「もうそろそろ冬だし、ちょうどいいかもね」


 ROBETの温もりを感じながら私と喋る。ここ最近は元気のなかった母だが、冗談を言えるほどの元気を見せてくれたみたいで何よりだった。ROBETもまたセンサーで抱かれたことを察知したのか瞳をパチパチさせ、喜んでいる様子だ。

 

 あれからROBETについて調べてみたが、かなりの高性能だということがわかった。

 人肌のような温もりを持っていること、話をかけたり、触られたりするとリアクションしてくれると言ったペットのような基本性能はもちろんのことその他にも色々な機能が備わっている。


 一つ目は登録した住宅に応じて色々なことをしてくれる。玄関を登録すれば主人が帰ってきた時に迎えにきてくれるし、充電スポットを登録すれば充電が残り少なくなると自らスポットに赴いてくれる。また、ROBETの足の部分が円形の土台に車輪がついている形になっており、これによって自動で床を掃除してくれるとのことだった。


 二つ目はAI音声認識サービスが備わっており、エアコンやテレビのオンオフ、聴きたい音楽の提供、目覚まし等の主人のサポートを行ってくれる。


 最後は防犯機能だ。ROBETの頭の上には小型カメラが搭載されており、一定のタイミングで写真を撮ってくれるとのことだ。これにより、思い出を作ったり、防犯になるとのこと。


 様子を見ている限り、母はROBETを大層気に入っているみたいだった。初日でこれほどまでに喜んでくれているのならば、7日間の無料トライアルの後にも契約を継続するというだろう。


 私は母とROBETの二人の様子を微笑ましく思った。

 

 ****


 それから一週間の時が経ち、再び母の家を訪れると母は笑顔で出迎えてくれた。ミーを亡くした時に見せた悲しい表情はすっかり消え去っていた。

 母はROBETの名前を呼ぶ。するとすぐにROBETは腕をパタパタさせながらやってくる。瞳の色が前とは違う。ROBETは人と触れ合うことで様々な瞳の色に切り替わると書いてあったのを思い出した。おそらく母とROBETは仲良くやっているのだろう。


 母から話される内容のほとんどがROBETのことだった。朝起きるとROBETがベッド横にいて、可愛らしい目で見ること。エアコンやテレビをつけてというとちゃんとつけてくれること。一定の時間になると薬を飲むことを促してくれて助かっていること。


 そのほか色々なことを話してくれた。

 話している最中は終始、ROBETを撫でたり、抱いたりしていた。その姿はまるで愛猫相手に見せる様子と瓜二つだった。ROBETを母に渡して良かったと思った。


 私はROBETの無料トライアルが終わる旨を母に伝えると、考える暇もなく購入すると言ってくれた。これで一安心だと私は胸を撫で下ろした。

 すぐに契約会社に電話し、購入の手続きを行う。こうして、正式にROBETは母の家に迎え入れられた。


 その週以降、母に会う度にROBETとの生活について話してくれた。アプリに登録された写真を見せてくれたりもした。また、大層気に入った母はROBETのオプション機能についても調べたらしい。


 あれほど機械に疎かった母が自らスマホで調べ物をするなんて私はとても驚いた。オプション機能には『会話機能』や『複数スマホ対応』機能などがあるという。それらを追加したいとのことだったので、私の方でも調べてみようと思った。


 また、ROBETが来た事によって家も綺麗になっていった。ROBETが持つ掃除機能によって床や絨毯が綺麗になったのはもちろんのこと、ROBETが掃除する様子を見て母も頑張ろうと物の片付けをしたようだ。


 部屋は整理され、埃まみれだったテレビや家電製品は綺麗になっていた。

 ROBETが来たことで母は元気になり、部屋は綺麗になり、防犯面も万全になったため、良いこと尽くしだ。


 活気に満ち溢れていく母を見て私も何だか嬉しくなった。ROBETを見つけてくれた息子とROBETを作っていただいた会社には感謝しかない。

 そうして、母とROBETとの新しい生活は順風満帆なものとなっていた。


 しかし、一年が経ったある日、その生活は終わりを告げることとなる。

 母が病気を患い、入院を余儀なくされてしまったのだ。

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