恋愛相談

ゆきえいさな

恋愛相談


「私はね、どうやらメガネをかけている人に加点を与えているらしい。それも並じゃない加点だ。普通の人は美しく、美しい人はより美しく見える」

「そうかぁ? 俺はメガネをかけてるヤツは好かないがな。そもそもメガネ自体が好かない」

「メガネというものが人の健康と文化に対して与えた影響は計り知れないよ。現に君だって目が悪くてメガネを常用してるじゃないか。メガネの恩恵にあずかっている人間がメガネを否定するなんて、恩知らずにもほどがあるのじゃないのかな」

「確かにそりゃ否定しねえよ。でもそういう問題じゃねえの。この目付きを見ろ」

 そう言って友人は眼鏡を外しテーブルの上に置いた。しかめっ面を浮かべ、指先を目元へ向ける。

「見事な三白眼だ。そうだろう? 俺は昔からこの目付きがコンプレックスだ」

 そしてまた装着。

「メガネをかけるとこの通り。悪い目つきがより悪くなるわけだ。美しい? どこがだ。メガネかけてなくても三人殺してる顔立ちって言われてるのに、メガネかけると十人に増えるんだぞ? わけわかんねえよ」

 肩をすくめて、怒りに溜息をほんの少しふりかければ、ちょうどいい感じの苦笑いになる。

「ま、だからコンタクトに変えようと思ってんだよ。どうせ悪い目つきなら、マシな方にしたいんだよ」

「コンタクトだって、先に生まれたメガネの研究の恩恵を受けているんじゃないかな? 個人の好みはさておき、君はもっとメガネに尊敬と感謝を捧げるべきだ。私はしている。私に言わせれば、メガネとは、実用性のある装飾品であり、芸術の一つだ。そう瞳を縁取る額縁のようにも思える」

「わけがわからん。そもそも、だ、お前の恋愛相談してたんじゃないのか? なんでメガネの話になってんだ? 熱く語ってんだ?」

「話が脱線しているというのかね?」

「脱線させたんだろ、お前が。恋愛相談とメガネ。蚊取り線香とペットボトルくらい繋がりがない。まるで関係がない」

「そんなことはない。関係なら、ある」

 ここまで会話を進めて私は初めて卓上の紅茶に口をつけた。淡い琥珀色の液体は、長い言葉に乾いた喉を潤して、つつましく咲く花のような香りを口いっぱいに広げていった。

「いささか分かりづらかったかもは知れないが……私はメガネをかけている人に恋をしたということだ」

「気持ちが知れねえな」

 友人もまた、そこでコーヒーに初めて手をつけた。その素振りに味わっているような様子は無い。どこか憮然としているかのようにすら見える。苦虫を噛み潰したような、というが、如何にも苦そうな顔だ。もしかしてもしかしすると、コーヒーが思ったより苦かったのだろうか?

「苦いのかね? 君、甘党だったろう?」

「否定はしないが、別に苦かねえよ」

「そうか、だが、安心してほしい。見たまえ、ここの砂糖はいくつ入れても無料だ。必要と感じたらいつでも入れていい」

 テーブルの端に置かれたシュガーポットをとんとんと叩いて見せると、コロンと中の角砂糖が居住まいを正した。私は喫茶店については詳しいのだ。

「ご丁寧にありがとうよ」

 友人はそう言って再びコーヒーを憮然と煽る。

「で、いつから弾けるような香りいっぱいの飲み物の話になったんだよ。恋の話を忘れてるのはそっちだろう」

「ああ、そういえばそうだったな」

 私も紅茶を一口。再び乾いた唇を湿らせた。

「メガネが好きか、嫌いかは、まあ個人の趣味だな、どうでもいいことさ。私にとってはコーヒーに溶かす砂糖やミルクのようなものとも言えるよ。さっきはより美しく見える、と言ったが、ブラックもホワイトもそれぞれ違った良さがある。君はコンタクト、つまりブラックが好き。私はメガネ、つまりホワイトが好き。しかし、どちらも同じコーヒーに変わりはないのだ!」

「おい、恋の話じゃなくて、メガネの話に戻るのかよ。いや、コーヒーの話から変わってねえ! ああ、面倒くさい! っていうか結局どっちでもいいってことじゃねえか? それ」

「違うな。どんな姿であろうと、それそのものを愛しているということだ」

 やれやれ、と友人は肩をすくめて、溜息をついた。話の間断を感じ取り、私はおもむろに本題を切り出した。

「それでだ。恋愛というものに大して私は無知だから、君に教えを賜りたいと思うんだ」

 恥ずかしながら、この歳まで、恋愛どころか恋愛感情というものに無縁だった。

「まあ、それは最初に聞いたけど。具体的に何を教えれば良い訳?」

「具体的もなにも。それが分からないから教えを請うているんじゃあないか」

 そう言った私に、友人はまるで珍獣を見るような視線を注いだ。その変化を私が怪訝に思うやいなや、友人は顔を隠すようにカップを口に運んだ。そしてまたしても憮然憮然としながら言葉繋ぐ。砂糖入れればよいのに?

 まあ、確かに、同世代の常識として、恋愛に無知な人間というのも、珍しいのではある。それは自分でも分かっている。一応知的好奇心に基づく、恋愛への興味は人並にあったが、それが自分のこととなると、なんともイメージすることができないのであった。

「具体的ってそりゃあ。やること、は、いろいろあるけど」

 ふむ? 随分と歯切れが悪い。やっぱりコーヒーが苦いんじゃないか? いや、待て、なんでもコーヒーに原因を求めるのはよくない。

「説明し辛いな……」

 そして友人は絞り出すように言った。腕を組んでは解き、メガネを上げては下げる。

 私は……恋愛初心者であることを盾に都合よく教えを請うているが、恋愛というものは、駆け引きの連続だという。愛し愛しあうそれだけではない。時としてそれは嵐の海のように吹き荒れる風の中、舵を取るようなことだという。具体的な行動と尋ねられた所で簡潔に説明するのも困難なのだろう。

 配慮が足りなかったかもしれない。友人ときたら私の愚かな問いかけに答えようと、真剣な面持ちで砂糖もミルクも入ってないコーヒーカップをかき回しているではないか。

「やはり、まずは告白からか?」

「えっ」

 奇声とともに友人の体が前のめりになり、前のめりになった体とともに手に持ったカップが揺れた。中身が少し零れる。

 どうも驚いたようだった。答えやすいように質問を絞ることにしたのだが、見当違いだったのだろうか?

「告白をしなければ始まるもなにも無いと思ったのだが」

 自信なさげに問いかけてみると、友人はなぜか苦笑とも安堵ともつかない微妙な表情を浮かべていた。

「い、いや、間違ってはいないけどさ」

 コーヒースプーンがカップの縁にたてかけられる。一瞬波打った水面は、すぐさま穏やかに静まる。

「その前に友達になるとかさ。相手のことを良く知っとくべきだと思う。いきなり告白じゃあ相手も驚くし、正直引くと思うんだよね。どうだろう?」

 私は頷いた。良かった。巧くいった。

「うん、その通りだと思う。だが、実はもうその人とは知り合いなんだ。しかし、どうかしたのか? 少し様子がおかしいようだが」

 友人の具合悪そうな表情が心配だった。

「いや、なんもないよ。ちょっと拍子抜けしたって言うか、自己嫌悪っていうか」

「そうか」

 短く相槌を打ってみたものの、友人の言葉に私もまた、軽い自己嫌悪に陥っていた。私の言動のなんらかが、友人にネガティブな思考を喚起させてしまったらしい。いや、言動に限らず、自分本位な私の態度そのものかもしれない。

 どうにも私は昔から、一般常識というか、世間というか、ズレた部分があるらしく、気づけば友人達を振り回してしまうことがあるらしい。ここ最近は気を付けるようにしていたのだが。今回は見事にそのパターンにリアルタイムでハマっているような気がする。もし、そうならここらで、話を切り上げるべきだろうか?

「すいませーん。コーヒーのおかわりお願いできますか?」

 そんなことを考えている、と、友人が手を上げ、注文を取っていた。そこには「自己嫌悪」と申告した様子は見えず、本来の調子を取り戻したように見えた。その証拠に友人はお代わりのコーヒーに砂糖を三つ入れ、くるくるとせわしない手つきでスプーンを回した。甘党たる本来の友人だ。

 私は胸を撫で下ろし、話の続きを始めようと言葉を探し始めた。もう余計なことは言わないようにしなければな。しかし、何を、何と、如何に、如何様に、伝えればよいのか。

「えっと、そんでそいつとは友達なのか? 仲いいの?」

 すると幸いにも友人の方から話題を振ってくれた。

「たまに会って話すくらいだな」

 慎重に言葉を選び、出来るだけ素直に発すると、友人は腕を組んで首を傾げた。

「たまにでも外で会うなら、まあ、それなりに親密ってことか。どういう話するのかとかまで分からないからなんとも言えないけど」

「結構ずけずけと言い合うぞ」

「あ、そんなもんか。なら、なあ、うん。あ、でも、むしろ知りすぎてると危ないってのもあるけどな?」

「そ、そうなのか?」

「いや、告白して付き合い始めるまではいいけど、付き合い始めたら結局新鮮さ感じられなかったり、友達のままの方が気楽で良かったなと思ったり。分かれたら分かれたで友達に戻れなくなったりなあ」

「た、大変なんだなぁ。恋愛とは思った以上に奥が深そうだ」

 浅はかな浮ついた気持ちでいるべきではないとは思っていたが、漠然とした例とはいえ経験者の話は重く、その思いをさらに確かなものに私はする。

 私が大きく頷くと、友人も大きな頷きを私に返した。

「そうそう足場の悪い洞窟みたいなね。暗くてよく分からないし、先は長いし、転べば痛い」

「やはり告白するかどうか決めるにはもっと恋愛について具体的に知る必要がありそうだな」

 恋人である必要性というものが、恋愛の維持には不可欠だということは良く分かる。

「え」

「それで、どうなんだ? 恋人同士とは一体具体的にはなにをするんだ? 順不同で構わない。纏まっていなくてもいい。分からないことがあればこちらから聞くし、かみ砕く」

 すると友人はそこで、またしても、先ほどの、焦りと恥じらいを混ぜ合わせたような表情を浮かべ、光景をリプレイするようにコーヒーカップで表情を隠した。

 もしかして、友人は具体的な恋人同士の行動について語ることそのものを嫌がっているのだろうか? そういえば最初に同じことを聞いたときもここで友人は言いよどんでいて、その後、挙動不審を見せたのだった。

「す、すまない。言いにくいことだったようだ。配慮が足りなかった。君が言いたくないなら無理強いはしないんだ」

 言い切ってから、失敗したと思った。

 なにかしらの後ろめたさを抱いている人間に、必要以上な気遣いを示せばさらなる後ろめたさを感じさせることになる。

 不安通り友人は、ばつの悪そうな顔で私から視線を逸らして、口をもごもごさせていた。

 先ほどから行動が裏目に出てばかりで失敗続きの私はもう顔から火が出そうだ。

 いや、最初から、失敗していたのだ。

 こんなことを相談するべきじゃなかったのだ。

 酸欠の魚のような友人と、ゆでられたタコのような私は、無言のまま、気まずい沈黙の水槽の中で漂っていた。

「い、いや、言いたくないわけじゃないんだけど。一言で説明するのは難しくってさ。まあ、あれだ、恋人同士になってするといえば、デートだ、デート」

 友人の言葉は友人の気遣い。

 私はもう、逃げ出してしまいたくもあるし、思い切って謝ってしまいたかった。けれど、ここは友人の優しい心遣い無碍にするべきではないだろう。

「そ、そうか、デートか? ゆ、遊園地とか行くのだろうか?」

 私の中にある恋愛データベースから、遊園地という言葉を抽出し、しどろもどろになりながら出力する。壊れたパソコンみたいに。文字化けして相手に伝わってなかったらどうしよう?

「今時遊園地はないなあ。第一、一番近いところでも電車で乗り継がないといけないだろ」

 伝わったようで、落ち着いたような、あきれたような、いつもの友人の声が問いを返す。その声が私の正気を呼び戻してくれた。

「うん。学生の財布にはあまり優しくないな王道パターンは映画、カラオケ、ショッピングって感じかな。お互いの相性とか趣味によるけど」

「映画か」

「どうしたんだよ。いきなり変な顔して」

 考えごとをしているだけなのだが。しかも別に難解なことでもない。私は考え事をしている時に面白可笑しい顔立ちをしているのだろうか。今度考え事をしながら鏡を見て確かめてみようか。それはさておき、

「いや、その、映画鑑賞というのはデートとみなしてよいのかなと思って」

「デートで映画行くんだから、デートなんじゃないの?」

「しかし映画は一人で見るのも、大勢の中でみるのもあまりかわらないじゃないか。映像を男が、音声を女が拾うとか、共同作業じゃないだろう? 恋人同士でする理由がわからないなあ」

 確かに映像は大勢で見れる。でもとりたてて交際において行うべき事柄であろうか?

「いや、それは、なんていうかさ、つまり……あー……一人で見たら、感想言い合うとか出来ないじゃん。面白かったね、とか」

 感想を、言い合う?

 頭の中の恋愛データベースがクラッシュほどの驚きだった。

「つまり、それは議論のテーマにするということか? 映画鑑賞デートとは随分高尚なのだな。気疲れしないか不安になってきた……」

「い、いやディベートとかじゃなくってね。他愛も無い、恋人同士の会話のエッセンスとしてだね……」

「議論も馴れれば他愛も無い恋人同士の会話か……予想もつかない世界だな」

「い、いや……だから、それ言ったら美術館デートとかはどうなんだよ……。まあ、いいや。他にもお互いの家に行ったりとかね」

「家で何をするっていうんだ……?」

 私が家ですることと言えば、読書か、勉強か、その程度の事だ。恋人と一緒に行って楽しいことは何もない。

「はっ……や、なにって、あー、お茶だ。お茶」

「ふむ。そうだな、お茶なら外でもできるが……自分で淹れたお茶を飲むなら自宅が一番都合がいいな」

「そうそう。もてなしだもてなし。もてなしあうんだよ。深くもてなしあうんだ」

 深くに妙に力を入れて友人は言った。

「もてなしあう、か。友達同士でもできることだと思うが……」

 それを言えば、遊園地だって、映画だって、一人でだっていいし、友人とだっていいのだ。

 はて、恋人とは。恋人とはいったいなんなんだ。余計にわからなくなってきた。

 ぐるぐると混乱の渦に翻弄され、目を回していると、友人は突如ぎゅっと拳を握り、自信にあふれた様子を見せた。

「そう、つまりだ。俺が言いたいのはこういうことなんだ。恋人だからって特別なことをするわけじゃねえんだよ。友達とそう変わらない。だが、恋人同士ならば、その楽しみ、喜びは、二倍、いや、二乗だ」

 そしてそう言った。ぽかん。混乱の渦、収束。

「そう……か。私は恋人だからこそ出来ること、というのに、拘りすぎていた……一緒にいる時間が大事……そういうことだな」

「そう、それだ!」

 点と線は繋がった、とでもいうかのように、友人は拳を広げテーブルを軽く叩き、再度拳を握った。質問していたのは私のはずなのに、気づけば友人も一緒に問題を解いている。

 この感じ、懐かしいな。私は一年前、二年の期末テストの事を思い出していた。

「こんなこと前にもあったよなあ」

 どうやら、友人も同じことを思い出していたようだ。

「現代文のテストの事だな」

「そう、お前が、言ったんだよな。正答がどう考えても二つあるって」

 しみじみと過去へ思いをはせるように、私は紅茶の琥珀の水面を見つめた。わずかに差し込み始めた西日と溶け合って、そこにあの日の光景が浮かんだような気がした。

「君は最初、意に介さなかった。理解しようともしなかった」

「で、お前がひったすら延々と長々と説明を続けたんだよな。今日みたいに脱線繰り返しながら」

「私の悪い癖については自覚している。本当に悪いと思ってるんだ。でも、いつも君は最後には理解してくれるじゃないか。あの日だってそうだった」

「お前はしつこいからなあ」

「そうだな。私の話を最後まで理解するまで聞こうと努力してくれる稀有な存在だよ、君は。だから、相談したんだ」

 気が抜けたように、友人がため息をついた。

 私はわずかに残っていた紅茶を飲み干した。

 水面に浮かんでいた記憶絵は消えて、わずかな澱だけが底に残った。過去は霞んでも、朧げになっても、決して消えないよ、とでも、約束してくれるように。

 友人は頬杖をついて、差し込む夕日の向こう側を見つめた。

「もういい時間だな。ま、恋愛なんてさ、なせばなるもんなんじゃねえかな。それこそ、一人でするもんじゃないんだからよ。お前だけが努力することでもない」

 そこで友人は微苦笑する。

「まあ、経験まったく無い俺が言っても説得力ゼロだけどな!」

 意外な言葉の後に続いたのは空元気丸出しの大笑いだった。

「意外だ……私は君が経験豊富だと、てっきり」

「意外だと思うのは多分チミくらいだと思ウヨー」

「けれど、よく、異性の話をしていたじゃないか。あの子が良い、とか、あの子と話をした、とか、毎回名前も違っていたし……」

「……そりゃ俺もお年頃なんだからそれくらいの話くらいするだろ……あと、あとな、それ、たぶん、えっと、な、つまりな、半分くらいは、あー……うん、ゲームのキャラとか漫画とか、そういうのの話だ……」

「すまない……」

「なんで謝るんだよ?」

「私の勘違いで、君が経験豊富だと思い込んで、知的好奇心の任せるままに、ぶしつけな質問ばかりをしてしまった」

「まぁ、別にそういう勘違いはされてもまんざらじゃねえよ。」

「だって、君は幾度も言い難そうな、答えにくそうな、ばつの悪そうな顔で態度に困っていた。返答に窮していた。私に気を遣っていた」

 なんだか急に恥ずかしくなってきた。

 私はいつも君の辛抱強さに甘えてばかりだ。

「お、おい、おいおいおい」

 困惑に言葉を失った、そんな抑揚の声が聞こえた。

「どうかしたのか?」

 出来るだけどもらないように聞いてみたつもりだったが、結局どもってしまったらしい。なんと情けない。

 顔を上げると、友人は子供の突然の癲癇にうろたえる大人のような顔で真実うろたえていた。

 きっと私が突然落ち込んだ仕草をしたからだろう。また気を使わせてしまった。気分を少しでも切り替えようと紅茶に手を伸ばした。もう空っぽじゃないか、何をやってるんだ私は、そう、思った矢先……手の甲に冷たいものが当たった。

「あ」

 どうも、感極まって私は泣いてしまっていたらしい。これはさすがに、誰だってうろたえるな。しかしこれしきのことで泣いてしまうとは。やはり私は情けない。

「もう!」

 色々考え込んでいると、突然友人がテーブルの向こう側から私の手を取った。なんのことか分からず、きょとんとしていると、友人は一度席を離れて、向かい側にいた私の横にくるともう一度私の腕を掴んで、足早にカウンターに向かった。

「会計おねがいします!」

 と、手短に言うと。

「ぴったりなんでレシートいらないです」

 店員のリップサービスも事前にあしらい、店の外へと私を引きずり出した。

「お、俺が泣かせたと思われるだろう!」

「私が勝手に泣いていたんだ」

「周りはそうは見てくれないだろ」

「それはそうだが」

「俺が泣かせたにしろ、どうにしろ、気持ちのいいものじゃないんだよ」

 かみ締めるような語尾だった。

 口をつぐもうとして、失敗した、そんな印象。

「お前が気持ち悪いって意味じゃないぞ。まあ、なんと言うかだな」

「嗜好の問題か?」

「いや、まあ、好き嫌いっちゃそうなんだけど。出来れば見たくないけど。泣きたいときは泣かせてやりたいし。慰めるなら、慰めるで、ば、場所を選ぶってことだよ!」

「そんなものなのか?」

「第一クラスの奴らに見られたら、卒業前ってのが幸なのか不幸なのか。最後の大ネタになったかもしれんぞ! お前の好きな奴にだってもし話がいったらさ」

「すまなかった」

 そうか、もしかしたら、友人の名誉を私は著しく失墜させていたかもしれないのか。

 しかも私のことも心配してくれているとは。

「もういいって」

「すまなかった」

「もういいって」

「いや、やはりお詫びをさせていただきたい」

「いらねえ。それより俺が、なんてーかお前泣かせるようなこと、癇に障ったこと言ったんだろ? だったら俺が謝らないといけないし」

「そ、そんなことはない! 違う! 違うんだ。私はただ勝手に恥ずかしくなって、君に甘えている自分が恥ずかしくなって、だから、こんな相談最初からすべきじゃなかったと、そう思って……」

「そんなこと思ってたのか……別にさ、頼られるのは何の問題もねえんだよ。ただ……恋愛初心者だからこそ、そのだな、段階を踏むべきだと思ってな。言うべきことを選んでったつーか」

「やっぱり私のことを考えていてくれたんだな。それに比べて私ときたら」

「そ、そんな自己嫌悪すんなって、な? 飴玉買ってやるから! それよか、話が中途半端で終わったし。どうだろう。まだ聞きたいことがあれば答えるけど」

「いいのか? また失礼なことを」

「だから気にしてないって。お前が気になるって言うなら仕様が無いけど」

 包み隠さず言えば、まだ聞きたいことは幾つかあった。友人が気にしていないというのが本当かどうかは計りかねるが。ここで、一つも聞かないで、我を貫くのも友人に失礼だと思ったから。

「それじゃあ一つだけ」

 気になっていることの中から。

「う、うん、なんだろ?」

「告白っていうのは、そのいつもいつでもいきなり出来るものじゃないだろ? 相手の立場とか都合とかも考慮しなくてはいけないと思うんだが、そのつまり」

「タイミングってことか?」

「そう」

「そうだなあ。いきなり厳重にセッティングして空気作ってていうのは逆にうそ臭くなるし。普通にしてる時、できるだけ他人の居ない時、知り合いのいない場所でさりげなくって言うのがいいんじゃないかなあ」

「さりげなく、か? たとえば」

「今みたいな時とかねー」

「君が好きなんだが」

「は?」

「さりげなく言ってみたんだが。どうだろう?」

「あ、な、なんだ、練習ね。本気じゃないのね。一瞬マジあせったって」

「本気に聞こえなかったか?」

「うん、本命相手ならもうちょっと、感情を出したほうがいいんじゃないかね。引き止めて目を見つめるとか」

 人通りのまばらな、夕方遅くの他校の通学路。西日に向かい歩く私は傍らの友人の長袖を掴む。思ったより簡単に友人は止まった。

「なに、どうかした?」

 どうやって相手と目を合わせようかと考えていると、友人のほうから私の顔を覗き込んできた。全ての条件はクリアした、後は。

「君が好きなんだが」

 これで今度こそ伝わるはずだ。友人のメソッドが正しいのなら。友人の口が動いて。だけど声は何も出ず。そしてなぜだか震え始めた。ごくんと友人は唾を飲みこんで、目を逸らして、袖を掴んだままだった私の手をゆっくりとした手つきで解いた。そして歩き出して、言った。

「お、俺コンタクトにするのやめるわ」



おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛相談 ゆきえいさな @goldilocks137

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ