終章 2


「うへへ~……。どうよぅ~……。あたしだってその気になればおっぱいおっきくするのぐらい簡単なんでゃかりゃぁ~~。もうユイガにばっかりでかい胸させてあげなぐぇうっっ!」

 

「ざーおーうー!」


 

 二度目の惰眠という名の至福の時間は、しかし襲来した巨悪によってあっさりと打ち破られてしまった。

 

 あたしのお腹の上には満面の笑顔を振りまくモンスター。

 全く、休日の朝っぱらからいったい何なんだっつーかそもそもあたしは部屋に鍵すら掛けないほどにフランクな人間だったのか?


 

「いま……なんじゅ~~……?」

 

「九時だよー!」


 

 くじかー。それならもう起きてもいい時間なのかなー。

 がっこうだよちこくちこく~。


 

「って、くじいいいぃぃいぃぃぃぃっっ! あほかーっ! おきるかーーっ! お休みの日は新聞配達の人と牛乳配達の人とニュースアナウンサー以外は昼前に起きるとナマハゲにわりごはいねがーー!」

 

「わりごはいねがぁーー!」


 

 何が嬉しいのか、目の前のモンスターは両手を上げて、可愛さアピールでも狙っているのだろうか?


 と言わんばかりにきっちりちゃっかり振り付けまであたしの真似をしている。

 ちなみにあたしは狙ってる。


 

「お目覚めですか。よく眠れましたか?」


 

 続けてドアから現われたのは、朝っぱらから爽やか過ぎるうそ臭い笑顔を浮かべた仮面少年と


 

「……不忘蔵王は朝に弱い」


 

 金髪を短く切った美少年のような美少女のような、黒いドレスにもタキシードにも見える服を着た美人さんだった。


 

「さて、お目覚めの所申し訳ありませんが、少しばっっ! ちょっ! マクラは人に向かって投げるものでわぶぅっっ! 目覚ましどけぃっっっ!」

 

「死ねっ! 消えてなくなれっっ! てめーはなんで朝っぱらから乙女の部屋に無断で上がりこんでんだっ!」

 

「……死ね。……消えてなくなれゴミクズ」

 

「しんじゃえー! どっかいけー!」


 

 あたしに合わせて他二人の少女も、片方はなんとも怨念めいた言葉を呟きながら、片方は自分で何を言っているのか理解してないように心底嬉しそうな調子で声を合わせる。


 

「……」


 

 なんでお前はこの状況で涙を流しながら嬉しそうに体をヒクつかせてんだっ!

 

 

「ちょっとこい! お前本当に頭おかしい人になっちゃってないか!?」


 

 言って、あたしは変態男を廊下へ引きずり出す。

 

 後ろからは


 

『えへー! ざおーおきたーー!』

 

 という声と。


 

『……あの男は一度、消去』


 

 とかいう、朗らかなのか物騒なのか判断しかねる二つの声が聞こえてきた。


 

「んでさ」


 

 後ろ手で扉を閉めながら、あたしは水奈に声をかける。


 

「使ったんだな」

 

「……」


 

 だからっ! なんでお前は目覚まし時計をぶつけられた頬を嬉しそうにさすってるかなぁ!

 


「シリアスな場面だろここ!」

 

「いえ、すいません。あまりにも常軌を逸した快感だったので少し自制が」


 

 ほんとコイツ早く死んでくれないかな!


 

「お察しの通りです。我が姫君」


 

 今更引き締めて真面目ぶった顔したっておせーよバカヤロウ。

 あと姫君って呼ぶな。


 

「僕は、《記憶の街カザクラ》は、主の意思により、この街の時間を《その日の始まり》まで戻しました」


 

 《記憶の街カザクラ》

 それはこの男、黄ノ宮水奈の《神としての名前》。


 

「姫君が僕を助けて下さった時と同様に、この街に住む全ての者の記憶は《今日》が始まる前に戻り、この街に住む全ての物の動き、記憶も今日が始まる前に戻っています」


 

 それがこの男の力。

 

 それがこの黄ノ宮水奈が持つ《現人神》の力。


 

「国からは、世界からは、取るに足らない出来事として、ただの《神》と《神災》が生み出した事象として記録されます。この街の人間もまた、それを理解している。それを知り、許容した上でこの街に住んでいる。それは何も変わりません、これからも変わらないでしょう」


 

 黄ノ宮の家の者は、たまにこの《現人神》となる。

 それは何世代かに一度決まってとか、生まれつきとか、そういったもんじゃない。

 

 全く予測のつかないタイミングで《神》になる。

 

 以前こいつが初めて現人神に目覚めた時は、あたしがこいつをどうにかこうにか引っ叩いてぶん殴ってふん縛ってやったら収まったけど、その代償なのかなんなのか、それ以来あたしはこいつに呪われている。


 そう、あたしが『神である黄ノ宮水奈を使役する神災』なのだ。


 

「嫌な言い方しないで下さいよ。姫君」


 

 はははっと爽やかに笑うこいつはなんかもう最近見てるだけでムカついてくるなぁ。

 

 どうしよっかな、ぶん殴ろっかなぁ。


 

「それで、意味はあったのか。だいたい、あの金髪の美少女さんはいったいなにもっっ!?」

 


 あたしの口が突然水奈の人差し指に抑えられた。


 その指を無理やりどかす。

 

 

「何だお前はっ! 何がしたい何が目的だっっ!」

 

「それ以上は言わないお約束です」


 

 あたしの口を押さえた人差し指を、今度は自分の口元へ持ってくる。

 何だよそのポーズ、気色わりぃ。


 

「姫君が覚えていなくても、彼女は覚えていますよ」


 

 そう、この男の神災であるあたしにもコイツの力は例外ではない。

 

 いや、少し意味が違うか。

 

 あたしの場合は、コイツが奪ってきた記憶の全てを《食べさせ》られる。

 

 その結果、普通の人間であるあたしの脳みそに膨大すぎる記憶が入り、許容量を越え、あたしの頭は一度パンクする。

 

 その後、あたしの頭はパンクして散開した記憶の中から自分の記憶だけを捜し求め再構築する。

 構築されたあたしの記憶は、そのせいで他の人以上に《足りなくなって》しまう。

 

 結果、昨日の晩御飯のメニューどころか今日が何月何日なのかも出てこなくなる。

 なんとなく高校に入ったまでは覚えているのだが――。


 

「それ以上は考えない事です。姫君は姫なのですから。小さな事にとらわれてはいけません」



 口元に携えた人差し指を外さずに、こいつは片目を瞑ってそう言った。


 

「そのウィンク流石にキモすぎる」

 

「またまた~」


 

 何がまたまただ。

 正真正銘あたしの忌憚のない本心だよ。


 

「僕の力でも《忘れられない思い》だけは巻き戻す事が出来ません。もうあんな事は起こりませんよ」


 

 あんな事ってどんな事だよ!

 だいたいあたしにはその記憶がっっ!


 

「……って。もういいや。どうせお前の力も大したもんじゃない。また前みたいにその内思い出すだろ」


 

 そう、実際はそこまで気にする事でもない。

 

 膨大な記憶の中に埋もれたあたしの記憶も、時間が経ちきっかけがあればその内に掘り起こされる。


 それに、こいつが力を使うような事態に陥ったのなら、それはこの男の神災たるあたしの意志がやった事だ。

 

 それなら、そんな状況になっていたのなら。

 それは正しく《そうする他なかった》のだろう。

 


「おや。よろしいんですか?」


 

 どうせ聞いたって教える気ねーだろお前は。


 

「いいよ。彼女は覚えてるんだろ。それなら、あたしが無理に――」

 

「いくよー! ざおー!」


 

 言い掛けたあたしの言葉は、しかしそんな元気の良い声にかき消された。

 

 ドアを勢いよく開けながら現われたのは――なんて、わざわざ明示しなくてもご理解頂けるだろう。


 

「行くって。どこに?」

 

「正義はもちろん正義の味方をしにー!」


 

 黄金を限りなく細くした糸で出来たような、見る者に思わず溜息を漏らさせる宝石のごとき美しく眩い黄金の髪。


 その肌は白く滑らかでありながら健康的で、まるで大地を照らす日の光のよう。

 

 蒼い瞳は雲一つ無い蒼穹の大空を連想させる。


 

 《正義の味方》か。


 

「なんだい。悪の秘密結社とか世界制服を狙う魔王とか次元の狭間から現われる凶悪な魔物でも倒しに行くのか?」


 

 茶化すように問いかけながら、だけどあたしは、その質問の答えを知っているような気がしていた。


 

「んーん。正義の味方はね! 悪い人も良い人も、正義も悪も、彼女もあの子も、みーんなを救って助けて笑顔にさせる人なんだよ!」


 

 子供のような言葉を口にする彼女。


 きっとそれは何よりも難しい願いで、きっとそれは永遠に訪れない夢。


 

「そりゃあいい。やれるもんならやってみな」


 

 あたしの皮肉に、しかし彼女は胸を張って応える。


 

「やれるよ! 正義の味方は一人じゃないから!」


 

 満面の笑顔で、何も迷いのない顔をして。

 

 そう言い切る彼女を見て、あたしは少しだけ笑っていた。


 

「そっか」


 

 さて、それなら。

 

 あたしがやる事は一つだけだ。


 叶わない願いを叶えに、訪れない夢を実現させに。


 

「行くか」

 

「うん!」



 

 本日は晴れ、雲も出ず、一日中穏やかな風が流れ、温かい陽の光が降り注ぐでしょう。

 

 ただひとつ、正義の味方にはご注意ください。

 

 神ヶ崎ユイガはあなたを笑顔にしてしまうでしょう。



 

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正義のミカタ 作りました すっぱすぎない黒酢サワー @kurozu_3

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