物質創造

 アステルが目覚めたのかは、騒動の二日後だった。


 事の顛末てんまつをシェリアーから聞かされると、アステルは心底うんざりしたようにふて腐れた。

 アステルの不満の原因は、魔王位を巡る騒動に巻き込まれた事への不満なのか、トリスと契約を交わしていたことをシェリアーから酷くしかられたからなのか。もしくは、この後に待ち受ける面倒ごとに対してなのか。


 おそらく、その全てだろう。


 不承不承ふしょうぶしょう、といった感じで登宮の準備を進めるアステルは、それでもトリスに必要な処理をほどこすことだけは忘れない。

 両腕を失ったトリスは、アステルが目覚めるまでの二日間、非常に不自由な生活を強いられていた。

 アステルはそんなトリスに、不思議な義手ぎしゅを創り出した。


 とりあえず、と創った義手は、トリスの意思で指先まで自由に動くものだった。どうやら触感もあるようで、新たな腕に喜ぶトリス。しかしアステルは出来映えに不満があるようで、後日にきちんとした物を与える、と約束する。

 そして、嫌だ嫌だ、と文句を言いつつ、出かけていった。


 アステルは、エリザの命令に従い、朱山宮へ赴かなければいけない。

 戦いの後から舞いだした雪は本格的に降りだし、アステルが宿を出るときには随分と降り積もっていた。

 かき分けて出来た道を通って、アステルは魔族の真の支配者の居城へと向かう。





 魔都の北部に、魔王の上位に君臨する魔族の真の支配者が住まう宮殿がある。

 これとは別に、魔都の中心部にも魔王が住む巨大な城かあるが、支配者の居城の方が遙かに規模が大きい。

 魔都を出てひたすら歩くアステルは、山の裾野すそのに沿って広がる朱山宮になんとかたどり着く。だが、まだ先は長い。表の外郭門がいかくもんを抜けて内郭門ないかくもんまでは、まだ随分と遠い。


 はあぁ、と大きくため息を吐くアステルの口からは、白い息が漏れた。


 さらに歩くことしばし。ようやくたどり着いた宮殿の玄関には、迎える者さえいない。

 アステルは勝手に玄関の扉を開くと、遠慮なく宮殿へと踏み入った。


 宮殿内には、奴隷どころか見張りの気配もない。

 無防備極まりない支配者の住処すみかに入ったアステルは、躊躇ためらいなく奥へと進む。

 すると、無駄に広い玄関の間を抜けたところでようやく、声をかけられた。

 現れたのは、女性の姿をした人形だった。


 北方に、傀儡くぐつの魔法を極めた始祖族の公爵がいる。支配者の宮殿には、この傀儡の公爵が創った人形と、僅かばかりの人族の奴隷だけが働いていた。

 アステルに言わせれば、傀儡の公爵こそ魔王に相応しい。実力も名声も申し分ない魔族だ。魔族のなかには「傀儡くぐつおう」と称える者さえいる。


 そんな魔族が創り出した人形に先導され、奥へと進むアステル。

 案内された先。

 緻密に彫り込まれた分厚い木製の扉を開け、部屋に入る。


 過去に何度となく訪れたことのある場所。だが、訪れるたびにアステルでさえ緊張する。

 公爵位である始祖族は、定期的にこの部屋を訪ねなければならない。

 公爵の間では「深紅しんく」と呼ばれていた。


 室内の手前には応接家具があり、そこの長椅子にはエリザが可愛らしく座っていた。

 エリザに促されるままに、アステルは向かいの椅子に腰掛ける。しかし、意識は絶えず部屋の奥へと向けられていた。


 広い室内の奥は一段高くなっていた。高くなった場所からさらに奥行きがあり、家具などは一切置かれておらず、分厚く柔らかい敷物が一面に敷かれてある。

 そこに、ひとりの魔族がいた。


 長椅子に横になって寛いだような姿勢で、空中に浮いている。

 深紅に染めあげられた、豪華な服装。長く豊かな深紅のかみ

 部屋の奥で横になるこの女性こそが、魔王のさらに上位に君臨する者。魔族の、真の支配者だ。


「おやまあ。アステル公のことですし、きっと来ないと思っておりましたわ」


 客人に紅茶をれながら、エリザがにこやかに言う。

 エリザも赤い服、赤い髪だが、彼女は鮮やかな赤。


「なんだ、来なくても良かったのですか」


 アステルは挑戦的な笑みを浮かべながら応える。

 だが、来なければいけないことは明白だ。逆らえば、命はない。


「来なければ、わたしがお前の屋敷に行くまでだ。ああ、お前の屋敷は快適だから、そのまま住むのも良いな」


 部屋の奥からの声に、アステルは露骨に顔を引きつらせた。

 屋敷に来られるだけでも迷惑だというのに、住まわれたら大変だ。ある意味、命を奪われるよりも酷いことになる。


 そもそも現在、魔都の北部に宮殿を構えて暮らしているのも、三百年前に魔都ルベリアを訪れた深紅の支配者がこの山を気に入り、アステルに宮殿を創らせて住み始めたからだ。ここは本来であれば、賢老魔王ヴァストラーデの治める国の一部である。そのため、元々居城を構えていた魔王ヴァストラーデの城が都の中心部にあり、支配者の宮殿が北部に建つ状態になっていた。


 それが、この朱山宮を離れて自分の屋敷に移り住むなどという話になれば、たまったものじゃない。

 深紅の支配者とエリザと共に同居すると考えただけでもぞっとすというのに、支配者に拝謁はいえつしようとやってくる各地の魔王や公爵の相手もしなくてはならなくなる。

 こんな面倒は、近郊の魔都ルベリアに居城を構える賢老魔王ヴァストラーデに任せておいた方がいい。


 ちなみに、魔都の守護職であったガルラは竜人族りゅうじんぞくでありながら、賢老魔王ヴァストラーデの配下だった。そして、深紅の支配者からこの国を預かり、近郊の魔都を支配しているのも、このヴァストラーデだ。

 今回の騒動で何か言ってくるとすれば、ヴァストラーデだと思っていたのだが。よもや、至高の存在と腹心であるエリザが出てくるとは。正直、アステルにはこの先がどうなるか予想も付かない状況だ。


「どうやら、人族と契約を交わしたらしいな」


 少しの沈黙の後、支配者は面白がるように口を開いた。


「まさか、アステル公が契約を交わすとは思いませんでしたわ。わたくしも主様あるじさまも、それはもう驚きましたの」


 触れて欲しくない事を的確に突いてくる。さすがは全ての魔族を支配する者たちだ。アステルは嫌そうに顔をしかめた。


「何のことでしょうか?」


 なぜ、最初にその話題なのだ。魔王拝命の話や、半壊した魔都の処置についてではないのか。どれもがアステルには楽しい話ではなかったが、一番嫌な話から触れてくるとは。

 しかし、魔族とは相手が嫌がることをわざとするものだ。


「どんな契約を交わしたのだ?」


 支配者が話を促す。

 逆らえるわけがない。どんなに言いたくなくとも、彼女に命じられれば、アステルだけでなく魔王でさえも逆らえない。


「いつ契約を交わされたのでしょうか?」


 エリザも身を乗り出して聞いてくる。

 アステルは腹をくくるしかなかった。一度だけ大きくため息のような深呼吸をすると、嫌々ながらも話し始めるアステル。


「契約を交わしたのは、あれと初めて魔都で出会ったときです」


 本来であれば、魔族は契約を交わした相手や内容は他言しない。

 魔族は時として、他者と契約を交わすことがある。内容は様々だが、契約することにより、相手は様々な利益を受けることになる。魔族は利益を与える対価として、相手に様々なものを要求することになるのだ。

 相手の願いが大きく難しいものであれば、対価も大きなものになる。

 そして契約を交わすと、相手の願いを叶えなければならないという誓約せいやくが課せられ、魔族の魂を縛る。そのため、契約を破れば、時として魔族は力を失う場合もあった。


 また、第三者に契約内容を知られてしまえば、妨害されるかもしれない。敵対する者がいれば、その者は必ず弱点を突いてくる、それが魔族なのだ。

 自分が不利になるようなことを、あえて口にするような者はいない。

 そもそも、契約自体を嫌がる魔族の方が多いのだ。


 アステルもまさか、自分が人族と契約を交わすとは思ってもいなかった。


 魔都の路地でトリスに体当たりをされたとき。

 トリスの、心からの願いを聞いてしまった。

 突然のことで動転していた。

 そして不用意に、心の中で頷いてしまった。


 からかい半分で。


 人族と鬼の間に入って困らせてやろうと安易に思ってしまった。

 それがいけなかった。

 これほど簡単なことで契約が成立してしまうとは。アステル自身、知識としては知っていたが、契約を交わしたことは生まれてこれまで、一度としてなかった。


 よし、横やりを入れてやれ、というつもりでトリスの願いを受け入れてしまい、契約が成立してしまったのだった。


 以降、アステルは誓約に縛られることになる。

 トリスを護る、という誓約に。


 自分の意思とは関係なく、トリスに危険が迫ると焦燥感しょうそうかんに襲われる。もちろん、感情を無視することはアステルにとって容易いことだ。しかし、万が一にもトリスが命を落とすことになれば、自分は力を失ってしまうかもしれない。

 自由奔放に、気ままに生きられないのなら、力も命も惜しいとは思わない。だが、ついついトリスを助けてしまう。

 なぜなのかは、アステル自身にもわからないでいた。


「ではなぜ、腐龍討伐ふりゅうとうばつに向かわせた?」


 アステルの話を聞き、支配者は質問する。


「エリザから聞いた話では、お前は討伐に参加していなかったのだろう?」

「あれは……。腐龍と知っていたら、トリスどころかシェリアーも向かわせてないです。あんなもの、いちいち相手をしていたら面倒です。好きなだけ暴れさせて、さっさと違う場所に移動してもらった方が良い」


 魔獣程度なら、トリスに与えた神具とシェリアーの護衛があれば、何も問題はないと思っていた。

 自分が同行するよりも、シェリアーの方が戦力としては申し分ない、という判断だったのだ。


 なるほど、と頷くエリザと支配者。

 一通りアステルの契約の話を聞くと、支配者は腹を抱えて笑いだした。


「まさか、そんなくだらない契約の仕方をするとは。お前らしいと言えばお前らしい」


 エリザも苦笑している。

 恥ずかしさのあまり、アステルは赤面していた。


「まあ、契約のことはわかった。他言はしないでやろう。それでは、本題だが」


 笑いながら言うので、威厳も迫力もない。

 アステルも大概魔族らしからぬ言動をするが、支配者はそれに輪をかけたような性格のようだ。

 アステルが生まれてから四百年。ずっと支配者を見てきて、性格が自分にも移ったのかもしれない、と思うことがある。


「魔王ヴァストラーデから苦情が入っている。よくも都を破壊してくれたな、と」

「それに関しては、自分の部下のしつけができていない魔王が悪いです。わたしたちは破壊行為はしていない」


 ふて腐れたように言うアステルが面白かったのか、支配者は笑いが止まらない。


「まあ、お前の言い分もわかる。よって、お前の能力で都を復興させれば、それ以上の罰は与えないでやろう」


 シェリアーから事前に聞いていた話ではあったし、断ればそれこそ命がない。アステルは承諾する。


 一気に半壊した魔都を復興させるのはさすがに無理だが、日数をかければ無理な話ではない。区画整備や、一軒一軒の建物の要望を聞く作業が面倒なだけだ。だが、命と引き替えの提案ならば、安いものだろう。

 詳しくは、この後にヴァストラーデと会ってからだが、アステルにとってはもうこの話は半分かたづいたようなものだ。


 さて、アステルにはこれまでが前座。

 次が本命だった。


 自ら口火を切る。


「お返ししたい物がございます」


 言って、アステルは今まで大事に抱えていた魂霊の座を、眼前に座るエリザに差し出す。しかしエリザは、アステルが直接支配者に渡すように促した。

 仕方なくアステルは立ち上がると、支配者のもとへ。


 緊張が増す。

 支配者は相変わらず空中に浮き、未だに笑っていた。しかし支配者とは違い、アステルに余裕はない。

 アステルは、支配者の命令に逆らうのだ。魔王になれ、という支配者の意思を拒否しようとしているのだ。

 もしも機嫌を損なわせてしまえば、最悪の場合は命に関わる。

 恐る恐る支配者に近づくと、アステルはうやうやしくひざまずいた。そして、魂霊の座を差し出す。


「魔王になるのが嫌か?」

「わたしには、荷が重すぎます」


 ガルラに手も足も出なかった。

 ガルラは、魔都ルベリアの守護職の長。魔族よりも高い戦闘能力を有する竜人族で、上級魔族であっても手に負えないような男だった。だが、魔族のなかにはそんなガルラ並みか、それ以上の力を持った者もいるはずだ。

 そうした圧倒的な力を持つ者たちと比べれば、自分は雑魚でしかない。


 差し出された魂霊の座を、支配者は宙に浮いたまま見下ろす。そして、笑みを消して口を開いた。


「荷が重い、とはらしくない言葉だな。魔王になることの何を恐れている?」

「わたしには、魔王になる実力など……」

「お前を置いて、他に何者が魔王たる資質を持つというのだ」


 アステルの言葉を遮り、支配者は言う。


「物質を意のままに創造する力。宮殿どころか、都市を丸ごと造り出すことも出来るお前の能力を、わたしは高く買っているのだ」

「ですが、それだけです。わたしには物を創ることしかできません。そんなわたしが魔王になっても、なにもできません」


 魔王とは、国を支配し、魔族を支配する者のことだ。魔族は、弱肉強食の実力主義をたっとぶ。力ある者が下位の者を実力で従わせる世界なのだ。そんな種族の上位に君臨し支配するような実力は、アステルにはない。アステル自身がそれを誰よりも理解していた。


 だが、アステルの言葉を聞いた支配者は、ため息交じりに首を振る。


「お前は四百年も生きて、まだ己の資質を理解していないとみえる。お前は、勘違いをしているのではないか。わたしは、産まれたばかりのお前に言ったな。お前の能力は、想うがままに物質を創造する力なのだと。だが、決して模倣もほうの能力だとは言っていない」


 アステルは、見た物、聞いた物、知った物を自在に生み出せる。だが、この世に存在しない複雑な独創物は創り出せない。魔族のなかで、アステルの能力は有名だ。だから誰もが知っているし、アステルもそうなのだと疑わない。


 しかし、支配者は違うと言う。

 アステルの能力はあくまでも物質の「創造」であって、けっして「模倣」ではないのだと。


「ですが……」


 それでも、アステルは支配者の言葉が信じられないでいた。

 理由は、自分自身がよく理解している。


 出来ないのだ。この世に存在しない物を創り出そうとしたことは、これまでにもある。だが、決して成功はしなかった。だから、支配覇者の言葉に頷けない。

 そんなアステルを見て、支配者はもう一度ため息を吐く。


「愚か者だな。どうやら、お前には再教育が必要なようだ。いいか、これからはよく考えて答えろ。始祖族とはなんだ?」


 支配者の質問に、アステルは慎重に思考を巡らせる。間違った答えや、失望を与えるような答えは厳禁だ。返答に失敗すれば、命はない。


始祖族しそぞくとは、瘴気しょうきが濃縮され、そこから産まれた者のこと」

「では、始祖族が特別な理由は?」

「瘴気が発生した原因の大戦や疫病えきびょう、呪いや恨みの元となった者たちの力や知識を受け継ぐから」


 人族でさえ、知っている。屋敷では、人族の青年がトリスに親切丁寧に説明していた。アステルも、誰から教わるまでもなく、産まれたときからの知識として知っていた。

 支配者は、アステルの模範的もはんてきな返答を聞いて頷く。そして次に、当たり前のようで当たり前でないことを口にした。


「親から生まれた赤子は、泣くことを知っている。乳を吸い、生きることを知っている。排泄はいせつし、眠り、起きることを知っている。お前がいま言ったことは、それと同じだ」

「はい?」


 話が飛びすぎだ、と首を傾げるアステル。いったい、始祖族の誕生と生まれ持った能力、それと赤子の話はどう同じなのだろうか。

 困惑するアステルを見て、くすくすとエリザが笑う。


「ふふふ、簡単な話ですわ。幼子は、最初から生きるための知識を持っています。それと一緒で、真祖の者が産まれながらに持つ知識や能力も、生きるために必要な最低限のものでしかありません。赤子は育ちます。言葉を覚え、歩みだし、固形物を食べるようになりますわ」

「つまり……」


 ようやく、アステルにも支配者が何を言いたいのか理解できた。


「物質を創造するという能力は、赤子が持つ本能のそれと同じで。わたしはこの能力をはぐくんだり成長させていないと?」


 アステルの導き出した答えに、支配者は満足そうに頷いた。


「自ら新たな物は生み出せない? 一度や二度失敗した程度で結論づけてどうするのだ。赤子も、何度となく倒れながら歩くことを覚えるのだぞ? ならば、お前も失敗を繰り返しながら能力を昇華させてみろ」

「主様は、アステル公の進化した能力こそ魔王に相応しいものだと確信していますわ」


 物質創造という能力の、真の価値を理解していない、と支配者は言う。


「物質創造の、本当の能力……」


 アステルは、自分の手を見つめる。支配者へ向けて差し出した両手には、未だに魂霊の座が握られていた。


「知識を増やせ。そして、能力をみがけ」


 支配者も、差し出されたアステルの手と魂霊の座を見ていた。


 はたして、自分はどう成長できるのか。アステル自身も、自分の可能性に興味を抱く。

 だが、それと魔王就任の件は、やはり別問題だ。


 アステルはもう一度、強く両手を前に出した。


「魔王拝命は、お断りさせていただきます。可能性はあっても、それはまだ先の話。今のわたしには相応しくありません。それに……。あの馬鹿どもの面倒を見るので精一杯ですので!」


 馬鹿者どもとは、トリスのこと。そして、シェリアーのこと。アステルは、雑魚雑魚しいトリスを護らなければいけない。シェリアーにえさを与えないといけないし、屋敷の使用人たちの面倒も見なければいけない。とても、魔王に就く暇がない。


 アステルの言い分に、深紅の支配者と鮮やかな赤のエリザは笑う。


「そうか。そんなに嫌か。それでは、仕方ない」


 そして、支配者は諦めたように、アステルが差し出した魂霊の座を受け取った。


「だが、これは貸しだ。お前はわたしの命令を断ったのだ。次の依頼は断るな。絶対だぞ?」

「は、はい」


 いったい、次は何を言われるのか。下手をすると、次の命令がまた魔王になれ、というものかもしれない。深紅の支配者であれば、それくらい平気で口にするのだ。だが、理不尽な要求がアステルに振ってくることはなかった。

 アステルは露骨に胸を撫で下ろす。


 支配者とエリザは、たまも可笑しそうに笑う。


「それでは、仕事にかかれ。まずは魔王ヴァストラーデの居城へ赴き、あれの意見を取り入れて魔都を復興させよ。ああ、これは次の命令ではないぞ?」

「心得ております」


 不承不承だが、アステルは承諾する。


 きっと魔王城へ行けば、魔王から散々に文句を言われるだろう。アステルが望んで起こした騒動ではないし、魔都を破壊した張本人は魔王自身の配下だというのに。深紅の間を後にしたアステルは、長い廊下を歩きながら徐々に怒りを覚えだす。


 ええい、このまま魔王城へと行くのもしゃくさわる。この際だ、悪戯いたずらをして帰ろう。


 支配者が住むこの朱山宮には、魔族の国々で暮らす始祖族が各地から訪れてくる。支配者の相手をするためだ。そして、始祖族が滞在している間に使用する、それぞれの部屋が設けられている。

 よし、この場にいない他の始祖族へ八つ当たりをしよう。アステルはにやりと悪そうな笑みを浮かべると、出口とは違う方角へときびすを返す。


 なにか大きな災厄に見舞われても、ただでは起き上がらない。それが魔族であり、アステルだ。

 つい先ほどまで支配者の前で萎縮していたアステルだが、もうその面影は微塵も残っていない。

 むしろ、楽しい悪戯を思いついたのか、足を弾ませて朱山宮を練り歩く。


 いわく、魔族とは破壊と自由という二つの心理を与えられた種族なのだという。


 猫のように気分屋で、自由気ままに振る舞うアステルは、まさに魔族のなかの魔族なのかもしれない。

 そして魔王のうつわとは、そうした魔族の本質を持つ者にこそ相応しいのだろう。

 朱山宮の奥へと消えていったアステルは、やはり支配者が望むにたる人物なのかもしれなかった。



第一幕 終

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猫公爵と不幸な下僕 寺原るるる @yzf

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