最強の少女

「さあて、皆様の処分はどういたしましょうか」


 微笑むエリザ。


「にゃあ。魔都を破壊したのはガルラです。私らは巻き込まれただけです」


 地面から生えた鎖に縛られたシェリアーが、責任を死体に押しつける。


「連帯責任でございますわ」


 しかし、エリザは微笑んだままシェリアーの意見を却下した。そして、腕の大半が炭化してしまい、恐慌状態に陥っているトリスを見下ろす。


「それにしても不思議ですわ。人族が魂霊の座に振れた場合、本来はそれだけで魂ごと消滅するはずですのに」


 可愛らしく人差し指をあごに当てて、首を傾げるエリザ。


「アステル公は意識を失ったままでしょうか。負傷の進行は禁じましたから、命に別状はないはずなのですが」


 エリザに声をかけられるが、アステルは微かに苦悶くもんの声を漏らすだけ。


「なるほど。トリスの呪いもアステルの傷も、エリザ様の力で禁じているから止まったのですね」

「はい。ですので、二人はこのまま存在を禁じるまでもなく、鎖を解いた直後に命を失うと思いますわ」


 エリザは、笑顔で恐ろしいことを口にする。

 シェリアーは身悶みもだえする。


「ふふふ、抵抗しても無駄でございますよ? 言葉以外は禁じておりますから。それにしても……」


 言ってエリザは、地面に縛り付けられたトリスに歩み寄る。

 トリスは、相変わらず恐慌状態で暴れていた。といっても、身体は鎖で縛られて地面に押さえつけられた状態なので、意味のわからない悲鳴奇声をあげているだけだが。


「うるさいですわね」


 エリザはトリスの前で屈み、軽く顔を叩く。すると、恐怖にさいなまれた心さえ禁じられてしまったのか、それまで悲鳴奇声を上げていたトリスが一瞬で静かになった。


「おとなしくしてくださいましね?」


 人差し指を唇に当て、微笑むエリザ。


 目が合ったトリスは、笑顔の裏にある有無を言わさないエリザの意思に、禁じられるまでもなく固まる。


「聞き分けの良い人族は好きですわ」


 エリザはトリスの鎧に触り、何かを調べるような素振そぶりを見せる。

 固唾かたずを飲んで見守るシェリアーとトリス。

 アステルは苦しそうに時折唸るだけで、意識はなさそうだ。

 鎧を調べ終わったエリザは、今度はトリスの顎に手をかけて瞳を覗き込んだ。


「まさか!?」


 何かに気づいたように、シェリアーは驚きの声をあげた。


「あらまあ、おやまあ」


 微笑むエリザ。


「瞳の奥に、アステル公の魔力が見て取れますわ」


 エリザの言葉に、驚愕きょうがくで瞳を見開くシェリアー。


「つまり、この子はアステル公と契約を交わしていたおかげで、魂霊の座の呪いに対して少しばかり抵抗できたということですわね」

「いつのまに、契約を交わしたんだ……?」


 シェリアーに睨まれるトリス。しかし、トリスは状況が飲み込めていないようで、逆に疑問の視線をシェリアーに返す。


 契約とはなんのことだ?

 人族が魔族と契約すると、超絶的な力を手に入れられる。それは知っている。しかし、トリス自身はアステルと契約などというものは交わしていない。もしも契約する機会があったとしても、魔族に魂を売り渡すようなことはしなかったはずだ。


 いったい、エリザは何を言っているんだ。

 シェリアーはなぜ、こちらを殺気のこもった視線で睨んでくるんだ。


 いや、そんなことよりも。

 両腕が炭化して、肩から先を無くしてしまった。

 無我夢中でガルラに突進したときには、命の覚悟は付いていたはずなのに。今になって。事が収まり、高ぶっていた気持ちまでもが鎖に押さえつけられた状況になって。自分の腕が消失してしまった事実に、動揺を隠せない。

 いったいこれから、どうなってしまうのか。自分の腕もだが、はたしてエリザは何を目的にこの場に現れたのか。


 いや、目的はわかっている。

 魔都に被害を及ぼしたアステルや自分たちを取り押さえ、処罰しようとしているのだ。


 エリザの力は圧倒的で、ガルラの腹心だった六魔族を瞬殺したシェリアーでさえ、鎖に縛られて身動きがとれないでいる。

 絶望的な現実と、意味不明な状況に、トリスはどうして良いのかわからないまま、唯一自由に動くエリザを見た。


「さあて、どういたしましようか?」


 すでにトリスには興味がなくなったのか、エリザはシェリアーとアステルの間を行ったり来たりしながら思案していた。


 今や、全員の運命をエリザが握っている。トリスは無力にエリザが下す裁定さいていを待つことしか出来ない。


「エリザ様、提案がございます」


 シェリアーの言葉に、エリザが振り向く。


「どうぞ、おっしゃってくださいませ」


 エリザはシェリアーの前まで来る。


「まずは、アステルをお救いください」

「却下ですわね」


 エリザの即答に、シェリアーは言葉を詰まらせた。


「魔都を半壊させた罪は極めて重いものですわ。見せしめとして、事の中心人物であったアステル公には死んでいただかなくてはいけませんでしょう? でないと、魔都の支配者であるヴァストラーデが納得いたしませんわ」


 可愛らしい笑顔で死の宣告せんこくを言い渡すエリザに、トリスは恐ろしさしか感じない。


「待ってください。その半壊した魔都を短期間で再生することができるのは、アステルのみです」


 シェリアーの提案に、ふむ、と可愛らしく頷くエリザ。


「アステルの能力があれば、瞬く間に魔都はよみがえるでしょう」


 アステルの能力とは、物質創造。人工物である建物や道は、創造可能なものばかりだ。たしかにアステルならば、魔都の素早い復興は容易で間違いない。


「面白い案だとは思いますわ。ですが、主様が納得するでしょうか?」

「納得していただけるかは、うかがわないとわからないことでございます。今アステルを殺してしまっては、御方おかたにお伺いすることもできません」


 なるほど、上手いことを言いますのね。エリザは苦笑する。


「では、この場でのアステル公の処分は保留にいたしましょう。ですが、この人族は不要ですし、消してしまってもかまわないでしょう?」


 トリスは青ざめる。

 自分の命が軽く扱われている。なのに、なにもできない自分が悲しい。

 すがるようにシェリアーを見つめるトリス。しかし、シェリアーはトリスを睨んだままだった。


「トリスは……」


 睨んだまま、シェリアーは口を開く。


 自分の運命は、シェリアーが握っている。自分の有用性を自分で説明できれば良いのだが、トリスにはあいにくと、なにも主張できるものがない。所詮しょせんは、運良くアステルに拾ってもらっただけの人族でしかないのだ。


「トリスは……。今はまだ、殺してはなりません」


 睨みながらも、命を救ってくれるように進言してくれたシェリアーに、トリスは心の底から感謝した。


「アステルとどのような契約を交わしたのかわからない今の状況でトリスを殺せば、契約者を失ったアステルがどのような行動にでるかわかりません」


 なるほどなるほど、と何度も頷くエリザ。


「では、仕方なくお二人をこの場は見逃すといたしまして。シェリアーはどういたしましょうか?」


 貴女ほどの魔族が命乞いだなんて、みっともないですわよ。意地悪そうに微笑むエリザ。

 くくく。と、その言葉に笑うのはシェリアーだった。


「エリザ様。命乞いなどする必要はないのです。そもそも、私は今回の件にはなにも関係してはいません」

「おや、まあ?」


 エリザは、興味深そうに話の続きをうながす。


「エリザ様は仰いました。アステルたちを処分するのは、魔都を半壊させた見せしめだと。しかしながら、私は当初から不干渉を貫いていました。途中、雑魚に絡まれましたが、魔都の半壊の件とは別の話です。私自身は、魔都の建物をひとつとして壊したりはしていないのです」


 開幕の合図になった爆発音は、魔都の外での爆発だった。


「それでも、私も同行者だからというのなら、甘んじで罰を受けましょう。しかし、この状況で私を消して、彼の御方が納得されるかは別問題でございます」


 シェリアーの自信にあふれた話に、エリザは困ったと額に手を当てる。


「たしかに、魔都半壊に直接的な関わりのない者、しかもシェリアーを軽はずみに殺してしまっては、主様の機嫌を損ないそうですわね」


 降参するように、エリザは両手を挙げる。すると、シェリアーを縛っていた鎖が消えた。

 自由になったシェリアーは、大きく伸びをする。


「ああ、生きた心地がしませんでした」


 言いながら、シェリアーはトリスへと歩み寄る。そして、地面に押さえつけられて動けないトリスの顔に近づくと、瞳を覗き込んだ。


 大きくため息を吐くシェリアー。


「なんということだ。たしかに、瞳の奥にアステルの魔力が宿っている。もっと早くに気づくべきだった」


 シェリアーはがっくりと項垂うなだれる。


 トリスには、アステルと契約を交わした覚えはない。だが、魔族の二人が言うのだから本当なのだろう。


「命を見逃していただけるというのなら、僕たちの鎖も早く解いてください」


 言ったトリスの耳を、シェリアーが思いっきり噛む。


「痛ぇっ、なにをするんですか!?」


 悲鳴をあげるトリスを、残念そうに見下げるシェリアーとエリザ。


「さっき言いましたのよ。今、貴方の両腕を侵食している呪いは、わたくしが鎖で禁じているから止まっているのですわ。無闇に鎖を解けば、貴方は呪いで全身が炭化して死んでしまいますのよ」


 トリスはぎょっとする。


 そうだ。呪いは消えていないのだ。エリザの鎖の能力で一時的に浸食が止まってはいるが、解呪かいじゅされたわけではない。


 魂霊の座は本来、資格の無い者が触ると、魂ごと滅ぶとエリザは言っていた。自分が奇跡的に生きながらえたのは、所有の資格を持つアステルといつの間にか契約を交わしていたおかげだ。

 だが、やはりトリス自身には魂霊の座に触れる資格はなく、遅かれ呪いにむしばまれて死が訪れる。


 恐怖と絶望でまたもや混乱しかけたトリスの頭に、シェリアーが飛び乗った。


「このまま、呪いだけを禁じて消すことはできるでしょうか?」

「容易なことですわ」


 シェリアーの質問に、あっさりと頷くエリザ。

 エリザが指を鳴らすと、今までトリスを縛っていた鎖が一瞬で消え去った。


 トリスは起き上がると、慌てて自分の両手を見る。やはり、肩から先は無くなっていた。しかし、肩先から僅かに残った腕は黒く変色していたが、炭化は進行せずに止まっていた。


 両腕を失った現実を直視できず、悲しみに打ちひしがれるトリス。そこに、シェリアーが声をかけた。


「あれだけの戦いに巻き込まれて、命があっただけでも喜べ。そして、お前を守り通したアステルに感謝するのだな」


 言われて、アステルを見る一同。


 アステルは未だに鎖に縛られ、時折苦しそうにもだえた吐息を漏らすだけだ。

 意識はないのだろう。傷だらけのアステルにトリスは駆け寄る。

 アステルの頬に付いた血泥を拭ってやりたかったが、トリスには腕がなかった。


「どうか、アステル様をお助けください」


 エリザにすがるトリス。


「もちろんでございますわ。なにせ、魔都の復興のかなめなのですから」


 やれやれ、といった感じで言うエリザが指をもう一度鳴らすと、アステルを縛っていた鎖も消失した。


「傷の蓄積と進行を禁じて消しましたので、命に別状はないかと思いますわ」


 言われてみれば、たしかにアステルの傷が全身から消えていた。衣服や髪は無残な状態のままなので、傷が消えただけではまともには見えなかったが。

 それでも、助かったアステルを見て、トリスは涙を流す。


 助かって良かった。生きていてくれて良かった。


 魔族は全てが憎く、怒りの対象だった。

 最初に、魔都でアステルに命を救われたとき。感謝の気持ちはもちろんあった。しかし同じくらい、アステルに対しても魔族への憎しみを抱いていた。きっと、アステルもトリスの内なる憎しみの感情には気づいていたはずだ。


 それなのに。

 今回は、自分の保身だけでも精一杯だったはずなのに、最後まで護ってくれた。


 魔族のアステルに対して、今は感謝の気持ち以外の、憎悪の感情は消え去っていた。

 そのアステルが助かって、本当に良かった。


 意識を失い横たわっているアステルの傍らに膝をつき、トリスは涙を流した。

 涙を拭う手は失われてしまったが、アステルを護るための代償だったと思えば、絶望感を払うことはできた。


「やれやれ。見るに耐えられぬ汚い泣き顔だ」


 シェリアーがため息交じりに言う。


「なぜ涙を流すのか、理解に苦しみますわ」


 言いながら、エリザはガルラの遺骸いがいを鎖で巻き取り、消滅させた。


「さて、このようなほこりばかりの場所に長居をしていましたら、服が汚れてしまいますわ」


 エリザの言う通り。辺り一帯はガルラの竜術で荒れ果て、砂埃が寒風に舞うばかり。


「アステル公が目覚めましたら、朱山宮しゅざんぐうへ必ずおみえになるようにお伝えくださいませ」


 微笑んで手を振りながら、エリザは空間に溶けて消える。

 エリザが消えると、シェリアーは疲れたようにもう一度、深いため息を吐いた。


「まったく。久々に緊張してしまった」


 シェリアーは、血と泥で汚れたアステルの顔を舐めて綺麗にしてやる。


 他人事、我関われかんせず。と主張しておきながら、なんだかんだでシェリアーがアステルに気をかけているのは、トリスの目にも明らかだ。


 戦いが終わり、冷えだした身体に冷たい風がこたえる。

 いつの間にか、魔都には粉雪が舞い始めていた。

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