第2話-① 言葉にするなら、今日が人生の転換期。
結局、不気味なくらい何一つとして変化を見せない教室の中で、俺は1日を過ごしていた。
「...俺はこうなったんだけど、音霧さんは?」
「うん、わたしも一緒!よかったぁ、この問題結構難しかったよね!結構時間掛かっちゃったよ」
長くサラッとした綺麗な髪、綺麗な二重でぱっちりとした目、肌は白く綺麗で、体のどのパーツもしっかりと手入れがされていることがわかる。
普段通りのはずの綺麗な笑顔に、どこか違和感やぎこちなさを感じる。
それでも彼女は何一つ言及することなく、平静を装ってくれている。
彼女の優しさをありがたく享受しながら、心の中で俺は彼女に足を向けないように寝ることを誓う。
「俺もだいぶ時間掛かったなぁ」
「そっか!じゃあ、私と忍崎くん」
「...お揃いだね」
悪戯な笑みを溢す彼女に、思わず見惚れてしまう。
「あ、あぁ、そうだね...」
まじ可愛い、惚れそう。
「はい、じゃあ確認終わり。この問題は...」
情緒が揺れ動くのは正常な働きをしている証明であるはずなのに、俺の内界のどこかに猜疑心が芽生え始める。
音霧愛清のそれは、ラブドールを見てしまった相手に対する接し方ではない。
彼女はどこまでも優しく、美しい。
やけに完璧な彼女の造形に、俺は敬愛と畏怖を覚えた。
...
「...はい、ホームルーム終わりね。挨拶は省くから、チャイムが鳴ったら各自解散してくれ。あぁ、それと忍崎はちょっとこっち来てくれ」
担任の
要件は...まぁ、大体察しがつく。
「明日絶対出します」
「何故自分が呼び出されたかは分かっているようだな」
「まぁ、はい」
「何故遅れた?」
どうする、正直に答えるべきか...?
いや、待て...俺には『風邪で休んだ』という武器があるではないか!
「風邪のせいでどうしても...」
「お前が休んだのは
「...普通にやるの忘れてました」
「はぁ...何故最初から正直に言わないんだ。嘘をつく必要があったのか?」
ごもっともです。
「大体お前の怠惰な生活態度は目に余る。他の先生方からもお前が授業中寝ているだとか、毎度課題提出が遅れるだとか、そういった苦情が私のところに来るんだ」
「本当すいません」
「謝る前にお前はもう少し真面目になれ」
「頑張ります」
「本当に分かっているのか?...まぁ良い、今日は罰としてプロジェクターのスクーリーンを備品室に運ぶこととする。場所は別棟の4階だ」
「...うっす」
面倒...だが、誰がどう見ても俺が悪いので文句は言えない。
とりあえず、他に溜まっている課題を片してから運ぼう...確か数学と生物が残っていたはず。
億劫な気分になりながら自分の席に戻る。
「で、何で呼び出されてたの?」
「あー課題の提出遅れで説教をね...」
「課題はちゃんとやんないと駄目だよ?」
「分かってはいるんだけどさー」
理屈では噛みきれても、感情が飲み込めないものなんていくらでもある。
俺にとってそれが課題だっただけだ。
「本当にー?でも忍崎くん、中学の頃よく怒られてたじゃん?そのときもこんな感じの話しなかったっけ?」
「...そんなこともあったっけ」
「あったよー!今の忍崎くんも前の忍崎くんと一緒でちょっとむすっとしてるし、ほら早く課題やったほうが良いんじゃない?頑張れ頑張れ〜」
肩をポンポンと叩かれる。
「ほんと、変わんないね私達」
懐古に耽る彼女の表情は憂いを含んでいるように思えた。
彼女の言う通り、俺達は変わっていない。
俺の怠け癖も、彼女が俺に...いや、他人に接する態度も何もかも変わっていない。
俺と彼女の関係性は依然として変化を見せず、停滞したままだ。
...
溜まりに溜まった課題を終えて、備品室に向かう。
「確か別棟の4階だっけ?」
うちの学校は本館、北館、南館、別棟の四つに分かれている。
そのうち別棟は特に人通りが少なく、下の階はかろうじて文芸部などの部室として使われているが、上に行くほど空き教室が増える。
確か何かの同好会が不法占拠してるみたいな話を聞いたこともある。
「どこだよ...備品室」
奥の方に行くとそれっぽい部屋が二つあったが、クラスプレートの字は霞んでいて読むことができなかった。
とりあえず、先に手前の方の扉を開ける。
「中は埃っぽい...な...あ、え?」
そこには音霧さんが居た。
「...あ」
イヤホンをつけて、スマホで何かを見ていたようだが...何より気になるのは彼女が飲んでいるものだ。
「な、何やってるの...?」
「え、忍崎くん...何でここに」
驚きと焦りで硬直している音霧さん。
「いや、先生に言われて備品室にスクリーンを運んできたんだけど」
「あ、あぁ!それなら隣だね!うん!」
イヤホンとスマホを隠しながら彼女は答えてくれた。
うちの高校では校内でスマホの使用は禁止されている。
が、それよりももっと隠すべきものが彼女にはあるはずなのだ。
「ねえ音霧さん...それって、お酒...だよね?」
「...」
薄暗い部屋で、現役女子高生がほ●酔い片手に俯いていた。
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