僕にも君にも、秘密がある。

@DANTSU1tt

第1話 多分、人生で一番の羞恥心。

 『ピンポーン』

 

 薄暗い部屋の中を反響する呼鈴の音で目が覚める。


 「...こんな時に、誰だよ」


 頭が痛い、眩暈がするし、足もおぼつかないし、自分の身体のくせして碌に言うことを聞きやしない。


 俺は今、風邪を引いて体調を崩している。


 原因は明確なのだが絶対に人には言わない、というか言いたくないし言えない。


 とりあえずチャイムの主を確認しよう。


 宅配は...昨日受け取ったし、見舞いは...無いな、N◯Kは...前にテレビがないことを証明したはずだし、本当に誰だ?


 どうにかしてインターホンの前に行く。


 「...はい、なんですかぁ...?」


 駄目だ顔を上げられない、画面が見えない。


 「あ、忍崎しのざきくん?先生に頼まれてプリント届けに来たんだけど...大丈夫?」


 「...ごめん音霧さん、すぐ開けるね」


 音霧愛清おとぎりあいせ、才色兼備で温厚篤実、男女問わず、彼女を一目見た人間は口を揃えてこういうのだ、『可愛い』と。


 うちの学校では噂になる程度には有名で、既に何人かの男子生徒に告白されているらしい。


 ただ、その男子生徒たちの想いが実ることをはなく、全員玉砕。


 ちなみに俺の初恋の人でもある、中学時代の話だけど。


 音霧さんの顔を見たからか、少し身体が軽くなった気がする。


 急いで玄関に向かい、ドアを開ける。


 「お、お待たせ...音霧さん」


 「だ、大丈夫なの?息も荒いし、顔も真っ青だけど...」


 「平気だよ」なんて肩肘を張った言葉を吐こうとしたが、先に出て来たのは身体の限界を知らせる警鐘だった。


 不意に力が抜けて、足から崩れ落ちる。


 「忍崎くん!大丈夫!?救急車、呼ぶ?」


 音霧さんの顔が不安と焦りで曇る。


 「あー...それはいいかな。寝れば治るからさ、それよりプリント...」


 「無理しないで、肩貸すから家の中入ろ?」


 音霧さんが俺の腕を肩にかけ、身を寄せて一緒に歩いてくれる。


 お、おお...近い..し、めっちゃいい匂い...


 「あ、リビングで寝てるから...そこのドア」


 「うん。あ、そういえば忍崎くん一人暮らしなんだっけ?大変だったよね」


 「まあ、こういう日は結構...」


 こういうの、人間万事塞翁が馬って言うんだっけ?風邪引いた甲斐があるってもんだ。


 リビングには布団が敷いてあるし、そこでもう少し話したり、看病してもらったりしよう。


 「ここであってる?」


 「うん、あってるよ。ここがリビング」


 「じゃあ入るね...」


 音霧さんがドアノブに手をかける。


 リビング....ん、待てよ...リビング?...っ!?


 「ま、待って音霧さん!」


 「ど、どうしたの?」

 

 駄目だ、リビングには『アレ』があるのだ、俺が今回風邪を引く原因になったとも言えなくもない『アレ』が...


 「いや、ちょっt...」


 またもや力が抜けて床に崩れ落ちてしまう。


 「ごめんね、忍崎くん。入るよ」


 音霧さんが扉を開く。


 何故か彼女の行動一つ一つがスローモーションに見えた。


 確かタキサイキア現象って言うんだっけ?厳密には違うと思うけど人として終わる直前な訳だし、ある意味間違ってはいないのかもな。


 「さ、忍崎くん!早く..布団...に...?」


 あぁ、終わった...終わったなぁ....


 「え、あれ...何?裸で..女の..人...形?」


 「...音霧さん、プリント...貰えるかな?」


 「え!?あ、あぁ、うん。これ...」


 音霧さんからプリントを受け取る。


 彼女のプリントを渡す手は、少し震えていた気がするが、気のせいだろうな、うん。


 「ありがとう、音霧さん。風邪、うつると悪いしさ。今日は早く帰ったほうがいいよ。」


 「う、うん...そうするね?じゃあ..お大事に」


 俺と会話してるはずの音霧さんの目線がこちらに向くことはなく、終始俺の『風邪の原因ラブドール』に釘付けだった。


 リビングの前で座り込んだまま、玄関のドアが閉まる音を聞いた。


 そうして、再び静寂が訪れる。


 外界から与えられる情報が消えた今、意識は『風邪の原因ラブドール』に向けられる。


 あぁ、何でラブドールが風邪の原因になったのかって?


 そんなの決まってんだろ、昨日一日中裸で自家発電してたんだよ馬鹿が。

 

 人間万事塞翁が馬...?笑わせんなよ、これは泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目、傷口に塩だ。


 声にならない羞恥心に一人悶えながら、ラブドール横目に布団に潜り込んだ。

 

 

 

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