第35話 名前
王都での決戦から半年。
都は半壊し国の要人も大半が死亡。
遷都され、ウェルスは旧王都となった。
土魔術等を用いても以前の活気を取り戻すには未だ至らず、現在も復興作業は続いている。
「民が安心して暮らせる様になるには、まだまだ時間がかかりそうだ」
魔物から人々を守るための城壁も跡形もなくなってしまった為メイネとアニカ、そしてイルティアは旧王都の防衛を担っていた。
「そりゃ全部ぶっ壊れちゃったしねー」
「こんなに広い都が滅びる戦いなんて想像できません」
メイネについて来ていたルプスが、メイネの広げたトランプのカードの中から一枚取る。
メイネの肩には小さな狼が乗っていた。
「あんたも結構壊してたわよ。げっ……」
続いてアニカがルプスのカードを一枚取り、物凄く嫌そうな顔をする。
「ごめんなさい」
しょぼくれるルプスを他所に、アニカはカードを背に隠してシャッフル。
そしてメイネに向かってカードを広げ、一枚だけぴょこっと飛び出させる。
「ぬっ、小癪な」
メイネが受けて立つとばかりに飛び出たカードを摘む。
だがそれを引き抜かずにまた別のカードを摘む。
対するアニカの表情は真剣そのもの。
意識して作ったぎりぎりのポーカーフェイスで耐える。
メイネはそれを見ながらニヤリとほくそ笑む。
「いただきまーす」
引き抜かれたカードは、アニカの目論見とは外れていた。
「なんでよっ!?」
「力入りすぎ」
吠えるアニカをさらりと受け流してババ抜きを続行する。
「君達は気を抜きすぎだ。我々には民の安全を……」
「あーあー。なんも聞こえなーい」
ため息混じりのイルティアをメイネが遮る。
話を聞こうとせずババ抜きを続けるメイネの背後にイルティアが忍びより拳骨を降ろす。
「痛った!?」
メイネが頭を押さえ、肩に乗っていた子狼がテーブルに避難する。
おかしなことに、メイネはアンデットになったにもかかわらず痛みを訴えていた。
その原因はイルティアの拳に纏われた白炎だろう。
「はわわ……」
それを見たルプスは怯えてカードで顔を隠していた。
「それやめてってば!」
「こうでもしないと反省しないからだ」
「……鬼ババア」
メイネの手に二又の槍が現れ青く燃え上がる。
「……ほう」
冷静に見えるイルティアだったが、その体からは白炎が上がっていた。
「マジでやめなさいよ、洒落になんないんだから。またなんか壊したら全部あんたたちにやらせるわよ」
呆れた目を向けるアニカ。
以前二人が暴れた所為で苦情が殺到したのだ。
何故かアニカに。
「先に手出したのこいつじゃん! もう騎士団長でもない癖に」
メイネがイルティアを指差す。
「アンデットになってしまったのだから仕方ないだろう」
「だいたいなんで私のアンデットになったのに逆らってくんのさ!」
「これは反逆ではない。愛の鞭だ」
「はいはい」
アニカが手を叩いて無理やり言い合いを止める。
それでも尚ぶつくさと言い合っている二人。
それをあわあわとしながら見ているルプス。
ここ半年で何度も見たような光景。
アニカはそれを見て微笑みながら、あの激戦の後メイネが目覚めたときのことを思い出していた。
◇
「珍しいわね。そっちから呼び出すなんて」
「そうだっけ」
荒れ果てた王都を一望できる丘の上。
体育座りしているメイネの背中に、アニカが声をかけた。
あの戦いで意識を失ったメイネが目覚めて直ぐのことだ。
メイネのふさふさの尻尾が揺れている。
「で、どうしたのよ」
「あの後、どうなったの? ルーちゃんが無事だってのは知ってる」
ルプスの安全は真っ先に確認していた。
「イルティアがサトギリを倒したのは見たわ。その後とんでもない大きさの怪物が二体暴れ回ってたわね。それでここからはホロウから出てきた三人組から聞いた話になるんだけれど……」
「あいつらね……」
メイネはぼんやりと三人組を思い出していた。
「その怪物の片方は
「へぇ〜」
アニカは半信半疑の様だが、メイネはもう一体の怪物の正体に察しがついている。
「
「意味わかんないね」
「ほんとうにね。あの時洞窟で会った木人が別の世界? に逃げたってのはちょっとむかつくけど、それからは安定していたわ。実際にホロウが閉じて、プテラが新たに出てこなくなってからは、アンデットたちが残りのプテラを倒して終わりね。今のところもホロウは現れていないし」
「なるほどなるほど」
自分からアニカに顛末を聞いたメイネだがどこか上の空だ。
「要は済んだのかしら? 済んだのなら私も色々手伝わなきゃいけないし戻るけれど」
そう言って踵を返そうとするアニカの背中越しに、
「メイネ」
ぽつり、とメイネが呟いた。
アニカの足が止まる。
少しの間二人に言葉はなく、遠巻きに聞こえる復興作業の音と草木が戦ぐカサカサという音がはっきりと聞こえる。
アニカは喋らず、動かない。
不思議と、続くメイネの言葉をいつまでも待とうと思った。
きっとメイネにとっても、アニカにとっても大事なことだと思ったから。
「私の、ほんとうの、名前……」
メイネの声は震えていて、それが移ったかの様に俯くアニカの肩も揺れていた。
同じ村で暮らしていた人たちに殺意を向けられ、母からも恐れられ。
誰かを信じることが怖くて。
「嘘ついてて、ごめんね……」
それを聞いた瞬間アニカが振り返り、走り出す。
体の震えを抑える様に後ろから抱きしめた。
この言葉を紡ぐのにどれだけの勇気が必要だったのだろう。
それは小さな背中だけでは、難しくて。
けれど振り払っても突き放しても側にいてくれる人がいたから。
メイネのために平気で死地に飛び込んで来る人がいたから。
だからこれは少しずつ時間をかけて、二人で紡いだ言葉。
「いいよ」
震えが収まるまで二人はそれ以上の言葉を交わすこともなく、ただずっと互いの体温を感じていた。
◇
「メイネ」
アニカが、未だにイルティアと言い合い続けていたメイネに声をかけた。
「なに、アニカ」
そんな一見素っ気ない返事。
しかしそれだけでアニカはにまにまと頬を緩める。
「っ……」
この場でその意味するところを理解しているのはメイネとアニカだけ。
「?」
「……?」
だから顔を見合わせるルプスとイルティアには、なぜメイネがアニカから顔を逸らしているのかも、その頬が赤く染まっているのかもわからなかった。
ひとりぼっちの死霊魔術師 現 現世 @ututugense
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