64.意味などないのだろう。すでに
「人間が生命を繋いでゆく理由は、どこにあると思う?」
しばらく歩いて後、ぼつりと
咄嗟には答えが出ず、黙っていた錵鏡に、蜻蜒はほんのわずか微笑んで見せた。
「
「はい」
「もし人間が絶滅してしまえば、我々はどうなる?」
「――転生する肉体を失う」
「そうだ。人間を
「矛盾……ですか」
「人間世界という転生先が消失したからといって、それ即ち、全人が天人になれると云う話ではあるまい? 修行が不十分であった魂が、再び修行をするために人間世界に転生するというならば、人間世界それ即ち修行の場。切欠であり、
問いかけの形であったが、どうやらそうでもなかったらしいと
「
「そんなことはないだろうが、私にはよくわからんよ。宗教の専門家ではないからな。しかし、
「それでは、それでは
「意味などないのだろう。すでに」
帰宅した蜻蜒に、顔色を変えた
「
「どうした」
突然、居間のほうから「がちゃん!」とティーカップの割れる音がした。その音を聞いた途端、蜻蜒の背筋に嫌なものが走る。
「海雲」
「――今、たった今、ニュースで海難事故のニュース速報が入ったんです。太平洋沖で、大型旅客船が墜落してきた飛行機と激突したっていう……」
蜻蜒の首筋が、ぞくりと総毛だった。
「ちょっと待て海雲、それはまさか――」
居間のほうから、引き
「
蜻蜒の呼吸は、少しずつ乱れ、少しずつ切れ切れになる。
一昨日、
切れ長の二重目蓋と、その奥に隠れている鋭い色をした
小さく冷たい掌が、ぎゅっと
「沈んだのは――
海雲は黙って
「乗客の生存確率は……船、飛行機、双方共にゼロだと云うことです……ッ」
「そう……か」
蜻蜒の耳に泣き叫ぶ詔勅の声がこだまする。痛い痛いその叫びは、恐らく喪失によって引き起こされた悲嘆でなく、それ以前の、もっと原始的な衝撃だろう。蜻蜒は目蓋を伏せ、静かで長い吐息をもらした。
いやに――いやに早く死ぬ人間が、己の周りに多くはあるまいか? それも、いつも唐突に死ぬ。
それが、この薄闇のように世界の進む方向を歪めて見せる。視野に収めていたはずの未来は、一瞬で変容を遂げてしまった。己が見ていた未来は、全くの幻想に過ぎなかったのか?
蜻蜒は、皮膚感覚の狂った状態のまま、もう一度だけ呟いた。
「そうか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます