10.『はじめのご対面』
ハル子さんが食事をしている間、うつぼ君、
彼は偽古庵様の家庭教師兼侍従であるから、彼の側に控えていて当然である。それでもハル子さんに気使いを示してくれたことは明白だ。――しかし明らかにうつぼ君と偽古庵様は何も考えていない。ただただ談笑しているだけである。
同じ男でも
「そう云えば
「それは終ったんやけど、エスペラントが片付かへんねん」
「
「あれ、ようわかったな」
会話から、二人がただの幼馴染みでなく級友なのだと知れたが、これでは会話に口を挟む余地がないではないか。
(やれやれやー)
溜息交じりに斜め前方の円卓へと視線を移した。そこには、こちらの円卓と同じく談笑する
「――じゃあ、昨年発掘された竜骨の化石は、紀元前300年前後のものではなく、前500年頃のものだと云うことですか?」
「ハイ。近々学説が引ッ繰り返りますからね。楽しみにしてらっしゃい」
「やっぱり『
何だかこちらも『学校』臭い会話であるもよう。
気付くと、音楽はいつの間にか取りかえられていたらしい。耳に入ってくるのは交響楽でなしに、うろうろとどっちつかずなピアノ曲。まだ多少眠気が残る
時計の時針が十一時を回ったのは、それから間もなくのことである。
ハル子さんが遅い朝食をとり終えた直後、全員は
モーツァルトの『アイネクライネ・ナハト・ムジーク』がベタに流れている。
一晩を経た大宴会場は一体何時準備したのか、実に美しく飾り立てられていた。円卓にはリネンのテーブルクロスがかけられ、垂れ下がった余り布を薄水色の造花でたくし上げているのが美しい。
「ささ皆様。こちらのお席へお着き下さいまし」
古里さんに指し示され円卓の椅子に腰を下ろす。すると、全員の視線が一箇所に集まるようセッティングされていたことが知れた。そこにあったものこそ、昨日との最たる差異である。眼前に、赤い
「ええっと……これって」
幾分困ったように言葉を発したうつぼ君は、ぽりぽりとエラの辺りを掻いた。
「あれだよな、向こうに姫さんがいるってことだよな?」
「せやろな」
同意を示した偽古庵様の横では、珸瑶瑁先生も珍しく真顔を
「
「ベタさ加減も一級品や云うことか」
『ええ――マイッテス、マイッテス……』
ぴぃぃん、と金属質な音が響く。見やると古里さんの手にはマイクが握られていた。スピィカァとマイクがハレエションを起こしたらしい。音声を確かめるためか、ぽんぽんとマイクを叩く。ぼんぼん、とこもった音がスピィカァからもれた。
古里さんは昨日と異なり、あつらえた燕尾服を赤い蝶ネクタイで締めている。片側に金鎖をつけた鼻眼鏡が似合っているのだかいないのだか、
『ええ皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、まにまに王國皇太子様の婿様選びお見合いを開始したいと思います』
「――……。」
全員が無言で見護る中、背筋をぴしりと伸ばした古里さんは、執事の如き動きで緞帳に右手を差しのべた。
『ええ、こちらの緞帳の向こう側には、すでに皇太子様がいらっしゃいます』
予想されていた通りの言葉を述べた後、
『これより上限一週間を期日とし、皇太子様は、婿様候補者である皆様方と〈お見合い〉をなさいます。しかし、必ずお婿様が決定されると決まった話では御座いません。皆様方の中に、皇太子様が御伴侶を見出されませなんだ場合、お見合いは
口上を述べあげた古里さんは、やはり粛々と
『ええでは、『はじめのご対面』――』
全員の視線が、その向こう側に現れたものに
「――……。」
そこには――なぜか四人の女性が立ち並んでいた。
まず、一番左端にいたのは、とてつもなく小さな女の子だった。
次いで、その隣に並んだ和装の女性が、りん、と「
その隣の少女は黒いワンピース姿であった。色白で華奢で、真ッ直ぐな黒髪もさらりとして実に美しいのだが、何が気に入らぬのか、青白い白目と黒い
「――なんや、性根のキツそうな嬢さんやな」
偽古庵様がぼそり呟くのを聞きとがめたうつぼ君が「うるさい」と脇腹をつついた。珸瑶瑁先生は、ただにこにこ笑うばかりである。ハル子さんがこっそり他の候補者達の様子を伺うと、最も真剣な眼差しで四人の女性を見ていたのは――立破さんだった。
ついに最後の一人となる。一番右の彼女は初めから満面ににこにこと笑みを浮かべていたが、自分の番が回ってくると「
『え――、ではァ、婿様候補の皆様に、ご説明申し上げますで』
どうやら場の雰囲気に慣れてきたのか、古里さんの言葉に訛りが混じりはじめた。
『こちらに並んでいらっしゃる四人のうち、御三人さんまでは〈フェイク〉でございますです』
「はァ?」
大きな聲を上げたのはうつぼ君だった。
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