8.香水壜
*
――外庭でそんな遣り取りが交された数刻前のこと。
きしり、きしり、と廊下が軋む。
右翼一棟最奥に位置する『
(よく眠っている――)
蒲団の中、深い眠りの底にいる人の寝顔を見つめ、人影は
この者がどう云う動きをするかによって、今回の〈お見合い〉は大きく変動するかも知れない。予想外のアクシデントは、思い直せば己にとっては逆に好都合だった。
枕許に、ことりと音を立てて小さな香水壜を置く。青い小壜の
襖を開けて外に出た人影は、どきりと立ち止まった。そこに別な影を見つけたからだ。黒く小柄な人影は、普段見せない鋭い眼差しを投げかけてくる。しかし、驚くには及ばなかった。己でこの者に香水壜の複製を頼んだのだ。己の行動を読まれているだろうことは、必至。また、思考も。
「――よろしいのですか?」
「――……。」
問いかけに無言で佇むと、眼差しは一層鋭くなった。
「本当に、よろしいのですか」
「ええ」
厳しい眼光は、そこで諦めと共に伏せられ、「ふぅ」と溜息が零れた。そして『雲丹の間』の奥に視線を向ける。
「この者は偽者なのでしょう? あなたは、そのことをわかっていらっしゃる。なのに何故――」
「そうであっても、最早引き返せはしないのです」
「本当に、よろしいのですか」
再度同じ言葉を繰り返す黒い影に、こくりと頭をふって見せた。
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