7.つくばい
*
上弦の月が浮いている。
大宴会場の掃き出し窓は開け放たれていた。そこから赤い
そして更にその傍ら。そこには青いワンピースをまとったまま膝を折り、つくばいに掌を浸すハル子さんの姿があった。
よくよく見ると、石を
ハル子さんは二重構造の内側に手を浸している。そして、やおらそれを両掌にすくい上げ、口に含んだ。真水である。次いで二重構造の『
「――そんな御顔をなさるなんて、よほど塩気が足りませんか?」
背後から投げられた
「だめね。全然足りない」
ハル子さんはワンピースの胸元に縫いとめられていた青いビーズをひとつ引き千切った。それをぽちゃり、と二重構造の外側の中へ落とす。
「これで、だいじょうぶ」
青いビーズはずぶずぶと
『
「わざわざそのお洋服からお取りになることもございませんでしたでしょうに……まさか香水壜をお忘れになりましたの?」
「そんなわけないでしょう。あちらの中身を減らしたくないだけ。
ハル子さんは、つとふり返る。その先には、桜の
「こんな時間に、貴女はいったい何をしているの」
呆れたようにハル子さんが問うと、女性は「ふふふ」と華やかに微笑む。
「ハル子さまへ御挨拶に」
対するハル子さんの微笑みは相も変わらず茫洋。
「
「莫迦なことですか?」
「決まっているじゃない」
ハル子さんは指先に残ったビーズの粉を、ちらりと
「〈お見合い〉が終わるまで、今後一切、こんなように私に話しかけてこないようにね。貴女、〈お見合い〉に出るのでしょう?」
「ええ」
女性は、さも平然と微笑む。しかし、その
「ならば、なおさら話しかけないで。私と貴女は知らぬ者同士なのだから」
「ハル子さまは厳格でいらっしゃる」
ハル子さんは、ほんの少しだけその睛を
「今回の〈お見合い〉を
「それは当然でございます」
女性の表情も、りん、と締まる。
「ならば、これ以上の油断は禁物よ。候補者達にどんな些細なことで悟られるかわからないのだから」
「――わかりました」
女性は丁重に頭を下げた。ハル子さんは再び茫洋とした表情へ戻り、そして上弦の月を見上げる。太陽によって、半分に割られた哀れな月だ。
「――残り半割りは、一体どこに隠れているのかしらね」
「ハル子さま?」
我知らずの呟きであったので、ハル子さんは静かに
「全力で尽くしましょう。我等が王國と王族のために」
つくばいの内で、ぴちりと泡沫は弾けた。
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