6.偽古庵様と珸瑶瑁先生



「うつぼかずら様。お久しぶりでございます」


 青年は、さらさら微笑みながらマイセンのティー・ポットを手にしていた。土管屋に見合う備品とは思えない。もしや持参だろうかとハル子さんはいぶかしむ。


「珸瑶瑁先生。こちらこそご無沙汰してます。今日はこいつの付きそいですか?」


 指差しながら問う無礼なうつぼ君の振る舞いに、偽古庵様は体質らしい「なんでやねん」と云う突ッ込みを入れた。ご丁寧に裏拳までがついている。


「付き添いなんている年とちゃう。お供や、お供」


 うつぼ君は「なんて云い草だ」と、偽古庵様の頭を一つぽかりと叩く。


「ともだちなの?」


 ハル子さんが問うと「幼馴染みなんだ」とうつぼ君は答えた。横から当の偽古庵様がにこにこと顔を突き出す。


「偽古庵です、にお眼にかかりますわ、ハル子ちゃん。ああそうそう。お土産持ってきとったんですよ。これ差し上げますわ」


 云いながら、彼は大きなポケットから小振りの手帳を取り出した。表に和紙が使われていることから、昨今関西圏で流行中の「和紙手帳」だろうと判断する。黄緑地に蝶々が描かれている品物で、金銀の流水が美しかった。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 偽古庵様は屈託なく、にこりと笑う。太陽のような笑顔だなぁとハル子さんは感心した。顔立ちはあっさりしているが、性格のほうは随分と社交的であるよう。ハル子さんは、極めてハル子さんらしく茫洋とした笑みを浮かべ、「大事にするわね」と、一寸ちょっと会釈した。


「――偽古庵。僕に土産はないのか」


 横から槍入れしたのはうつぼ君である。


「おまえ、俺からの土産なんか欲しいんかいな」

「もらえるものは全て欲しいぞ」


 偽古庵様は溜息つきつき新たに一つを取り出だす。随分と準備がよい。うつぼ君に手渡された品は、紺地に折鶴が飛んだものだった。「さんきゅ」、「どいたま」、と友人同士の挨拶は実に簡素。


 偽古庵様はすぐにハル子さん側へ向き直り、奥でさらさら微笑んでいる青年を指し示す。その掌での指し示し方が、実に優雅だ。


「ハル子ちゃん。俺の侍従じじゅうで家庭教師もしてくれとる珸瑶瑁ごようまい


 青年は先程からマイセンを手にしたままである。そのまま、さらさら微笑んでこうべを垂れた。


「珸瑶瑁と申します。お見知りおきを」

「ええ、はい。こちらこそよろしく」


 ハル子さんが珸瑶瑁先生と頭を下げあっている間に、偽古庵様はすでにうつぼ君のほうへ身軆からだを向けていた。実に動作がころころと変じる少年である。とてもではないが、ハル子さんには真似できぬ。


「で、うつぼ。ハル子ちゃんはお前の連れか?」

「お見合いに女連れでくる莫迦ばかがどこにいる。俺達と同じ婿候補なんだそうだ」

「ええっ。女の子がか?」


 聲を上げたのは、それまで黙って席にいていた別の青年だった。髪を赤く染めた今時の若者である。二十歳前後と見えた。こう云ってはなんだが、ハル子さんの眼には今一存在感の薄い青年と映った。


「ああ、うつぼ。こちらは立破りっぱはん。やっぱり婿候補さんや。大学の三回生なんやて。そんで一番乗りしはったお人や」

「ああ。うつぼかずらです。よろしく」

「ハル子です」


 うつぼ君にならい一緒に頭を下げると、立破さんも慌てて立ち上がり頭を下げた。


「ほんまに、絶対一番乗りしたろう思てたのに、先越されてしもた」


 腕組みながら、ぶつぶつ文句をたれる偽古庵様に、うつぼ君が「つまらないことでぶつぶつ云うな」と頭を一つぽかりと叩く。ついさっき部屋の名前にぶつくさ云っていたのは誰であったかと、ハル子さんは意地悪いことを考えた。


「あの――そんなことより、本当に君は婿候補としてきたのか?」


 恐る恐るハル子さんに問う立破さんに対し、ハル子さんはいとも簡単に「ええ」とうなずく。困ったように唇を「あわあわ」させる立破さんを見、うつぼ君は「あまり思い悩まないほうがよいですよ、立破さん」と助言した。


「は、でも、だけどさ」

「相手は、まにまに王國です。一般常識でかかると莫迦を見るのはこちらのほうだ」

「ああ……」


 年下であるうつぼ君に説得され、立破さんは困惑した顔のまま一先ず椅子に腰をおいた。彼はどうやら本当にただの一般人らしい。一体どうやってお見合いがあることを知らされたのだろう? ハル子さんは大いに興味が湧くのを感じた。


「おやおや、皆様もうおそろいで」


 背後から聲がかかる。皆がそろってふり向くと、そこには細くて長い体型の、見事な白髪の老人が立っていた。ハル子さんはほんの少しまなこを細める。


「あの、あなたは?」


 怪訝な顔で問うた立破さんに、老人はにこにこと微笑みながら頭を下げる。


「いと蜻蜒とんぼ、と申します。皆さま婿候補さんでらっしゃいますな? ワタシも御仲間なのでございます」


 婿様候補の少年青年があごをあんぐりと落とし、顔を見合わせあう中、ハル子さんは一人欠伸を噛み殺す。そして、ひょいと部屋の奥へ視線を移ろわせた。


 敷きつめられた天鵞絨ベルベット絨毯じゅうたんは、赤い。大きな掃き出し窓にかけられたカーテンもまた、同じく赤い天鵞絨。そしてその窓からは外庭のテラスに出られるようになっており、そこから見える春の空は、ハル子さんの眼にたいそう美しく映った。外庭には桜の樹が植えられている。そしてその横には、つくばいがおかれている。


 ぼんやりとそれを見ていたハル子さんの後ろで、いと蜻蜒さまが「古里さんにお聞きしましたが、今回の婿候補者は、以上五名なのだそうですね」とのたまわる。ああ、そうなのか、と、ハル子さんはふり返った。



 ハル子さん、うつぼ君、偽古庵様、立破さん、そして、いと蜻蜒さまの五名が、真ッ向から顔を見合わせる。年齢・身分・性別まで異なる五名の婿様候補者達が、初めて対峙した瞬間で、あった。



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