或る夏の記憶と夕焼け

うるえ

 君が明日この町から居なくなってしまうことを、僕は今の今まで知らなかった。

 僕の周りの奴等は皆んな、一ヶ月も前に知っていたらしい。


 君は相変わらず僕に背を向けたまま、空っぽの言葉を並べ立てている。

「君には直接云いたかった」

「勇気が無くて、何だか怖くて、きっと君の周りの人たちなら君に云ってしまうだろうと思ってた」


 今僕の目の前に居るはずの君の言葉は、一番近くに居たはずの僕には届かない。

 僕は知っているから。君は嘘をつく時、決してこちらを向かない事。


 僕の思考回路は何とも役立たずらしい。

 こういう時くらい、少しは何か良い言葉でも思いつけるならば、どれだけ良かったのだろう。定まらない視界の中でぼんやりそう思った。


 ひぐらしが遠くの山で一声高らかに鳴いた。夕焼けがあまりに綺麗で、それが僕を無性に苛立たせる。

 君は完全にはこちらを向かず、田舎道に濃い影を落としたまま背中で手を組んだ。その表情は、あまりに眩しい夕焼けのせいでよく見えない。


「じゃあ──またね」

 そう云う君の声は、少しばかり湿っていた。

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或る夏の記憶と夕焼け うるえ @Fumino319

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