窓際のモブAは陽キャ達と戯れる


「行っくよ~♪ そぉーれっ」


 布面積の少ない艶やかな赤いビキニ姿の星川さんが、澄みきった青空にビーチボールを高く打ち上げる。


「ほいよっと」


 綺麗な弧を描いて落ちて来たそれを藤原くんが太ももで弾ませて、そのまま足でパスする。


「手を使え手を」


「足の方が楽なんでね~。俺、サッカー部だから☆」


「女子の前でカッコつけたいだけだろうお前はっ。藍沢、ほら行くぞ」


 そんな藤原くんに文句を言いつつも、宗谷くんは腕をバットみたいに使って藍沢さんの手元に優しく打ち返した。


「わわわっ、あうっ! ご、ごめんなさい……!」


 藍沢さんバレーのレシーブみたいな体勢で慌てて捕球しようとするけど、腕を合わせた拍子にシンプルなデザインの白ビキニの胸元がとんでもないことになっていた。

 しかも伸ばした腕じゃなく、その超高校生級のたわわに当たったビーチボールはぽよんと跳ねて、てんで違う方向にすっ飛んでいく。


「俺に任せときなさいっ、とぉ! 恩田さん行ったよ~ん」


「ん」


 しかしその軌跡を笑野くんがしっかりと追っかけて、水面に落ちる寸前で見事に手の甲で掬い上げた。

 ふわりと宙を舞ったボールの着地点にいるのは恩田さんだ。

 スポーティなセパレートの水着を着た彼女は、ふわりと水しぶきを上げてジャンプすると――


「覚悟。えいっ」


「へ? ……あぶっ!?」


 気の抜けた掛け声とは裏腹に、バレーのスパイクよろしく勢いよく打ち込まれたボールは油断し切っていた僕の顔面に見事に突き刺さったのだった。


「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」


「な、ナナミーン!!? 大丈夫かーっっ!」




 僕らがなにをして遊んでたのかと言うと見ての通りビーチボールを使ったラリーだった。

 七人で輪になって時計回りに隣の人にトスしていき、最初に水面に落としちゃった人が負けってルール。

 だから今のはボールを受け損なった僕が負けってことになるんだけど、


「……今のトスじゃなくてスパイクだった気がするんだけど」


「トスのやり方は決められてなかった。だからあなたの負け」


 ルールの穴とも言えないグレーなことを突いてきた恩田さんはしれっとした顔で言ってのけた。


 普通にやっても面白くないという理由で、負けた人は罰ゲームをしようと言い出したのは星川さんだった。

 まあ罰ゲームって言っても遊びのノリだし初恋の人の名前を言うとか好みのタイプを教えるとかありきたりなヤツだったんだけど……ここまでするとか恩田さんこのひとどんだけ罰ゲームしたくないんだよ。


「じゃあ罰ゲームは七海くんね~。なっちゃん、なにかさせたいことある?」


「ん~」


 星川さんにそう訊ねられて、恩田さんは少し悩んだそぶりを見せたかと思えばふと僕の方に目を向けてきた。


「な、なに……?」


 感情の読めない視線。

 この娘、いつも思ってたけど全然表情が変わらないからなに考えてるんだか全然分からなくてちょっと怖いんだよなぁ。


 そのまま僕をじろじろと不躾に眺めていた恩田さんだけど、暫くして「ん。決めた」と呟いてピッと指差した。


「七海君はそれ脱いで」


 それはどうやら、僕が上半身に着ているラッシュガードのことらしかった。


 当たり前だけど今日急にプールに行くことになって、星川さんと藍沢さんは水着を持参していたけど他のメンバーは当然水着だのなんだのは学校に持って来ているわけがない。

 だからアクアパークの受付でみんな水着をレンタルしたんだけど、それに加えて僕は売店に並べられていたフリーサイズのラッシュガードを素肌の上に着こんでいたのだ。


「おっけ~。七海くんの罰ゲームはそれで決定~♪」


 なんでそんなものをプールで着ていたかというと僕なりの理由があるわけだが、そんなこと浮かれた陽キャ連中は聞いてくれず。

 僕が渋っていたらわらわらと囲まれて脱がそうとしてきた。


「ま、待って僕は――」


「観念するさ~ナナミン。ほ~れ脱げ脱げ」


 ちょっ、笑野くん友達なら助けてくれない!?


「そうだぞ七海。恩田さんが言ってるんだから素直に従っておけ。……うらやましいやつめ」


 宗谷くんも恩田さんにだけなんか態度違うよね!?

 他の女子は名字呼び捨てなのに恩田さんだけ『さん』付けで敬語気味だし――あ、もしかしてそういうこと?


「俺は男の裸なんか興味ねーけどなー。どうせなら女の子の裸の方が、ってぇ! 士郎なにすんだ!」


 藤原くんは相変わらずとして、問題なのは笑野くんと宗谷くんの二人がかりで腕を抑えつけられては抵抗のしようがないことだ。


「へっへっへっ~、暴れるなよ暴れるなよ~」


 そこに悪ノリしてきた星川さんがフロントのジッパーを下ろそうとして来る。

 やろうと思えば自由な足を使って止められなくはないけど、クラスメイトの女の子相手にそんなこと出来ないわけで……。


 ジイイイイイィッとジッパーが引き下ろされるのと同時にふたりに左右から引っ張られていたラッシュガードがスポンと綺麗に脱げて、生身の上半身が露わになる。

 その瞬間女の子たちの視線が僕に集まったのが分かった。


「……すっごぉ。えっ、えっ、七海くんそんなムキムキだったんだ!?」


「……………」


「筋肉美」


 上から順に星川さん、藍沢さん、恩田さんの順。

 素直に驚いて目を輝かせる星川さん、恥ずかしそうに顔を手で覆いながらも指の隙間からこちらをガン見している藍沢さん、そしてなにか考えてるんだかやっぱりよく分からない恩田さん。


 ……はぁ、こうなるの分かってたから嫌だったんだよなぁ。


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窓際の『モブA』は正体を隠したい。 宮前さくら @shamosan

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