窓際のモブAはプールに行く


 城戸大附の最寄り駅から電車に揺られること30分。

 23区から郊外へと出ると、東京とは思えないような自然に包まれた田舎めいた景色が目に入る。

 逆に言うと人口密度の高い都内で大規模なレジャー施設を作れるスペースを確保しようと思ったらそういうところでもないと難しいのかも知れないけど、施設の中に一歩足を踏み入れるとそこは周辺ののどかな山や緑とは無縁の別世界だった。


 今日来ているアクアパークは、このレジャー施設の一角にオープンしたばかりの大型野外プールだ。

 夏休み初日というか当日(?)なこともあって、僕らと同じ考えらしい同年代の姿もチラホラ見える。

 ただ家族連れは金曜だからか少なくて、人は多いけどまだ致命的な混雑というほどでもなかった。

 これが明日か明後日に来てたら泳ぐどころじゃないくらいの人でごった返してただろうから今日来て正解だったかもしれない。


「わぁ~大っき~!」


「すごいね……ウォータースライダーに流れるプールもある。私はじめて」


「随分とお金がかかってる。土地代だけでどのくらいするのかな」


「あはっ、なっちゃん気になるのソコ~?」


 天気も快晴でまさにプール日和、女子たちがはしゃいでいるのも分かる。


「いやぁ良い眺めだねぇ、藤原クンや」


「ホントホント、今日来て良かったわ~。水着姿の女の子ほど目の保養になるモンねーよ。ちなみに太陽は誰派なん?」


「俺ぇ? 強いて言うなら藍沢さんかなぁ。あのどたぷん雪見大福マジ堪らんっすわ。そういう藤原クンはどーなんよ」


「そりゃお前、星川さんの美脚と美尻狙いに決まってんでしょーが。俺、脚派よ? それにギャルも好きなんだよね~、付き合ってくんね~かな~!」


 だけどさ、君たちはちょっとはしゃぐベクトルが違うよね……?


 通行人の目も気にせず水着姿が眩しい女子たちに鼻の下を伸ばしている笑野くんと藤原くん。

 そんなふたりにいい加減呆れた果てたのか、僕の隣で話しに加わらずにいた宗谷くんがゴツンゴツンと拳骨を落した。


「なにしてんだバカ共。恩田さんたちに聞こえたらどうする!」


「あだっ! ちょっ、宗谷クンなにすんねん!」


「そーだぞ士郎ー。俺らがなにしたってんだよ、男子の嗜みだろ」


「うるさい、黙れ色ボケ。そんなに暇してるなら浮輪でも借りて来い」


「「……へぇ~い」」


 おお、あの笑野くんが素直に言うことを聞くなんて。

 流石は未来の野球部主将って期待されてる宗谷くんなだけあってリーダーシップあるなぁ。

 ま、そんな真面目そうに見える彼も本当は今日放課後に部活があったのをサボってプールここに来てるわけだが。


「すまんな七海。太陽とシンジが騒がしくして」


「あはは、笑野くんの方は慣れてるから大丈夫だよ。藤原くんは今日がお初だけど」


 というか藤原くんだけじゃなく、笑野くん以外は全員そうなんだけどね。

 今日のメンバーは声をかけてくれた星川芹那さんと藍沢加恋さんのふたりにクール美人な恩田夏記さんを含めた女子が三人。

 そして男子がサッカー部のイケメンフォワードの藤原シンジくん、野球部の期待のエースピッチャーの宗谷士郎くん、そこに笑野くんと僕を加えて計七人。

『モブA』状態の僕を除けば、六人が六人クラスカーストのトップに君臨している陽キャ中の陽キャだ。


 分かっちゃいたけど僕以外は全員友達同士だから行きの電車の中とかは気まずくて仕方なかったけど、笑野くんだけじゃなく宗谷くんも目ざとく気付いて何かと僕に気にかけてくれている。


「そう言えば七海と太陽はよく一緒にいるよな。どういうきっかけで仲良くなったんだ?」


「きっかけかぁ。……う~ん、なんだろ」


「なんだろって、ふたりは友達じゃないのか?」


「だとは思うんだけどさ、これってきっかけは思い浮かばないんだよね。いつの間にか笑野くんが横にいて、それでそのまま友達になってたって感じだから」


 実際これがマジで覚えてない。

 元々僕は高校では目立たないつもりだったから、入学式からクラスの皆には壁を作って距離を置いていた。

 なのにふと気が付いたら笑野くんが僕の警戒網をすり抜けて内側にいたのだ。


 そう言ったら宗谷くんはプッと吹き出した。


「っくっくっくっ! ……あの掴み所のない太陽らしいな。俺の時もそんな感じだった」


「宗谷くんも?」


「ああ。元々俺とシンジは同じ中学の出身でな、高校もクラスも同じになったのもあって自然とつるんでたんだが、ある日いつもみたいに昼飯食べてたらいつの間にか太陽のやつが混ざっててな」


「笑野くんコミュ力えぐいな!?」


「だろう? まあそれで面白いやつだったし、以来絡む機会も増えたんだが。ただシンジと太陽が揃うと相手するのが面倒なのだけは困るが」


 たしかにあの二人ってさっきの見ててもノリが近そうというか、宗谷くんが胃痛枠になるのは頷けるなぁ。


「あれ。二人だけ~? なんの話してんの?」


 そんな話をしていたら星川さんたちが近づいてきた。


「ちょっと太陽のやつの話を七海とな」


「ふ~ん。そういえばあのふたりは?」


「暇そうにしてたから浮輪借りに行ってもらってる。もうじき戻ってくるんじゃないか」


「わっ! それ助かるかも、ありがとう宗谷くん」


「そういえば藍沢は運動苦手だったか。取りに行ってるのはあいつらだから、戻ってきたらふたりに礼を言ってやってくれ……恩田さんは大丈夫なのか?」


「ん。私は泳ぐの好きだから平気。これでも中学では水泳やってたから」


「ふふ~ん、なっちゃんは凄いんだよ~。なんたって全国行ってるからね、全国ぅ!」


「いや、なんで星川が自慢気なんだ」


 宗谷くんがツッコミを入れると女の子たちの黄色い笑い声が上がる。

 やっぱり同じグループの友達同士だけあって仲良しだ。……そんな四人を、僕は気配を殺してただ眺めているだけなわけだが。

 笑野くんか宗谷くんと二人きりの時はいいけど、他のメンバーも集まるとどうしても蚊帳の外感がある。


 まあ?

 僕はまったく気にしてないけどね?

 七海湊斗の正体を守るって意味じゃあ必要以上に興味を持たれない方が良いわけで、だから空気化している今の状態を保った方が僕にとっては都合がいいからあえてこの立場に甘んじていると言いますか。


 ……くすん。


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