窓際のモブAは夏休みを迎える
「え~、なので皆さん休み中はハメを外し過ぎないように」
クーラーが不調なせいでサウナみたいにゆだっている教室で、僕らは担任である北野先生の話が終わるのを今か今かと待っていた。
「自分の行動に我が校の名前がかかっていることを忘れないように、学生らしい生活を送るよう心がけましょう。それともう一つ、緊急時の連絡先についてですが――」
言葉遣いも柔らかくて良い人ではあるけど話が致命的に長いのだけがマイナスポイント。
そう生徒の間では囁かれている北見先生だけど、頼むから今日だけは早く終わらせてくれないかなぁ……ただでさえ暑いのに僕の席って窓際だから直射日光がヤバいんだよ。
クーラーが効かないんで窓開けてるけど、そのせいで逆にカーテンが風で舞い上がってさっきから肌が照り焼きにされてる気分。
「では最後に、なにか聞きたいことがある人がいたら挙手してください」
当然手なんて誰も挙げるはずがない。
早く終われ終われとみんなが念を送るなか、北見先生はゆったりと時間をかけて教室中を見渡して、
「いないようですね。それではこれでHRを終わりま――」
す、と先生が言い切るよりも早く教室は歓声に包まれた。
「「「夏休みだああああああぁ!!!!」」」
今日は7月21日だ。
明日からは土日で、そのまま城戸大附は夏休みに突入する。
だからクラスのみんなはしゃいでいるけど、僕からするとそんなに夏休みは特別って感じがしない。
なんでかって言ったら俳優と学生の二刀流をやってると普段は労働基準法の兼ね合いで働ける時間が限られるから、こういう長期休暇になると朝から晩まで撮影やら取材やら仕事を詰め込まれてるからだ。
「おっすナッナミーン。夏休みどうするぅ? どうするぅ!?」
明日からの撮影漬けの毎日にちょっとブルーになってると、そんなこと知る由もない笑野くんがハイテンションで話しかけてきた。
「……笑野くんって元気だよね。こんなくそ暑いのに」
「俺、夏生まれだから夏好きなんよ。ナナミンは暑いのダメなん?」
「ほとんどの人は暑いの苦手だと思うけど。まあ僕は寒い方が好きかな、冬生まれだし」
「ふ~ん。それよりさナナミン! 夏どっか一緒に遊びに行こうぜ!」
「いや自分で聞いといて興味うっす。まあいいけど……でも、遊びにかぁ」
パッと頭の中にスケジュール表を思い浮かべてみる。
ああ~、やっぱりそうだよなぁ。
「行きたくはあるんだけどさ、僕夏休みいっぱい忙しいんだよね。いつ休みか分かんないし」
「え、マジで。アルバイトとか?」
「まあ、そんな感じ」
アルバイトじゃなくてれっきとした俳優としての仕事だけど、それは笑野くんには言えないし。
少なくとも覚えてる限りだと7月中は事務所のカレンダーに空きは無かった気がする。
「休みの日とかねぇの?」
「8月ならどこかは空いてるかも知れないけど」
「おっ! じゃあどっかで休み取って遊び行こうぜ」
「いやそれがさ、僕都合じゃ休みって決めらないんだよね」
「はぁ~!? なんそれ、ナナミンおかしいって絶対。ブラックなとこ勤めてない?」
そう言われてみると……たしかにこの仕事って結構ブラックかも。
学校も仕事の予定もない完全オフ日なんてそれこそ年始くらいな気がするし。
でも人気が出てる内に休み欲しさで仕事を絞るなんて有り得ないわけで、月城ミナトの賞味期限が切れるか僕が俳優を辞めるまでこの忙しさは続くのである。
「だから予定が空いたら連絡するから――あれ?」
なんとしても遊びに行きたいとごねる笑野くんをなだめていると、僕はふと彼の後ろで話しかけたそうにしている人影に気が付いた。
「笑野くん、お客さんみたい」
「あん? 俺に客ってどこのどなたーって星藍コンビじゃん」
僕にとっては正面で、笑野くんにとっては振り向いた先にいたのは星川さんと藍沢さんのふたりだった。
「おっすー笑野くん♪」
「おっすおっすー。どったのーふたりとも。なんか用だった?」
「ちょっとお誘い、かな? 午後からみんなでアクアパーク行くつもりなんだけど、笑野くんもどうかなって」
「アクアパークぅ? ああ、新しく出来たとこね。メンバー決まってんの?」
「ふふ~ん、まずはわたしと加恋でしょー。あと恩田さんとー、藤原くんと宗谷くんとー」
親しげにふたりと会話している笑野くん。
それもそのはずで、この三人は友達同士だったはずだ。
学校では『モブA』として目立たないように振る舞っている僕とは違い笑野くんはいわゆる陽キャってやつだ。
クラスカーストを無視して誰とも分け隔てなく接するような性格だから僕とつるんでだけで、僕と一緒にいない時は普通に他の友達と絡んでいる。
その友達グループの中心人物が我が1年A組の誇る美少女二人組である星川芹那さんと藍沢加恋さんというわけだ。
「今からかぁ……どうしよっかなぁ」
「え~っ、行こうよ~! 絶対楽しいって~!」
顎に手を当てて考え込む笑野くんの肩を揺さぶって催促する星川さん。
こんな美少女からプールに誘われたら普通の健康的な男子高校生なら鼻の下を伸ばして即決するだろうに。
笑野くんはなにを悩んでるだろう、そう首を捻っていたらふと彼と目が合った。
……そういうことか。
まったく、変に気なんて遣わなくていいのに。
「行っといでよ笑野くん、僕のことなら気にしなくていいから」
「ナナミン……だけど」
「なんでそんな顔してんのさ。行ってきなよ、きっと楽しいよプール」
きっと笑野くんのことだから僕も隣にいるのに自分だけが誘われたことになにか思うとこがあったんだろうなぁ。
だけど僕は星川さんや藍沢さんと4月からこっち全くと言っていいほど関わりがないんだから誘われないのは当たり前のことだ。むしろ誘う理由がない。
それに、
(水場とか変装がバレるかもだし危険過ぎる……!)
だから僕は『モブA』らしく身を引くので、プールは笑野くんたち陽キャグループだけで仲良く楽しんで来て欲しい。
僕は身バレのリスクが避けれるし、あっちは友達の友達(しかもろくに喋ったこともない目隠れ陰キャ)が来て気まずくなることもない。
まさしく誰も損もなく得しかない綺麗にオチで話はまとまるはずだった――んだけど。
「もしよかったら七海くんも一緒に来る?」
親切心からだとは思うが、それをぶっ壊す余計なことを言ってくれたのは清楚風美少女な藍沢さんだった。
「な、なんで僕も……?」
思わず訊ねると、藍沢さんは可愛らしくはにかんだ。
「笑野くんが気にしてるみたいだから。……それに私も七海くんとはお話したことなかったしいい機会かなーって。笑野くんと芹那はそれでもいいかな?」
さて突然だけどこの 四人で僕が参加するかどうかの多数決をしたらどうなるだろう。
藍沢さんが賛成に一票なら、もちろん僕は反対なので一対一。
「ナナミンが行くなら俺も行こっかなぁ。ナナミン、流石に今日はバイトないよな?」
僕が行けないことを気に病んでいた&夏休みに一緒に遊びたがってた笑野くんが反対するもわけもないの賛成にもう一票入って二対一。
正直こうなるのは読めてた。
だけどパリピギャルって感じの星川さんなら、七海湊斗なんてよく分かんない陰キャが仲間内だけの遊びに混ざって来るのに難色を示してくれるはずで、
「わたし? 加恋と笑野くんがいいならわたしは全然いいよ~。七海クンよろしくね♪」
う~ん、まさかのめっちゃいい娘!
ギャルがオタクとかに優しいって都市伝説じゃなかったのか。
陽キャ以外には冷たそうとか勝手に決めつけちゃってほんとに申し訳ありませんでしたぁ!
かくして逃げ道を塞がれた僕は、陽キャグループとプールに遊びに行くことになってしまったわけだが。
どうしてこうなった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます