窓際のモブAは妹にじゃれつかれる
「ふぅ、いい湯だった~……お?」
ひとっ風呂浴びてほかほかになった身体を冷ましながらリビングに戻った僕は、テーブルの上に置きっぱなししていたスマホを手に取って誰かからメッセージが届いてることに気付いた。
meisa:
ミナトさん、今ってお時間ありますか?
お昼みたいに忙しかったらあとでも大丈夫ですっ! 23:25
そういえば昼にメイサさんからL○NE来たけどぶち切りしてそのままだったっけ。
保健室でも遭遇したからすっかり忘れてたけど、ちょっと可哀想なことしたな。
ミナト:
ちょうどお風呂上がって暇してたところだから、大丈夫だよ 23:27
バスタオルで髪を拭きながらそう返信すると、20秒と経たずにポコンと通知音が鳴った。
meisa:
ミナトさんがお風呂!?
・・・すっごい色々聞きたいことありますけど、我慢しますぅ・・・ 23:27
ミナト:
あはは、なにそれ(笑)
それよりどうしたの? 何か用事でもあった? 23:28
僕が訊ねると、またすぐに通知音が鳴る。
meisa:
そのミナトさんって俳優さんじゃないですか
だから映画とかって詳しかったりしますよね・・・? 23:29
ミナト:
まあ、そうだね。人並みよりは見てるかな
それがどうかした? 23:30
僕の小さい頃からの数少ない趣味、それが映画鑑賞だ。
元々は映画好きのお父さんが趣味で集めていた映画のVHS(ビデオテープ)を一緒に観ていたのがきっかけで、今でも空き時間を見つけては映画館に通っていたりもする。
まさか
meisa:
実は最近古い映画を観るのにハマってるんです!
だからミナトさんにおすすめの映画とか教えてもらえないかなーって 23:31
へぇ、ちょっと意外だ。
わざわざ古い映画って言うくらいだからア〇コミの実写映画とかじゃなくて昔からの名作ってことだろうけど、メイサさんの口からそんな言葉が出てくるとは思ってなかった。
モデルやってるくらいだからもっとミーハーなのかなって思ってた。
でも、これってチャンスかも。
父さんが死んじゃってから映画のことを語り合える相手っていなかったし、この機にメイサさんに僕のおすすめを布教して映画友達にしちゃうのはアリかも知れない。
ミナト:
いいよ、僕で良ければ教えてあげる
ちょっと適当なの見繕うから待っててね 23:34
なので早速僕はリビングの一角に置かれている60インチの4Kテレビを乗っけたテレビボードを漁った。
ちなみにこの馬鹿デカいテレビとテレビボードは僕が自分へのプレゼントとして買ったやつだ。
こういう時に大金をポンって出せるのは売れっ子俳優やってて良かったって思える瞬間だよなぁ……なんか現金だけど。
それはともかくテレビボードにはBDプレイヤーからVHSビデオデッキまでひと通り再生機器が揃ってるし、収納の中には僕がよく見る映画の円盤なんかもびっちりと収まっている。
「ん~、どれがいいかな」
最近ハマり出したってんならコア過ぎるやつは避けて、無難に名作の中からメイサさんが見てなさそうなマイナーな作品がいいよね。
あれでもないこれでもないとパッケージを引っ張り出しては積んでいって、引き出しの底が見えたあたりで指先に硬い感触が当たった。
「これって……」
色あせたプラスチック製のパッケージを開けると、中に入っていたのはラベルがボロボロに擦り切れた一本のビデオテープだった。
「おにいちゃん、なに見てるの?」
「うわっ! ……ってなんで雫か。驚かせるなよ」
いつの間にか背後にいた雫が耳元に囁いてきたもんだから、ビックリして危うくビデオテープを床に落っことすとこだった。
「ごめんって。それより、それ何みてるの?」
「ん? ああ、これだよ。昔、家族みんなで見たろ」
雫にパッケージの表面を見せてやると、もう遅いからか少し眠たげに細められていた目がぱっちりと開いた。
「お父さんがコレクションしてたやつ……!」
「そ。ちょっと友達、いや友達か? まあどっちでもいいけど古い映画にハマってるらしくてさ。それで良さげなタイトル教えてくれって頼まれたんだよね」
「けどそれ結構前の映画じゃなかったっけ。……もしかしてそのビデオ貸すつもりの?」
「いや、どのみちビデオデッキ持ってないだろうし。それにたしか今はデジタル化して配信してたはず」
僕が子供の頃は映画を観るってなったら映画館に行くかレンタルビデオ店で借りるのがメインだったけど、今じゃ定額制の配信サイトで普通に見られるの便利だよなぁ。
まあ公開したての作品とかはラインナップにないし、臨場感とかはやっぱり映画館と比べたら劣るけど、昔の作品を一人で静かに楽しむ分にはこれが一番いい。
「ふうん……それならいいや。ふわぁあ」
自分から聞いて来たくせに、雫は興味なさそうに欠伸を溢してソファーに寝転がった。
まったく猫みたいにマイペースなんだから。
まあでも多分、父さんの遺品を僕が勝手にどうこうするんじゃないかって心配してたんだろうな。雫にとって『家族』はそれだけ特別な想い入れがあるから。
それだけに玉青さんを受け入れる気がないのは頭が痛いとこだけど。
ともかくおすすめのタイトルを他にもいくつか見繕ってメイサさんにぽちぽち送信していると、雫がまたもや口を挟んできた。
「おにいちゃん誰とL〇NEしてるの?」
「さっき言ったろ? 映画のこと知りたいって人」
「ああ、おにいちゃんの友達だっけ。もしかして笑野さんって人?」
そういえば笑野くんのこと雫に前に話したことあったっけ。
残念なことに笑野くんはミーハーの極致みたいな人間なので、
「いや、別の女の子。ちょっと……まあ色々あって知り合ってさ」
雫は肉親とはいえ、メイサさんとやり取りするようになったのは仕事繋がりだし雑誌の発売はまだだから一応名前は隠してそう答えると、雫は眉を寄せて渋い表情を浮かべいた。
「……おにいちゃん浮気したんだ」
「はぁ?」
「だって私というものがありながら他の女と仲良くなって連絡先交換してるとか、それってつまりそういうことでしょ!?」
なに言ってんだこいつは。
メイサさんとは昨日初めて話したばっかりだし、友人未満知り合い以上ってくらいの関係値でしかない。
だいたい浮気もなにもお前は妹だろうが。
「うるさーいっ! 兄は妹のものって法律で決まってるのー!!」
「初耳なんだけどその法律――ってちょおぉ!? おまっ、いきなり飛びついて来るなって!」
「おにいちゃんは私のものだもん! 他の誰にも渡さないんだからーっ!!」
「服引っ張るなって伸びちゃうだろっ! ていうか胸当たってるって! ちょ、マジでやめっ、は、離してえええええええええぇ!!」
……結局、全力でへばり付いてくる雫を引っぺがすのに30分もかかった。
その後はもう疲れ果てて寝ちゃって、次の朝になってから僕はメイサさんに返信してないことに気付いたのだった。
ホントごめんね、メイサさん。
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