窓際のモブAは妹とカレーを食べる
(……ん……あれ、ここ……は?)
重たい目を開くと、そこは見慣れた自宅のリビングだった。
けどなんで僕こんなとこで寝てるんだっけ。
たしか昼休みに姉大路先生とメイサさんに会ってその後は――そうだそうだ、睡魔で限界だったけどなんとか午後の授業まで乗り切ったんだ。
校門前で別れる時に笑野くんにめちゃくちゃ心配されたけど、どうやら無事に家までは帰ってこれたらしい。
格好も制服のままだし、リビングのソファーに辿り着いたところで体力と眠気に限界が来てそのまま寝ちゃったってとこか。
「……で。いい加減突っ込ませてもらうけど、雫。お前なにやってんの?」
そこまでは分かったとして、気になるのがもう一つ。
僕の頭の下に敷かれている柔らかな、それでいてちょっと芯に硬さがあるようなクッション。
これって――
「あ、おにいちゃん起きたんだ」
「今さっきね。それよりなんで膝枕なんかしてるのさ」
なんかさっきから視界が暗いなとは思ってたけど雫の影だったのか。
僕の顔を上から覗き込んでいる、黒髪ロングの絶世の美少女。
この子の名前は七海雫と言って、僕の実の妹だった。
「なにその反応~。せっかくわたしが膝枕してあげたのにぃ。ぶーぶー」
「妹相手に喜ぶ兄がどこにいるんだよ。だいたい雫だって僕が大喜びしてたとしたらどう思うのさ」
「え、普通にキモイ」
「なら膝枕なんかするなよ……」
まったくこの妹は。
甘えたがりなんだか、ただ僕をからかいたいだけなんだか分からない。
とにかくこれ以上妹に膝枕されてる兄の図のままいるのはアレなんで、僕は身体を起こした。
時計を見るともう夜の21時過ぎだった。
家に帰って来たのが16時前だったから5時間以上も寝ちゃってたのか。昨日今日睡眠不足だったからというより、ここ最近の蓄積してた疲労が一気に押し寄せちゃった感じかな。
「おにいちゃんご飯は?」
「食べるけど……あんの?」
「今日はカレーだよー。可愛い妹がわざわざ作ってあげたんだからね、お兄ちゃんはわたしに感謝するべき!」
丁度お腹がぐうぐうと主張し始めてたとこだったしナイスタイミングだ。
僕や玉青さんならともかく、雫が作ったんなら味も保障済みだし。
「ありがと、雫」
「わふっ。……んふふ、もっと撫でて撫でて~」
感謝を込めて頭を撫でると、雫は気持ち良さそうに目を細めた。なんか猫みたいだ。
こういう時は素直に可愛いやつである。
「美味ぁ! すっご、お前天才だろ」
スプーンに山ほど掬った米とカレーを口に運んで僕は舌鼓を打った。
「ふふ~ん。スパイスと隠し味のチョコが決め手かな~」
「へぇ、ホントいつの間にか料理だけは得意になったよなぁ。店出せるよコレ」
俳優になってからというもの仕事関係の人に連れられて外食する機会も増えたけど、こんなに美味しいカレーは食べたことがない。
だから手放しに褒めたつもりだったんだけど雫には他意があるように聞こえたみたいだ。
「ちょっとおにいちゃん。だけってなにだけって」
「いやだって、お前洗い物も洗濯も掃除もさっぱりじゃん。全部僕にやらせてさ」
「違います~、してないだけです~」
「それをさっぱりって言うと思うんだけどなぁ、お兄ちゃんは」
まあご飯作って貰ってるしそれ以外の家事を僕がやるの自体は文句ないんだけど、最近ぐっと成長して来た妹の下着を洗濯させられる兄の気持ちも考えて欲しかったりする。
「むぐむぐっ、んっ。そういえば玉青さんまだ帰ってないんだ」
「あの人今日は遅くなるからご飯いらないって。なんか忙しいらしいよ」
夢中になってカレーを掻き込みながらふと空いたままの上座が気になって訊ねると、雫はどこかそっけない口調で答えた。
「僕聞いてないな。雫にL〇NEでも来てた?」
「ううん、書き置き。私の方がおにいちゃんより帰るの早かったから」
「……そっか」
雫への伝言を僕に頼まなかったのは、玉青さんのせめてもの誠意ってやつなのかな。
雫と義母である玉青さんはあまり上手くいっていない。
今はもういない両親にベタベタだった雫が、新しい母親が受け入れられずに一線引いちゃっているからだ。
玉青さんもなんとか打ち解けようと頑張っていたけど、頑なに距離を縮めさない雫に最近は諦めてしまった感がある。
「おにいちゃん、お代わりならいっぱいあるからね」
「あ、うん。じゃあ貰おっかな」
「ふふっ、たくさん召し上がれ~♪」
もっとも致命的に仲が悪いってわけじゃないし、顔を合わせれば会話くらいはする。
だけど二年も経つってのに、ふたりは『家族』じゃなくて『他人』のままだ。
今の七海家、いや月城家は僕という仲立ちの存在でかろうじて形を保っているだけで、雫が成人して一人立ちしたらそのまま空中分解してしまうのかも知れない。
(どうにかしたいけど……でもなぁ)
僕たちを息子と娘として迎えてくれた玉青さんの気持ちを考えるとなんとかしたいけど、雫の気持ちも完全に分からないとは言えなくて。
笑顔で鍋からカレーをよそっている妹に僕はなにも言い出せなかった。
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