幕間:弟切メイサは述懐する
「んふふ~♪」
年頃の少女らしくお気に入りの小物がたくさん置かれた可愛らしい部屋。
間取りも広くよく見れば家具もかなり良い物が揃っていて裕福な育ちなのが見て取れるそんな自室のベッドの上で、弟切メイサはスマホを手にパタパタと足をばたつかせていた。
メイサが上機嫌に眺めているのはL○NEのトーク画面で、その相手はあの月城ミナトだ。
昨日、いやもうすぐ一昨日になりそうだが、彼女の大大大・大ファンである彼と一緒に仕事をした際に押しきるような形ではあったけれどIDを交換してもらったのだ。
ミナト:
僕は初代かな、やっぱり。監督が変わってからも人気だけど初代の演出が好きなんだよね。今のファミリー向け路線じゃなくて映画通向けに作ってるからちょっと不親切かも知れないけど、ハマると面白いよ 23:45
「へぇ! そうなんだぁ、ミナトさんがそう言うなら借りて見てみよ~っと」
送られてきたメッセージに目を通して、早速メイサは指捌きが見えないほどの爆速フリックで返信する。
meisa:
今度見てみますねっ! それと・・・もし良かったらなんですけど、私もっと映画のこと勉強したいので今度ウォッチパーティ一緒にしてくれませんかっ!
すぐに送り返したのに既読は付かない。
どうもミナトは筆不精気味のようで、返信が来るまでの時間はまちまちだ。
これが仕事繋がりで仕方なくIDを交換しただけのどうでもいい他の男なら一分と置かずに返信してくるだろうに。
だけど相手がミナトというだけで、返信が来るまでの間どんな内容が返って来るだろうかとか、どんな内容を送ったらミナトに興味を持ってもらえるだろうかとか考えながら胸を高鳴らせて待つのもまた乙だった。
「はぁ~、ホントに夢みたいだなぁ」
ポスン、とメイサは枕に顔を埋めた。
推しとL〇NEをするなんてファン垂涎の展開だ。
そりゃ何度も妄想はしたし、むしろ自分も芸能人だからそういう妄想をされる側なのかも知れないけど、それが叶うとなるとまた話は違う。
あの日、相方役のモデルがとんでもないセクハラ男で仕事を受けたことを後悔したけど――代役で連れてこられたのが月城ミナトだと聞いた時は、正直ドッキリかなにかかと思った。
だって月城ミナトと言えば今一番話題の芸能人の一人だ。
主演を務めている月9だけでなくバラエティなんかでもよく顔を見るし、そう簡単にスケジュールを抑えられるわけがない。
だけど実際に現場に本人が現れたし、さらには色々あってこうしてやり取りをする仲になっているのだから人生は分からないのものだ。
なんてたかだか15年しか生きていない小娘のクセして悟ったような心境のメイサは、まだ返事が来なそうなので一度ホーム画面に戻すと、スマホの待ち受けにしている画像がでかでかと表示される。
「えへへ、恋人みたい。ミナトさんと付き合えたらなぁ~、狙えちゃったりするのかなぁ」
それはリルコさんから送ってもらったミナトとのツーショットの写真だ。
まだ掲載誌が発売されていないから友達にも自慢出来なくて、こうして一人でにまにましながら楽しむくらいしか出来ないのが歯がゆいが。
「あ、でもトモエちゃんには見せたっけ」
あのふんわりと優しい年上の幼馴染の姿が脳裏に思い浮かぶ。
それでいて六十歳を超える老人との縁談を進められそうになり、『姉大路』の本家と縁を切って家を出たという意外な芯の強さを持つ女性。
巴の姉大路家とメイサの弟切家は共に江戸時代から続いて来た有名な名家で、そして両家は昔からあまり仲が良くないらしい。
まあ弟切の本家を継いだのは城戸大の理事長もしている叔父で、メイサの父は割と好きに暮らしているのもあってメイサには家同士の対抗意識なんてものは全くなく、小さい頃に父に連れられて行った政財界のパーティで巴と知り合って以来、彼女を実の姉のように慕っているのだが。
「……トモエちゃんって言えば、あの男の子誰なんだろ」
昼の保健室での巴とのやり取りを思い返していたメイサは、あの場に居合わせた三人目について考えた。
たしか七海湊斗と名乗ったあの男子生徒。
おそらくだけど巴の話に出て来た一緒にご飯を食べたという『みなと君』は状況的に考えて彼のことだろう。
カーテンの奥に彼が隠れていたもしかしたらメイサが来る直前まで一緒に巴とご飯を食べていて、そこにメイサが来たから慌てて隠れたのかも知れない。
そうしたということは、つまり二人は誰かに見られると困る仲だからだろうか。
「トモエちゃんに彼氏か~、私に教えてくれてもいいのに。まあ教師と生徒だからってのもあるんだろうけど。……でも正直トモエちゃんとは釣り合ってなかったよね、あの人」
あまり他人の悪口は言いたくないが、彼の印象を思い返してみても目を覆い隠してしまうほどのぼさぼさ頭で覇気もなく、とてもじゃないがカッコいい印象はなかった。
同じ学校に通っているのだし廊下で一度や二度はすれ違ったことはあるだろうけど、まったく記憶に残ってはいなかったくらいの影の薄さ。
まして経済力もない学生じゃ、実家を出てそれまでの豊かな生活とは比べ物にならない質素な暮らしをしているだろう巴の相手に相応しいとは到底思えない。
もちろん好いた惚れたは他人が口を出すものではないけれど、大事な幼馴染に初めて出来た恋人とあってはチェックの目も厳しくなるのだ。
「それになんか性格ねじ曲がってそうな人だったしー。平気な顔して嘘ばっかりついて、ミナトさんとは大違い」
メイサがどう突っついても素知らぬ顔でとぼけ倒していたがあれは相当な役者だ。
彼女自身が世渡りと自分の心を守るためにキャラを作って人と接する機会が多いからこそ分かる。
アレは自分と同類の、あまり性格がよろしいとは言えないタイプの人間だろう。
「まあでも。悪い人ではなさそうだった、かな」
だがそこまでボロクソに評価しておきながら、不思議とメイサは『彼』に嫌悪感を抱いたりはしていない自分に気付いた。
むしろどちらかと言えば好印象まである。あんな出会い方をしたし、しかもメイサは苦手な男性なのにも関わらずだ。
それはどうしてだろう、と最早幼馴染のことよりも七海湊斗について考えを巡らすメイサ。
月城ミナトと名前の読みが同じだから?
それとも自分と性格が似ていそうだとシンパシーを感じたから?
もしくは口が巧い彼との掛け合いが楽しかったから?
そのどれもが当てはまるようで、一番の理由ではない気がする。
ではなんなのか、そう考えた時にひとつ思い浮かんだのは、
(そっか。あの人私のこと、全然えっちな目で見て来なかった)
制服という神聖な服装に身を包んでいても、いやむしろ制服だからこそと言うべきかメイサの魅力は普通にしているだけでも男の視線を惹きつけてしまう。
廊下ですれ違う男子は決まってメイサの胸や尻に目を向けてくるし、これはもう多分そういうものなのだ。
だけど彼はまるでそれらには目もくれず、メイサの目だけを見ていた。
――まるで彼女が恋してやまない、月城ミナトのように。
「いやいや、あの人とミナトさんじゃ全然違うでしょ。あははは!」
メイサはふとあることを思い付いてしまって、自分で考えたくせにあまりにも現実味がなくて噴き出した。
あの顔を半分覆っている重たい前髪を上げてやったら、その下にある素顔は実は月城ミナトなのではないか、なんて有り得るわけがない妄想めいた仮説を。
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