窓際のモブAは名前を覚えられる
「トモエちゃん、黙ってちゃ分からないよ。『みなと』さんって誰なの?」
「……たまたま月城ミナトくんと同じ名前の人だよ。メイちゃんの知らない人」
「ふうん。もしかして付き合ってるとか?」
「ち、違うよっ! なんでそんなこと聞いて、」
「だって付き合ってもないなら私に隠す必要ないじゃん。なのになんで私がミナトさんの話ししてた時にその人の名前出したの。それにさ」
そこで一旦言葉を切ったメイサさんのシルエットが、先生に向けてピッと指を差した。
「トモエちゃん自分で気付いてるか分からないけど、嘘ついてる時表情に出ちゃってるよ」
「えっ、嘘!?」
「ホント。だから、今のって嘘だよね。その『みなと』さんのこと、私は知ってるんでしょ?」
くそっ、メイサさんが強すぎる……!
元々虐めやセクハラに悩まされてきた娘だ、自然と相手の嘘や悪意を見抜く能力が研ぎ澄まされたんだろう。純粋培養お嬢様っぽい姉大路先生じゃ勝ち目がない。
それに加えて先生がメイサさんのことを妹のように可愛がっているからこそ、後ろめたさがあるというのも大きいのだろう。
「トモエちゃんにはさ、前に言ったよね? ミナトさんは苦しんでいた私を助けてくれた恩人で大好きな人なの。その時のことをいつか恩返ししたいし、そのために少しでも彼のこと知りたいんだ」
そんな先生の罪悪感に漬け込むように、メイサさんはそれまで淡々と問い詰めていたのに急にしおらしく訴えた。
「だからもしもトモエちゃんがミナトさんがなにか関係があるなら教えて欲しいの。それでなにかしたいってわけじゃなくて、ただ知りたいだけ。私の好きな人のことを。……ダメ、かな?」
「メイちゃん……ううんっ! ダメじゃないよ! そうだよね、メイちゃんはずっと独りで頑張ってきたんだもんねっ」
いやいや女優なれるって、この演技力。僕がお墨付きをあげてもいい。
先生なんてまんまと釣られちゃってるし。
ヤバい。マジでヤバい。
どう見ても先生は陥落間近だ。
なんならメイサさんなら僕の秘密を打ち明けても黙っててくれるかどうか考えてそうまである。
もう躊躇ってる場合じゃない、先生が月城ミナトの正体をバラす前になんとしてでも止めなくては。
「あのねメイちゃん、実は――」
「ごほんっ! ごほんっ!!」
タイミング的にわざとらしいのは承知の上で、大きく咳き込んで先生の言葉を途中で遮った。
実は、の後に続いたのが僕の正体についてではなかった可能性もあるけど、この会話自体を終わらせないと怖すぎた。
「誰? 私たちの話聞いてたの?」
ただそれは今まで隠れていたのを自分から明かすということだ。
しかもメイサさんは学校一の美少女としても名高い現役モデルだし、姉大路先生も校内で人気な美人保険医ってこともあって、そんな二人の会話を今まで黙って聞いていたとあっては不審がられても仕方ない。
僕の姿を確認するためか、カーテンに映るシルエットのひとつがこっちに近づいてきた。
「ま、待ってメイちゃん! その子は体調不良でベッド寝てもらってただけなの!」
姉大路先生が慌ててメイサさんを引き止める。
その間に僕は窓から脱出しようと身体を翻した。
お互いに打ち合わせをした訳でもないのにまさに完璧な連携。
……もし穴があったとすればそれは、メイサさんが先生の制止をガン無視してなんの躊躇もなく突撃してきたことだろうか。
「あ」
窓のへりに足をかけたところで、バサリとカーテンを開け放って現れたメイサさんと目が合った。
「なにしてるのかしら? 盗み聞きの犯人さん」
にっこりと笑顔を向けられているはずなのに、お腹が冷えてくるような感覚に襲われてるのは気のせいだろうか。
貴女から逃げようとしてました、と言えるわけもなく。
こうなったらもう腹を括るか。
「ちょっと足のストレッチしててね。さっき攣っちゃったんだ」
「わざわざ窓まで開けて? 私はてっきりそこから逃げ出すつもりなのかと思ったけど」
「あれ、動画サイトだと有名なストレッチのやり方なんだけどな。知らない? 外の空気を吸いながらストレッチすると、リラクゼーション効果と合わさって筋肉が伸びやすいんだってさ」
我ながら苦しい言い訳だとは思ったけど、メイサさん相手に通用するわけもなく。
「へぇ、そうなの。興味があるから私にも教えてくれないかしら。yo〇tube? それともti〇tok? 動画のタイトルを言ってくれたら検索してみるから」
「なんだったかなぁ、それがすっかり忘れちゃって。どのみち弟切さんが見るような動画じゃないと思うけど」
だけどそれならそれでもいい。
別に僕は盗み聞きをしていた不審者かどうか言い逃れる必要はそこまでないからだ。
「ふうん、私のことを知ってるのは認めるの。お目当ては私かしら、それともトモエちゃんの方?」
「そりゃあ弟切さんも姉大路先生も有名だからね。僕はたまたまここで寝てただけだよ」
「逃げようとしてたのに?」
「だからストレッチしてただけだって。さっきから弟切さんがなに言ってるのか分からないなぁ」
僕がなによりも優先しないといけないのは『月城ミナト』であるという事実をメイサさんに隠すことだ。
月城ミナトへ繋がる七海湊斗が不審がられたところで、それで印象が下がって距離を置かれるならむしろ願ってもない。
だから盗み聞きをしてたかどうかについては強く否定も肯定もしなかった。
「あ、あの。ふたりともそこらへんで……」
ハラハラした表情の姉大路先生が止めに入って来たけど、大丈夫大丈夫。バレてない。
僕も伊達に俳優名乗ってないから、声色を普段と変えるのも別人に成りきるのも訳ない。
まして今は妹考案の『モブA』ヘアーにセットしてるし、メイサさんとすだれ越しに目が合っても僕だと気付いた様子はまるでない。
「とぼけるのが上手いわね、キミ。ずっと観察してたけど不自然なくらい表情も声も動揺してない」
「なんのことかな? 僕は聞かれたことに正直に答えてただけなんだけど」
「ふふっ、嘘つき♪」
ただ予想外だったのは、バレバレな嘘ついてすっとぼけて見せればてっきりメイサさんの僕に対する印象は悪くなるだろうって思ってたのに、意外とそうもでなさそうなことだった。
なぜだか「ふーん、おもしれー男」みたいな目で見られてる気がする。
「……まあいいわ、聞いたことを誰かに言わないでくれればそれで。一応私も芸能人だから、表に出されるとちょっと面倒なこともさっき言っちゃったし。もしもあなたが話したって分かったら然るべき措置を取らせてもらうから」
そう脅し文句を言い残してメイサさんはそのままスタスタと保健室から出て行った。
それでほっとしたのも束の間、なにか思い出したのか顔だけひょこっと入り口から覗かせた。
「名前、聞くの忘れてたわ」
「名前?」
「あなたのよ。ちなみに一応言っておくと、嘘ついてもすぐに分かるからね。ここの理事長って私のおじさんだから」
えっ、マジで?
姉大路先生の方を見ると、こくんと頷き返された。
本当なのか……そっかふたりが仲良かったのってそういう。
理事長先生が身内にも守秘義務を守ってくれてるのか、たんに姪っ子の推しが僕だと知らないのか。
なんにせよここで偽名を答えても意味がないばかりか、理事長経由で僕の正体がバレかねないと。
「…………七海湊斗です」
「ナナミミナトくんね。そう、あなたがトモエちゃんの。気になることは色々あるけど……また今度聞かせてもらうわね」
だから素直に白状すると、メイサさんはひらっと手を振って今度こそ去って行ったのだった。
後に残された僕と姉大路先生はば顔を見合わせてため息をつくしかなかった。
だけどとりあえずいま真っ先に僕がやるべきことは、だ。
「姉大路先生、アンタなにしてくれっちゃってんですかーっ!」
「うわぁ~ん、ごめんなさあああぁい!!」
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