閑話 私を見て!(ドロテアとルカス)
#ドロテア視点の子供の頃の話です。
——
私、ドロテア・オーウェインはこの国で王族に次ぐ権力を持つ公爵家に生まれて、蝶よ花よとそれはそれは大切に育てられてきた。
私が望めばなんだって手に入ったし、みんな言うことをなんでも聞いてくれたわ。
だからこの世のものはなんでも思い通りになると、若干十歳で随分と思い上がっていたものだった。
思い返すと、あの頃の自分は完全に黒歴史。
我儘で傲慢で、可愛いのは見た目だけだったと、自分でも当時の事を振り返ると今でもとても恥ずかしくなる。
あの日の出会いがなかったら、きっと私は今も思い上がりが甚だしい、勘違いで痛々しい令嬢になっていたでしょう。
しかしおあいにく様。私はこうして誰もが憧れる素敵な令嬢になれたのだ。
そう、あの日貴方に出会ったから……
***
「ドロテア・オーウェインでございます。殿下、よろしくお願いいたします。」
七年前のある日、私は父に連れられて初めて王宮へとやって来ていた。レナード殿下の遊び相手を選ぶ為に同年代の子供たちが集められたのだ。
覚えたてのカーテシーでレナード殿下に挨拶をすると、大人たちから
「まだ十歳なのに、なんて完璧な挨拶が出来るのでしょう!流石公爵の御息女だわ」
なんて称賛の声が上がったが、そんなの当たり前である。
だって私可愛いし、礼儀作法だって完璧だ。
誰がどう見ても、完璧な公爵令嬢なんだから、注目を集めるのはいつもの事だった。
そして、それは今日も同じ。
皆が私を見ている。目の前にいる王子様だってそうだし、遠巻きに控えている侍女や騎士もそう。それに同じように呼ばれてきた同年代の子たちも、みんな私を見ている。
けれども、気づいた。
一人だけ私を見ていない子がいる事に。
私はレナード殿下への挨拶を済ませると、一目散にその子の元へと向かった。
私に注目しないなんてあり得ない。
どういうつもりなのかと、問いただしたかったのだ。
「貴方、名前はなんていうんですの?」
「ルカス・ディヴランですが、……何か?」
これが、私と彼との出会いだった。
彼は眼鏡を触りながら、こちらをチラリと見てそう答えると、直ぐにまた私から視線を外したのだった。
「ちょっと、私が話しかけているのだからこっちを見なさいよね!」
「大丈夫です。別に顔を見なくても会話は出来ますので、続けて下さい。」
「貴方ふざけてるの?それとも私を揶揄っているの?!」
「ふざけてなどいませんよ。私はそのような行為は嫌いですから。」
「ふざけてないなら何なんですの?!一体さっきからどこを見ていらっしゃるの?!」
「父から、殿下から決して目を離すなと命じられてますので。」
そう、彼の目線の先には常にレナード殿下が居たのだった。
確かに、先程私が殿下に挨拶した時も、ルカス様は顔はこちらを向いていた。けれども私を見ている目線では無いなと思ったが、殿下を見ていたのだなと、謎が一つ解けた。
謎が解けた……が、かと言って私の事を見ない事には納得していない。
この子にとってはレナード殿下を見守る事の方が重要ってことなの?!
この愛らしい私よりも?!
そんな事信じられなかった。
だって誰もが皆私の事が大好きで、私に優しくしてくれて、私が望むことは何だって叶う。本気でそう信じていたから。
だから私の事を見ようとしないこの子の事が信じられなかった。
そんな事あるはずがない。
この私がぞんざいに扱われる訳がない。
それを確認したくて、私は彼を試すように言ってみた。
「ねぇ、私喉が渇いたわ。」
私がそう言えば、周囲にいる人が飲み物を届けてくれる。今まではずっとそうだった。
今私の側に居るのは彼だけだから、きっと彼が私に飲み物を取ってきてくれるだろう。
だってそれが当たり前なのだから。
けれども、この考えは彼には全く通用しなかった。
彼は、相変わらずこちらを見ようともせずに、
「そうですか。」と、相槌を打っただけたったのだ。
「……」
事態が飲み込めず、私は面食らった。
そんな事があるの?!
私が、適当にあしらわれたの?!
だって同年代の男の子は皆私に親切でしたのよ?
こんなのあり得ませんわ!
私は、彼の振る舞いがどうしても納得出来なかったので、もう一度大きな声で言ってみることにした。
けれども結果は変わらなかった。
「ちょっと!私が喉が渇いたって言っているのですよ?!」
「さっきから何なんですか貴女は?喉が渇いたんなら水を飲めば良いでしょう?!……あっ!ダメですよっ!!」
彼は結局こちらを全く見ないまま、レナード殿下にしつこくまとわりつく令嬢を引き剥がしに行ってしまった。
こうして、私はこの時人生で初めて敗北というものを味わったのだった。
世の中の人が皆、誰もが自分の言う事を聞いてくれる訳では無いと思い知った。
彼、ルカス・ディヴランとのこの出会いが無ければ、きっと私は変わらなかったでしょう。
それからというもの、私はルカス様の気を引こうと躍起になった。
求めるならばまずはこちらから与えるべきかと贈り物もしたし、
良い子になろうと我儘を言うのもやめた。
勉強も運動も音楽も……何もかも頑張った。
その甲斐あってか、世間では私の事を完璧な令嬢だなんもてはやしてくれたけれども、ルカス様の態度は相変わらずだった。
そんなある日のこと。
その日、私とルカス様は、レナード殿下の遊び相手として城に登城していた。
顔合わせの日以来、私たち二人は、良くこうして王城へ呼ばれていた。恐らく未来の側近の第一候補と、未来の婚約者第一候補として白羽の矢が立っていたんだと思う。
けれども私たちはまだ子供。
そんな大人たちの思惑など分かるはずもなく、私たちはただ無邪気に仲良く遊んでいた。
相変わらず、ルカス様はレナード殿下に全神経を集中させていたが、それでも、一緒に遊ぶ私の事も前よりか気にかけてくれるようにはなっていた。
あくまで、レナード殿下の二の次だったけど。
それでも、彼らと遊ぶのは、とても楽しい時間だった。
そして今日は何をして遊ぶのかというと、なんと殿下は木登りがしたいと仰ったのだ。
「ほら、あの花を取りたいんだ。」
そう言って殿下は、皇子宮の中庭にある広葉樹の木の上を指差した。見るとそこには白い花が咲いていた。
「危なくありませんか?花が欲しいのであれば、誰か兵士に頼んで摘んで貰えば良いのではないでしょうか?」
「大丈夫だよ。それに、自分で取りたいんだよ。」
ルカス様は殿下の御身が第一なので当然の苦言を呈したけれども、殿下がそう仰ったので、それ以上は何も言わず、私たちはレナード殿下がするすると木を登っていくのを見守った。
そして彼は言葉通りに危なげなく上まで登ると、目的の花をいとも簡単に手に入れたのだった。
「うん。思った通り良い眺めだ。」
見上げている私たちの心配を他所に、広葉樹の上からレナード殿下は私たちを見下ろして、楽しそうにそう仰った。
「殿下、お気をつけ下さい。」
「心配性だなぁ。大丈夫だよ。ルカスも登ってきたらどうだ?」
「いえ、私はここに居ます。何かあった時に対処出来ませんから。」
「俺が落ちると思ってるの?失礼だなぁ……。それじゃあドロテアは?登ってこないかい?」
「行きますわ!」
レナード殿下に指名されて、私は興奮気味に返答をした。
実は、私もやってみたかったのだ。木登りというものを。
それに何より、上からルカス様を見下ろしたいという衝動に抗えなかったのだ。
「ドロテア様、登るのは良いですけど気をつけて下さいね。貴女は動きやすい格好とはいえドレスなんだし。」
ルカス様が私の事を気にかける言葉を投げかけてくれたけれども、相変わらず彼は私の事を見ていなかった。
木の上の殿下が心配なのは分かるが、それくらいの事はちゃんとこちらを見て言って欲しかった。
私はそんな彼の態度にムッとしながらも、レナード殿下とは反対側から登り始めた。
殿下があんなに簡単に登っていたんですもの。運動神経には自信があるから、こんなのはきっと簡単よ。
そんな風に簡単に考えて、事実殿下と同じように私もスムーズに登っていけた。
しかし、2本目の枝に手を伸ばした時だった。
「ドロテア様、そちら側はダメです!!」
急にルカス様がそう叫んだのだった。
けれども、私は彼の忠告が何のことか分からなかったし、中途半端な体勢で止まるわけにもいかないので、驚きつつもそのまま次の枝に足をかけてしまった。
そして……
ぽっきりと、私が足をかけた枝が根本から折れたのだった。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
そこまで高い位置では無かったけれども、それでもこのまま落ちたら怪我をするのは明らかだった。
私はなす術もなく重力に身を任せて落下した。
どすん
鈍い音を立てて、私は地面に叩きつけられた……と思ったのだが、そうでは無かった。
今、私と地面の間には、ルカス様が挟まっているのだ。
彼は落ちてくる私を咄嗟に受け止めようとしてくれたのだ。
結果受け止めきれなくて、私が下敷きにしてしまったのだが。
「ドロテア様、大丈夫ですか?」
「何言ってるの?私より貴方の心配でしょう?ルカス様は大丈夫なんですか?!」
「私は大丈夫です。受け身は取れましたらか。お怪我がなくてよかった。」
見ると彼のかけていた眼鏡は大きく歪んでしまって、全然大丈夫には見えなかったが、それでも、自分の事よりまず私の事を気遣ってくれたのだ。
「あ……有難うございます。」
何だろう、すごくドキドキした。
この胸の高鳴りの原因は、高い所から落ちた恐怖だけでは決してなかった。
「いえ。そもそもこれは私の落ち度ですから。登る前に声をかけるべきでした。そこの枝は折れそうだから危ないと。」
「ルカス、事前に分かっていたのか?」
私たちの二人の様子を確認しに、レナード殿下も木の上から下に降りてこられた。
殿下は、私たち二人ともが特に怪我をしていない事を目視すると、少し安堵した様子を見せた。
「はい。殿下が登られるかもしれないので、この辺りの木は事前にすべてチェックをしております。
殿下のコース取りが安全なルートだったので、特にお声掛けしませんでしたが、事前に言っておくべきでした。申し訳ありません。」
……ん?
それってつまり、避けられた事故よね?
なんだか物凄く引っかかったが、彼が身を挺した事に免じて、今日は許してあげる事にした。
「まぁ、いいですわ。助けてくださったのですしね。」
「本当にすみません。貴女が登り始める所から見ていたら、もっと早くに気づけたんですが……」
……ん?
「ねぇそれって、私の事見てくれたから気付いたんですよね?」
「えぇ。枝の事思い出したら、流石に危険だと思って。貴方に怪我して欲しく無かったので、何とか間に合ってよかった。」
「ルカス様……」
やっと彼が主体として私を見たのだ。
しかも、私に怪我して欲しくないなんて言うのだ。
私は嬉しくなって思わず目に涙を浮かべた。
けれども、私のこの思いは彼の次の言葉で台無しになったのだ。
「この三人の中で誰かが怪我をしたら、大人に危険な遊びをしている事がバレて怒られてしまいます。そうなったら、殿下の折角の息抜きのこの時間が取りやめになってしまうかもしれませんからね。殿下の貴重な遊びの時間を守れて良かった。」
彼は私を助けたのではない。レナード殿下の自由時間を守る為に取った行動だ。
ルカス様はどこまでいっても、レナード殿下の事が第一なんだと思い知ったのだった。
「ルカス……気持ちは嬉しいけど、大人にバレないのは無理じゃないかな」
殿下の仰る通り、怪我こそしなかったものの、私のドレスの袖は落ちる時に枝に引っ掛けて破けてしまっているし、ルカス様の眼鏡も割れて歪んでしまっている。これでは何か危険な事をしていたと、大人には丸わかりだろう。
「何も無いところで転んだ事にします。」
「そこは、せめて何かにつまづいた設定じゃないのか?!」
「ドロテア様のドレスは……生垣に引っ掛けた事にしましょう。」
「引っ掛けたにしては、裂けすぎてると思うけど。」
勿論、子供の浅知恵はあっさりバレて、私たちはそれぞれの両親にこっぴどく叱られたのだが、私たちの交流はその後も続いたのだった。
相変わらずルカス様はレナード殿下第一だったが、それでも私はめげなかった。
お陰で、最悪な出会いから七年。
だいぶ仲良くなったものだ。
何をするにもこの三人で遊ぶ事が多かったので、年々、ルカス様も私の事を気にかけてくれるようになっていった。
勿論、レナード殿下の次にだけれども、ずっと一緒にいたお陰で彼の中の二番手にまで上り詰めたと思っている。
けれども、欲というのは深いもの。
どうしても願ってしまう。
ルカス様の目に一番に映りたいと。
いつか絶対に、ルカス様の一番の目線の先をレナード殿下から私に変えさせるんだから!
そんな思いを胸に、今日も彼に会いに行く。
眠る呪いの王子様を目覚めさせるのは私の口付けだけなんですか?! 石月 和花 @FtC20220514
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