閑話. 御令嬢たちの企み(アイリスとドロテア)

##アイリス達がサーフェス領から帰ってきた後の話です


———


「まぁ。それでアイリス様はレナード様の求愛を受け入れたのですね!」


王城の一角、いつも夜に月の加護の魔法をかけているレナードの宮の中庭を借りて、アイリスはドロテアとお茶を嗜んでいた。


何故このような事になったかというと、サーフェス領から帰ってきたアイリスとレナードの様子を見て、直ぐに何かを察知したドロテアが、レナードに何やらを耳打ちして、彼にこの場所とアイリスを貸す事を承諾させたのだ。


何故ドロテアがレナードに対してそんな強気な態度を取れるのか、そして何故レナードも素直にドロテアの言う事を聞くのか些か不思議ではあったが、幼馴染の二人の間には、きっとアイリスの預かり知らぬ所で絆があるのだろうと、特に詮索はしなかった。


……実際は単に、ドロテアがアイリスの事でレナードに作った貸しを返して貰っているだけなのだが……



そして、今、アイリスはドロテアと二人でお茶会を楽しんでいた。今までしたくても出来なかった、恋愛話に花を咲かせて。殿下へのこの想いを、やっと口に出して、人に聞いて貰えるのだ。

恥ずかしくもあるが、こんなに嬉しいことはなかった。


アイリスは少し恥ずかしそうに、それでいて嬉々として、月影の森で起こった事をドロテアに話して、そして、そんなアイリスの話をドロテアは目を細めながら楽しそうに聞いている。

二人は、とても仲良くなっていたのだった。


「だって私本当に腹立たしかったんですもの。あんな自分勝手で思い込みの激しい方が、堂々と殿下にお慕い申し上げるのならば、まだ、私の方がマシだと思ったんですの。」

「ふふ……、確かにそうね。貴女のそんな考え方、嫌いじゃ無いわ。」

「有難うございます。私も、ドロテア様のお優しい所が、好きですよ。」

「まぁ、およしになって!私別に貴女に優しくなんてしてないわよ……」


話の流れでアイリスがドロテアの事を褒めると、今まで和やかに会話していたのに、彼女は急にそっぽを向いてしまった。

けれども別に怒った訳じゃない。褒められてこそばゆかったのだ。


ドロテアはどうも、思っている事を素直に口に出来ない性格らしかったので天邪鬼な態度を取ってしまいがちだが、彼女について慣れてきたアイリスには、照れて顔を背けるその仕草もとても愛らしかった。


「ふふ、ドロテア様は、可愛らしいですわね」

「もう!揶揄わないでくださいませ!……そんな事より……貴女ももう分かっているとは思うけれども……大切な話があるのよ。これを伝えたくて貴女をお茶に誘ったのだから。」

「な、何でしょうか……」


ドロテアが急に声のトーンを落として、深刻な顔をしたので、アイリスも彼女の口から何か重大な事が発せられると思って、固唾を飲んだ。


もしかしたら、レナードの呪いの事についてアイリス達が不在の間に周囲にバレてしまったとか、第二王子派が、何かよからぬ事を画策している噂があるとか、とにかく、レナードに関わる何か深刻な事が起きているのではないかと、アイリスは心構えしながら不安そうにドロテアの次の言葉を待った。


しかし、彼女の口から出てきた言葉は、アイリスの心配とは全くもって対局に位置する様なものだったのだ。



「貴女が、レナード様と上手くお話が纏まったのならば、今度は貴女が私を手伝うのは当然ですわよね?!」

「えっ……えぇ……?あ、……はい……?」

あまりの事にアイリスは戸惑った。彼女の口から出たのは、アイリスが想像していた最悪な内容とは比べ物にならない程、平和的な恋の悩みだったのだ。


「いい事アイリス様?分かってると思うけど、私とルカス様の仲を取り持ちなさい。レナード様と一緒に。いいですわね?」

「えっと……具体的には何をすれば……?」

「そうですわね……さりげなく、私とルカス様二人だけになる場面を作る……とかかしら?」


それって結局何をすれば良いのだろう?そんな疑問をアイリスが口にしようとした時に、何か妙案が浮かんだみたいでドロテアは、ぱぁっと明るい顔をして、そして自分が考えた作戦を伝えたのだった。


「そうだわ!良い事思い付きましたわ!!アイリス様、貴女お忍びでレナード様と城下でデートをしなさい。」

「な……何故ですか?!」

「尾行……もとい、見守りをする為ですわ。レナード様は王太子であらせられるから、お忍びとは言え周囲に護衛は付きますわ。当然ルカス様も近くで御見守りになる筈です。そうなった時に、殿下達の側に自然に近づく為に、相手役の女性が必要になりますわ。そこで、私の出番なんです!!」


ドロテアは、目をキラキラと輝かせて一気に捲し立てた。自分が考えた妙案ならば、ルカスと自然にデートが出来ると、信じて疑ってなかったのだ。

しかしアイリスは、少し頭を抱える様な仕草をしながら、左手を小さく上げて、言いにくそうに彼女に進言したのだった。


「あの……ドロテア様、少しよろしいでしょうか……?」

「何かしら……?この完璧な作戦に何か意見でもあるの?」

「はい、そうですね……。えっと、はっきり申し上げますと……回りくどいです。後、多分その作戦は失敗すると思います。何故なら、相手があのルカス様だからです。彼の場合、相手役を用意するとか、そんな風に気を回せる訳がありません。普通に一人で堂々とついて回るに違いありません。」


「……確かに……」

そう呟いて、ドロテアは項垂れてしまった。

ルカスとは幼少の頃からの付き合いなのだ。アイリスから指摘されて、彼女が言うような行動をルカスならば本当にするだろうなという事が、ありありと想像できてしまったのだ。


そんな風にしおらしくなってしまったドロテアに、アイリスは別の提案を持ちかけたのだった。

「ですから、もっとシンプルに、私と殿下、ドロテア様とルカス様の二組で、お忍びで市井を散策すれば良いのでは無いでしょうか……?」

「なっ……そんな直接的な!!何と言って誘えば良いの?!」

「そんなの単純に、“殿下と王都の街を見て回りたいから、ルカス様とドロテア様もご一緒に如何ですか?”って私が提言しますから。」


アイリスからの提案に、ドロテアは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いた。それから、アイリスの顔をチラリと見ると、自信なさげに尋ねたのだった。


「こ、断られないかしら……」

「大丈夫ですよ。殿下にも根回ししておきますから。殿下の口からも言えば、きっとルカス様は受け入れますわ。ドロテア様のお気持ちは、レナード殿下に話してしまっても構いませんよね?」

「えぇ、問題ないわ。レナード様は私の気持ちを既にご存知だから。」

「それなら話が早いですね。任せてください。」

そう言って、アイリスはドロテアを安心させようと、自信満々に微笑んだのだった。



「そして、ここからが大事な所なんですが……」

アイリスは、声のトーンを落として、真剣な顔になって話を続けた。今から言う事が、アイリスにとっても、ドロテアにとっても、一番重要なのだから。


「これは、私とレナード殿下が、想いを確かめ合った後の初めてのデートなんです。分かっているとは思いますが、邪魔はしないで下さいね。」

「えぇ、それは勿論……」

「だから、邪魔しないように、二人で何処かに消えて下さいね。絶対に。分かってますよね?あの、ルカス様ですからね?力づくでもなんとかしてくださいよね?ドロテア様が。」


アイリスはこれでもかと言うくらいドロテアに強く念押しをした。

これがドロテアのルカスとデートをしたいと言う願いを叶える為の計画であったとしても、折角ならば、アイリスだってレナードと二人の時間を楽しみたかったのだ。

だから、空気を読まない事で定評のあるルカスを、絶対に彼女に引っ剥がして貰わないといけなかった。


これは、アイリスとドロテアの思惑が合致した作戦だった。


「……確かに、そちらのシナリオの方が自然ですわね……」

「そうでしょう?きっと上手くいきますわ。」

「けれども、二手に分かれてしまったら、護衛に迷惑をかけてしまうわね。」

「それは、まぁ……事前にカーリクス様にごめんなさいしておきましょう。」

「……そうね、それもそうね。」


アイリスとドロテアは、無言で見つめ合うとお互いに手を差し出してガッツリと握手を交わしたのだった。

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