第一章 06
「殿下…?」
この場所で殿下を見かけたことは一度もなかったのにどうして…。
「昼食の邪魔をしたな」
「そんな滅相もございません」
私とユティは急いで立ち上がり殿下に一礼する。
「挨拶はよい。顔を上げろ」
「ありがとうございます」
殿下と話している間にユティは私の一歩斜め後ろに移動し、ただ静かに立っていた。
先ほどまでの気さくさが嘘のような貴族令嬢の姿。
「…アメリアス家の者か」
「さようでございます。殿下に覚えていただけており、光栄でございます」
「シエラ嬢と仲が良いようだから覚えただけだ」
え、何このピリピリした空気。
ユティに向ける視線はとても冷たく、私が知っている殿下とは別人のように見えた。
「あの、彼女は私の幼馴染でとても大切な友人ですの」
「知っている」
少しでも空気を変えようと殿下に話しかけると私を見る視線には冷たさを全く感じなかった。
「それよりも、私に聞きたいこととは何だ?君からの質問なら答えよう」
「あ、えっとその……私以外の殿下の婚約者候補はいらっしゃるのですか?」
今を逃せば聞く機会を失いそうだと思い、半ば勢いで聞いた。
まだ婚約者のいない令嬢は多くいるはずだし、どこかの令嬢と話が内密に進んでいるという噂も聞いたことがある。
「いない」
え…?
「い、今候補者を絞っている感じですか?」
「私はシエラ嬢以外の令嬢を望んでいない」
「ですが、殿下とご婚約を噂されていた令嬢は…」
「は、誰だそんな勝手な噂を流したやつは」
分かりやすく不機嫌になる殿下にどうしたものかと考えていると、見知った姿が殿下の後ろから近づいてきた。
「殿下、こちらにいらっしゃったのですか。単独での行動は避けてください」
「…セルゲイ。すぐに私との婚約などふざけた噂を流したやつを探せ」
セルゲイと呼ばれた男性は殿下の側近。
殿下に対して臆せず意見を言える貴重な人物。
「そもそも殿下がなかなか婚約者を設けなかったから、流れた噂ですよ」
「殿下そんな特定されなくても、社交の場では噂話は日常茶飯事ですし気にされなくても」
「シエラ嬢もこうおっしゃっておりますし、特定するのはやめましょう」
セルゲイ様とは社交の場で少しお話ししたことがある程度だが、少し近親感を感じる。
皇太子殿下の側近ということもあり、文武両道の優秀な方。
人当たりもよく、話しやすい。
セルゲイ様って、とても優秀でお仕事も早いと聞くけれど、どこか無気力な雰囲気があるのよね。
「噂話も前からのことですし、今更掘り返して仕舞えば逆に物好きさんが変な噂を広めてしまいますよ。それにシエラ嬢もやめてと言っているのですから、強行すると嫌われますよ。ね?」
え、私!?
ね?っと急にこちらを見られましても…。
「…穏便にお願いします」
何だかセルゲイ様の手の上で転がされている感じがするが、私では止められる気もしないのでありがたくセルゲイ様の助け舟に乗る。
私としても噂を流したのが誰なのかだなんて興味もない。
穏便に済むなら何でもいい。
「それに、本日シエラ嬢との婚約の件が発表されるのですから、そんな噂は消えますよ」
はい??
何それ、私何も聞いてないのですが?
突然の爆弾発言に耳を疑いたくなる。
「あの、どうゆうことですか?」
「本日の夕刻に、正式にシエラ嬢と殿下が婚約者候補になったことを公表されることになっているのです」
「…当事者の私は初耳なんですが」
「クリスが色々とうるさいから公爵と私の方で進めていたんだ」
お父様…。
せめて私には一言あってもよかったのではないでしょうか…。
そしてお兄様は何をしたのか…。
「初めに伝えた通り、私は婚約者候補で終わるつもりはない」
皇太子殿下の婚約者候補は私1人。
今日の夕刻に私と殿下が婚約者候補の間からだと公表される。
明日からのことを考えると頭が痛い。
「また放課後迎にいく。邪魔したな」
え、いや来なくていいです。と反射的に心の中で抵抗するが言葉には出せない。
何も言えず固まっている私の頭をぽんっと優しく撫でてから殿下はセルゲイ様を連れて去っていった。
「……シエラ、貴女とても殿下に愛されているのね」
「…そんなことないと思うけれど」
「まぁ、何ていうか…明日から頑張って」
「放課後からの間違えじゃなくて?」
放課後、約束通り殿下が迎えに来たことで一気に騒がしくなる2年校舎。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴のような周りの声と、目を瞑りたくなるような視線を浴びながら殿下と一緒に学園を去った。
そして今日の夕刻に私が皇太子殿下の婚約者候補になったことが帝国中に知れ渡り、スノービュー公爵家では兄妹の声が響いた。
「あの腹黒皇太子ぃぃぃぃ!!!!!」
「お兄様、うるさいですわ!!!」
叫びたいのは私も同じですわ!
皇太子の重すぎる愛を受け止めきれない 凪咲 澪 @nagisakimio
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