我は諦める

 黒の奔流が二人を襲い、瓦礫も何もかもを消し去ったその後—―それでも華也と文人は目立った傷もなくその場に立っていた。

 なんなら文人は汚れすら無く、本当に一切の無傷である。


「ふー……マジで死ぬかと思った」

「……私ですら服の裾を持ってかれてるのに、貴方どういう防ぎ方してるんですか?」


 解せぬとばかりに不可解な顔をした華也が尋ねると、文人はあっけらかんとした様子で答えた。


「どういうも何も……能力使ったとしか」

「その能力を聞いてるんですが……」

「我も気になるな、攻撃の一切を受け付けなかったその力は」


 全身からきらきらと粒子を振りまく未王が、その輝きを強くしながら話しかける。


「うわ、眩しっ……誘蛾灯みたいだな」

「動いて喋る発光体……UMAユーマですか」


 その二人の言葉を聞いて急速に光度を落としながら何とも言えない顔をする未王。


「お前たち、オブラートやデリカシーといった単語を知らんのか」

「いや、知ってるぞ」

「そのくらいは知っていますよ」


 更に何とも言えない顔になった未王に、きょとんとした顔を向ける二人。その単語がどうかしたのかと言わんばかりの表情である。

 それに未王の我慢の限界が訪れたのも頷けるだろう。


「なら、お前たちはデリカシーのない男だ。 女子おなごに好かれるような顔立ちをしていても、その言動で『あの人はちょっと……』とか言われるであろうよ!」

「そんなこと無いって」

「ええ、常に真摯に接していますよ」

「自覚がないあたり、本物だな!」


 心外だと言わんばかりに抗議する二人を未王が一喝する。


「ならば聞くが、女子おなごにファッションの感想やお菓子や料理の感想を求められたことはあるか?」

「そりゃあ、何度かは」

「ええ、何度かは」

「では、その時の女子おなごの反応はどうであった? 同じ者に感想を求められたことは無いのではないか?」

「俺は、腹を殴られて『もう二度とあんたに聞かない』って言われたことあるな。 正直にって言われたから正直に答えたのにあれは酷いと思う」

「私は『ありがとう』の一言だけですね。 まあ、二回目は無かったですが……そんなものでしょう?」


 二人に一切の自覚は無く、何なら自分たちが正常だと思い込んでいるあたり本物だ。これこそ、本物のノンデリカシーだ。

 そんな本物の男たちは二人で頷きあい親交を深めている。ノンデリカシー同士気が合うのだろう。

 信じられないものを見たかのような表情で絶句していた未王は、ため息を吐きながらかぶりを振った。


「……もう、よいわ、我は諦める。 二人ともそのままで良い、きっとこれを是正してくれる女子おなごがいつかは現れるだろうて」

「お、おう……いいならそれで」

「何を諦めたのかは分かりませんが、きっと大丈夫ですよ」


 何一つ分かっていない二人がまともになる日は来るのだろうか。ま、たとえ来たとしても、きっと時間がかかるであろうことは目に見えている。

 ぜひ、その時に後悔してほしい。


「で、我の攻撃を防いだあれは何だ?」


 気を取り直した未王が文人に問いかけ、多少強引にでも話を本筋に戻す。


「あー……まあ、異能力って言えば分かりやすいか?」

「異能……攻撃の無効化……いや、それならば今までの攻撃全てを無効化しているだろう……障壁のようなもので防いだ、か?」

「お、正解—―目には見えねえけど、ここに障壁がある」


 文人は自身の前の空間を指し示しそう言った。


「では、それが貴方の異能ということですか?」

「正確にはちょっと違うが、まあその認識で大丈夫だ」


 ニヤッと不敵に笑い、挑発するように指を曲げる。


「こいよ、ここからは俺も全力だ」


 その言葉を契機にして三人が踏み込んだ瞬間、地面が浮いた。比喩でもなんでもなく、文字通りに三人が立っていた地面が浮かび上がった。

 それを成したのは巨大な三本の赤黒く染まった触腕で、その根元には夕乃がいる。


「潰れろ」


 持ち上げた地面ごと三人を潰すために、触腕がすさまじい勢いで中心めがけて収束をしていく。

 地面を削りながら迫る触腕に三人が出した答えは至極単純—―真正面からの突破。


 華也の一閃が触腕を斬り飛ばし、文人の拳による打撃が触腕を千切り、未王の闇が触腕を削り取る。

 各々が最強たる自覚があるからこそ迎撃を選択し、それを難なくこなす――こなしてしまう。


「そうだよね、そうするよな……だから次も用意してるよ」


 一瞬の閃光、後の衝撃と爆風—―迎撃された触腕が揃って爆発する。規模は極小、威力は極大、三人を吹き飛ばす程の爆発を見舞ってなお、夕乃は気を緩めない。


「左腕展開」


 空中や地面の至る所に孔を開け、赤黒い触腕が飛び出す。


「今度こそ潰れろ」


 大量の触腕が三人が吹き飛んだ位置に殺到し、球体を形成する。そのまま徐々に小さくなっていき――弾け、呑まれ、細切れに崩壊した。


「……左腕展開」


 苦い顔をした夕乃がもう一度触腕を展開し、態勢を整える。


「せっかくかっこつけて挑発したのに台無しじゃねえか……」


 空間が歪んで見えるほどの障壁を消しながら文人が歩く。


「はあ……服がどんどんダメになっていきますよ」


 服を汚しながらものその肉体には一切の傷がついていない華也が、その場で静かに刀を構える。


「やはり、こうでなくてはな!」


 宙を浮き、眼下に向けて楽しそうな笑顔を向ける未王。


 ここまでの戦いはただの小手調べ。

 四人の全力の戦闘がここから始まる。

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