怨念は純度の低い殺意
二本の触腕をたなびかせながら、見た目が白い塊と化した夕乃が吹っ飛ぶ。
廃ビルを一つ、二つ、三つとぶち抜き、四つ目に埋まる形で勢いが止まった。
元いた場所までの目算は約600メートル。ビル四つ壊して、ようやく止まれた距離がそれだ。
ビルがなければもっと遠くまで飛んでいたことだろう。
それだけの力がこもった攻撃を受けたのだ、何かしらダメージを負っていて然るべき、なのだが――
「……今度は僕ってか」
――やはり全くの無傷。流石、世界最強にまで上り詰めた内の一人。
「白い球体みたいでまるで本物のボールだったろうな……って誰がボールだ」
なんならノリツッコミできるくらいの余裕すらある。
だが、余裕がある=ムカついていないでは無い。
「ちくしょう……三対一とか上等だよやってやるよおい」
なんならしっかりとムカついている。三人の顔面に一発ずつ拳を入れたいぐらいにはちゃんとムカついている。
「汚い手を使ってでも一発は殴ってやるから覚悟しとけよ」
そうして夕乃は触腕に包まれたままその姿をくらました。
一方その頃、夕乃を吹っ飛ばした三人はというと――
「
「—―シッ!」
「おらぁ!」
――ドッカンドッカン、周囲に被害をまき散らしていた。
「
未王の闇が近くの倒壊していないビルを引っこ抜き、文人に向けて振り下ろす。
「ビル如きじゃ――」
少し力を溜め、文人がそれを拳一発で打ち砕く。
「物足り――おっと!」
「やはり防ぎますか」
直後、一番気が散るであろう瞬間を狙った華也の首筋への一閃をかち上げ――全方位から飛来する黒い塊を捌きながら飛び退く。
数舜前に二人がいた場所に、飛んできた塊が圧縮されてひとまとまりになった。きっとその場に残っていたら一緒に圧縮されていたことだろう。
「ふむ、避けるか」
「まあ、あのくらいは余裕だろ」
「それこそ殺す気でやらなければ傷一つつかないでしょうね、私たちは」
短く言葉を交わし、華也は左手を短刀の柄の延長線上に添える。そして、それを上段に構える。
その姿はもっと長い刀を構えているように見え、その刀身を幻視させた。
「なれば、殺す気で行きます。 どうせ死なないでしょうからね」
二人を視界に収め、ゆっくりと頭を切り裂くように刀を振る。もちろん、刀身は短いままだし、幻視した刃ですら届かないくらいに距離は空いている。
しかし、そんなもの関係ない。
「—―脳斬り」
文人と未王が唐突に体を仰け反らせ、何かを避けた。
「その調子で避けてください。 まともにくらえば怪我では済みませんから」
今度は横なぎに刀を振るう。狙いはもちろん頭—―いや、脳である。
「おっと……殺意高すぎだろその技」
頭を下げて何かを避けつつ、引き攣った笑みを見せる文人。
「で……あるな。 脳髄一点狙いもここまで昇華されると笑えん」
一歩足を引いて避けた未王は体を戻しながら、真剣な顔をして言った。
二人が一体何を避けているのか、それは華也の不可視の斬撃である。
その斬撃は、物理的に何かが斬れるわけではない。濃密な死の気配が鋭く研がれ、刃の形をしているから斬撃と表しているだけだ。
それに斬られたら脳が死んだと錯覚するとか、そんな確実性の低い攻撃ではない。脳と体を繋ぐ神経を絶ち、生命活動を即座に終わらせる。くらえば即死の、文字通り――必殺技である。
ちなみに、実体が無いため、物理的な障害は意味をなさず、なんなら物理的じゃない障害もほとんど無意味になる。
それを感じ取ったからこそ二人は防いだり、受け止めたりせずに避けたのだ。
そんな必殺技をポンポンと連発してくるあたり、さすが最強の一角と言えるだろう。
「我が家の執念の塊、500年以上研ぎ澄まし続けた殺意です」
「もはや怨念だろ、それ」
「怨念なんて純度の低い殺意ですから、そんなものとうの昔に切り捨てられてますよ」
「うわー……笑えねえー……」
怨念なんて道端の石ころでしかないと一笑に付する華也は、にこやかな顔で殺意の刃を見せつけるようにゆっくりと刀を振るう。
「ふむ……」
その刃の流れの中に未王は左手を差し入れ、人差し指の指先を斬らせる。
「やはり脳髄で無くとも効果はあるのだな」
ピクリとも動かなくなった指を見ても至極冷静に、自身の推察が合っていたことを確かめ、指の観察を始めた。
「外傷は無し……骨、筋肉、腱に異常なし……神経は――」
指を闇で覆い、その内を見透かすように目を凝らす。
「—―正常に繋がっているが切れている?」
「もちろん、物理的に何かを斬ることは出来ないので、そういう方法をとっているんですよ」
「殺意を通り越して、概念に近くなっているのではないか? 斬ったところを殺す――限定的な死の概念。 まるで死神ではないか」
「……俺のコードネームやろうか? リーパー1ってやつ」
「いりませんよ、死神でもなんでもないので……私はただの剣士です」
肩をすくめながらそう言うと、華也は未王に向かって声をかける。
「ところで、その指どうするんですか?」
「ん? ああ、大した問題ではない」
未王は指に纏わりついた闇を拭うようにして取り去り、左手の調子を確かめるように開閉させた。
「死ななければどうにでもなるのでな」
「……治癒系の術式持ちでも治せないはずなんですけどね」
「フハハ……そこらの木っ端と一緒にするでないわ」
「一緒にしたつもりはなかったのですが……」
「まあ、良いものを見せてもらった代わりに、我も一つ見せてやろう」
得意げな顔をした未王は悠々と両手を広げマントをたなびかせながら詠唱を始める。
「天地に遍く闇の輩よ」
今まで周囲に散らばっていた黒い粒子が地面に溶け、大地を黒く染め上げていく。
「我が身の全てをここに」
同時に未王の体も黒に染まり始める。
「我が
腕が――
「我が
足が――
「我が
首から下が――
「我が
頭部が――
「我が
瞳が――
「原初を統べた闇を――今ここに」
その全てが――
「真体—―はじまりのゆめ」
静かに煌めいた。
「初撃だ、派手にゆくぞ」
黒く煌めく右腕で前方を薙ぎ払う。そのたった一振りで――
「暗転—―なぎ」
見渡す限りの更地を生み出した。
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