その左腕—―
質量をもった黒い塊の墜落に、周囲に衝撃波をまき散らす打撃と、全方位に飛ぶ斬撃、それらから身を守るために全てを薙ぎ払った目に見えない何か。
全部が合わさった結果、塔は跡形もなく砕け散り消え去った。
もちろん、塔だけでなく周りの建造物やなんやらもまとめて消え去っている。
そんな衝撃の中にあっても彼らは一切の傷がついておらず、口の端を楽しそうに上げるばかりだ。
――本気で戦える相手がいる。
その事実が嬉しくないはずがない。
対等に戦える相手なんてどこにもいなくて、自身の実力を持て余す。
戦闘の際には味方を巻き込まないように常に力をセーブしている。
恐れる人も慕う人もいるが、競ってくれる人はいない。
「まだまだ行くぞ!」
「次こそ斬ります」
「一段ギア上げてもいいか……」
そんな日常に抑圧されていたものが、日々自身で抑えていたものがまろび出る――
「いや、やりすぎやりすぎ……! 周り見なよ、更地だよ」
――約一名を除いて。
一番マイペースで常識がなさそうだった夕乃が、ここにきて一番の常識を発揮し、皆を止めようとするが、それには何の意味も無い。
なぜなら、夕乃の言葉には何一つ説得力が無いからだ。
夕乃を除く三人もそれなりに力を込めた初撃を放った。しかし、それを超える力を込めて全てを薙ぎ払ったのは夕乃なのだ。
一体全体どの口がやりすぎなどとほざくのだろうか。
まあ当たり前のように他の三人には無視され、集中砲火をくらう。
「え、なんで無言? というか、なんでこっち向いてるの?」
粉々になり、更地へと変貌した塔の跡地には目もくれず、夕乃に向けて三人は次々と攻撃を繰り出す。
未王は黒く煌めく粒子からレーザービームのようなものを掃射。華也は初撃よりも更に研ぎ澄まされた斬撃を飛ばし、文人はそれらを搔い潜りながら拳を夕乃に叩きこもうとする。
「いやだから、なんでこっちなんだ、よっ!」
あまりにも露骨な集中砲火に少しキレながら、夕乃はもう一度全てを薙ぎ払って押し返す。
それをまたもや無傷で凌いだ三人は不思議そうな顔をして言う。
「なんでも何も、なあ……?」
「ええ、まあ……」
「うむ……」
「「「流れ的に?」」」
「だとしたら激流すぎるよこの流れ」
夕乃は深く息を吐きながら眉間を揉むようにして手を当て、ぶつぶつと呟く。
「……どうせ全員引かないんだろうし、僕だけ狙われんのは癪に障るし……あー、いっか、もう知らない」
「お、やる気になったか?」
「ここからが本番ですかね」
「やはり、そう来なくてはな!」
視線を伏せ気味に半身で構え、垂れた左の袖を前に、眼前の三人を視界に収める。
更地が拡大することが確定した瞬間である。
「全員ぶっとばすから覚悟しなよ――左腕顕現」
刹那、三人へとまるで壁のように巨大な何かが迫り、周囲丸ごと薙ぎ払った。
「よしっ、ストラーイク」
夕乃がすがすがしい顔をして、三人が飛んで行った方向を仰ぎ見る。
そこには夕乃が薙ぎ払って吹っ飛ばしたものたちにぶつかり、ただの瓦礫と化した元廃ビルたちが山になっていた。
こんなの今まで口だけでも反対していた奴がやる所業だろうか。
「今度はあっちの
清々しいまでの手のひら返し。誰よりも率先して周囲の地形を更地に変える――まさしく破壊の権化。
まあ、夕乃含め全員が周囲のことを一切気にしていないため、破壊の権化が四人いるといっても過言ではない。
だから、吹き飛ばされた三人が瓦礫を木っ端微塵にしながら向かってきても何ら不思議はないのだ。
「おかえり~」
夕乃が軽い調子で声をかける。
先ほど自身が吹っ飛ばした人にかける言葉ではないような気がするが気にしてはいけない。
「ふはは、我を吹き飛ばすとはやるではないか。 ……うーむ、その腕—―」
「これは本当に楽しめそうですね。 いやしかし、その左腕—―」
「おう、ただいま。 次はお前が行く番だぞ。 あと、腕—―」
多少服は汚れたがそれでも無傷で戻ってきた三人は、初めて夕乃の左の肩口から出現したモノを見る。
「—―キ、いや何でもないぞ」
「—―キモイですね」
「—―キモイな」
「おい、我は言わなかったのに!」
「それは言ったも同然なんですけど?」
皆からキモイと言われたその左腕—―実際には肩口から10センチ程度離れたところの孔から出現しているそれは、白くてつるりとした吸盤のない触腕のような形をしている。
数は三本、大きさは自由自在なようで、うねうねとしながら大きくなったり小さくなったりを繰り返す。
その動作は夕乃が意図してやっているようには見えない。なぜなら――
「いや、まあ……僕もちょっと思うけども、言わないのが優しさってもんじゃないの?」
(夕乃の背後でショックを受けたように触腕が項垂れる)
――明らかに独立した意思を持っているからだ。
「今まで見た人みんな顔には出してたけど、言葉にはしてなかったからね? 敵でも味方でも一人も口にしたことは無かったよ。 それに――」
(夕乃による裏切りで吹っ切れたのか、背後でチューブマン――棒人間みたいな形のバルーンのこと。踊っているかのように揺れるあれ――のように蠢く触腕)
「ぷふっ……」
「ふはっ……」
「くっ……」
「—―なんで笑ってるの?」
いや、笑うなという方が酷だろう。
真面目な顔した人間の後ろで、よくわからない触腕がよくわからない動きをしていたら、笑うか引くかのどっちかになるはずだ。それに、ドン引きして距離を置くよりは、引かずに笑っている方が幾分もましだと思う。
というか、仮にも自身の左腕として扱っているのに気づいていない夕乃もどうかと思うが――それは、ご愛嬌ということにしておこう。
「まあ、良いや。 とりあえず、キモイは禁句で」
その言葉に三人が頷く。
「じゃあ、いつまで話してても仕方ないし――続き、やろうよ」
一本の触腕が夕乃を守るようにとぐろを巻き、残る二本が左右を固めた。
「今度は本気で、ね!」
少しくぐもった夕乃の声を合図に、左右に構えていた触腕が三人を左右から押しつぶそうと迫る。
次に廃ビルという名のピンを倒すことになるのは――
「我らは吹っ飛んだし……」
「今度は神薙さんが――」
「吹っ飛ぶ番だよなぁ!」
—―触腕ごと吹き飛ばされた夕乃のほうであった。
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