殴り合い(平和的)
「……寝てるだけなのは分かった。 だけど、なんでそいつをここに?」
「そうですね、見たところただの一般人に思えますが?」
「何を言うか……いくら我の闇が心地よいとはいえ、いきなり闇に包まれたのに寝ていられる者が一般人だと? もしかして、お前たちの世界ではこれが一般人なのか……?」
三人の視線が未だに気持ちよさそうに眠る青年に注がれる。
「いや、一般人では無いわ。 流石に起きるだろ、普通は」
「……たしかに、普通では無いですね」
「そうだろう! いや、そもそも、我らに比肩するだけの実力があるからこそ、こいつをここに呼び寄せたのだ。 一般人のはずがあるまい――というか、そろそろ起きんか!」
その言葉と同時に小さな黒点を寝ている青年の額に向かって飛ばす。
そこそこの力が込められたそれが、額に当たる直前、何かに握りつぶされたかのように弾けて消えた。
そんな明らかな異常現象が起こった直後、眠っていた青年が目を覚ます。
「んあ? ん~……何ここどこ? ていうか、誰? ふあぁ……」
「すべて説明してやるから、さっさと体を起こさんか」
「ふぁい、おー、んー……」
「ファイオーって言ったんだったら戦えよ……」
「睡魔に白旗上げてますね」
「だいじょうぶ……起きる起きる。 あー、体痛ぇ……で、ここはどこ? あなた達は誰?」
ようやく青年が体を起こし、話を聞く体制を整える。
「そうだな。 まずは、それが大事であった」
明らかに何かを知っていそうな彼に、三人の視線が集まる。
その三人を順々に見返しつつ、彼は尊大に告げた。
「それは――自己紹介だ」
「ん? 今、何て言った?」
もう一度三人を見回した後に、再び彼は尊大に告げた。
「それは――自己紹介だ」
「いや、二回言えってわけじゃなくて……自己紹介?」
「そう、これから平和的な殴り合いをするにあたって、とても大事なプロセスである」
「殴り合いは平和では――」
「—―我の名は! ……我の名は赤城未王。 お前たちを集めた張本人だ」
魔王みたいな服装をした、真っ黒の髪と瞳。印象とは裏腹に、身長高め、顔立ちはとても怜悧で冷たささえ感じられるほどだ。その彼—―赤城未王が強引に自己紹介を始めた。
「次は誰だ? 誰でも良いぞ?」
「はぁ……じゃあ、俺が。 俺は六辻文人。 そこの奴に集められた内の一人、以上」
後ろに撫でつけた茶色の髪と同色の瞳、どこぞの特殊部隊のような戦闘服、未王より身長が高く、体格も良いが威圧感などは感じない。彼—―六辻文人がため息をつきながらもバトンを受け取る。
「次は私が。 私は御剣華也。 右に同じく、集められた内の一人です」
暗赤色の瞳と髪、和風の軍服に身を包む彼—―御剣華也は低身長、華奢な体格、そして中性的な顔立ちでまるで男装をしている女性みたいに見える。
他の三人は華也の一人称が私な事も相まって、男性なのか女性なのか迷っているのだが、それに気づくのはもう少し先の話。
他の三人から性別を迷われているとも知らずに華也はとっとと自己紹介を終え、最後の一人に次を促した。
「えーっと、僕は神薙夕乃。 何一つ事情が呑み込めていなくて、なんで自分がこんなところにいるのかも分かりません。 多分、僕も集められた内の一人です」
灰色髪で灰色の瞳、中肉中背、若干たれ目気味な目と優し気な風貌。Tシャツとジーンズという服装も相まって、本当に只の一般人に見える。
彼の左の腕は肩口から無くなっており、袖が風にたなびいている。
彼—―神薙夕乃は心底訳が分からないという顔をしながら言う。
寝て起きたら見知らぬ場所にいて、見知らぬ人たちに囲まれていたらそうなるのも頷けるが、ここにはそれを気にする人は誰もいない。
「さて、お互いの名が分かったところで、我が知っている情報を開示しよう」
唯一この状況について知っている未王が場を仕切って話を始めた。
「まず、この変な塔についてだが……我も何故こんなモノがあるのか分からん。 どんな目的で誰が建てたのか、何でできているのかも一切が分からん。
次に、何が起きたのか――そう、一言で言えば、異なる世界が一つになった、だ。
我らはそれぞれ別の世界の人間、つまり、四つの世界とプラスワン、計五つの世界がこの地点を中心に繋がった。 その中心も中心、ど真ん中にこの謎の塔が建っておる」
「一つ質問がある――五つの世界って言ったよな、じゃあ、もう一人いないとおかしくないか?」
文人が三人を見渡し、指折り数えながら言う。
「何もおかしいことではない。
我に比肩するだけの実力を持つ者のみがこの場に居る。 それに満たなかっただけの話よ」
「なるほど。 私たちがここに居る理由は分かりました。 ですが、目的は?」
華也のその言葉に、未王は不敵な笑みを浮かべて得意げに返す。
「何度も言ったであろう――平和的な殴り合いだと」
「それですか……」
「その呆れたような反応はなんだ? はぁ……よいか、よく聞け」
「はい……」
「我らが殴り合いできるような相手が各々の世界に居るか? 居らんだろう!」
それぞれが少し考える仕草をとった後に、苦い顔をしながら肯定した。
「まあ、確かに……」
「そうですね、いません……」
「……いないね、うん」
「であろう! かく言う我も居らんからな」
各々の答えを聞き未王は得意げに頷き、先ほどよりも生き生きとしだす。
「では、次に偉大なる我が何を成したか、だ。 と言っても今出した二つしかやっていないのだがな。
一つ、世界を繋げること。 二つ、繋げる場所を我に比肩するだけの実力者のところにすること。
先に言っておくが、世界を繋げようとしたのは我では無い――多分、見知らぬどこかの誰かがそれを成そうとしていたのだ。 どんな意図があって、どんな目的でそれを行っていたのかは知らぬが、そのままでは失敗していた。 だから、我が代わりに成し遂げたのだ。 そやつも本望であろう」
誇らしげにしみじみと語り、自分に酔っている未王は三人—―正確には二人、華也と文人が考え込んでいるのを一切気にすることなく喋り続ける。なお、夕乃は考え込んでいる振りだけで何も思索していない。
「まあ、我が本気を出せば世界を繋げるなど造作もないことなのだがな。 何せ我は闇を統べる者であるから、何事においても万能でなくてはならない。 この場の四人の中でも総合力に関しては我の右に出る者はいないであろうよ。 もちろん戦闘力でも負ける気は更々ないがな。 さて、ではさっそく――」
「ちょっと待った」
「—―我の言葉に何か疑問でもあったか?」
「ああ……その世界を繋げようとした奴は何でここに居ない? お前が代わりにやったとしても、その雛形を作るだけでも十分実力はあるだろ」
「先ほどの口ぶりから察するに、赤城さんは世界を繋げることは出来ても見つけることは出来ていない、ということですよね。 異なる世界を見つけて、繋げる土台を作ったのなら確実にこの場にいるべき人物では?」
この場の誰にも出来なかったことを成し遂げた人が実力が無いなんてありえない――そんな二人の考えは至極当然で、だからこそ、未王がわざと言わなかったという可能性を排除してしまっていた。
苦虫を嚙み潰したかのようにその怜悧な顔をゆがめ、未王は渋々口を開く。
「……多分、死んでおる」
「は? 死んでる……?」
「……実際のところ我がやったことは一つしかない。方向性を失い瓦解しそうだった術に『各世界の最強の元に繋げる』というモノを無理やり差し込んだだけ。 ただそれだけなのだ……」
下を向いていた未王は一拍おいてから、顔を上げ言葉を続けた。
「名も顔も知らぬそやつは、命を賭して術を行使し半ばで散ったのであろう。 事実、世界が繋がった後に我が闇での探知を行ったが、そやつの痕跡すら掴めんかった」
「言われてみれば、そりゃそうか、命がけになるよな……五つの世界を繋げる、なんていう神みたいな業を成そうとしたんだから」
「痕跡すらないのは少し不自然に思いますが……まあ、自身の存在を丸ごと賭けたのだとしたら納得はできますね」
二人が自分を納得させて、場がいったん静まった後に、少し重たくなった空気を払拭しようと夕乃が声をあげた。
「えーっと……結局殴り合いは無しってことでいいの? できるなら僕はもっと平和的に行きたいんだけど……」
その発言に気を持ち直した未王はテンション高めに夕乃に言い放つ。
「何を言うか、我らの殴り合いが一番平和的であるというのに」
「だから、殴り合いは平和じゃないって……」
「今の話し合いが一番平和じゃないですか?」
「僕は見学でお願いしまーす」
空気が弛緩し、皆から警戒やその他諸々が抜け落ちた直後、未王が動いた。
「うーむ、埒が明かんな。 もうよい――始めようか」
凄まじい圧が発せられ、煌めく黒の粒子が辺りを漂い始める。
月夜を染め上げ輝くそれは、傍から見ていればとても幻想的な光景だったのだろう。
しかし、綺麗に見えるその粒子は、当事者たちには得体のしれない恐ろしいものでしかない。相手の土俵に引き込まれて不利になっているのは自分たちなのだから。
「さあ、最初からとばして行くぞ?」
更に輝きを増す黒の粒子とその身から放たれる圧が、否応なしにこの場を戦場に変えていく。
そして、ここが戦場に変われば彼らも自然と切り替わる。
最初に動いたのは――
「御剣ノウキリ――抜刀」
—―その手に短刀を出現させた御剣華也である。
虚空から現れたその短刀は白鞘に家紋だけのとてもシンプルなもので、とても実戦用とは思えない。
しかし、鞘から引き抜かれた刀身には妖しさすら感じるほどの鋭さがあり、否応なしに訴えてくるのだ。—―この刃は簡単にお前の命を絶てるぞ、と。
華也がその刀を引き抜いたと同時に、六辻文人もまた戦闘態勢を整えていた。
「俺らで争っても無益だろうに……でも、まあ、やらないとか」
その顔から表情を無くし、自然体で構える。
ただ立っているようにも見える文人からは何も感じ取れない。
未王のような派手で強い圧や、華也のような妖しく鋭い存在感なんてものは一切無く、ただそこにいるだけ――何も無い、がそこにいるだけだ。
残った一人、神薙夕乃はそんなやる気満々な三人を前にただただ普通で居続ける。
(え、戦うの? うわー……巻き込まれたくないな……混乱に乗じて逃げるか)
夕乃は逃亡の機会を探り、いつでも後退できるように重心を後ろに倒し、徐々に右足を後ろにずらしていく。
しかし、その態勢は奇しくもほかの三人からは後傾の構えに見えた。こっちも準備万端ですよ――と、そう示していると勘違いをしたのだ。
であるならば、ゴングは鳴ったも同然。
平和的な殴り合いと言う名の広範囲を巻き込む災害が始まる。
「堕ちろ—―黒星」
「空想術式ノウキリ――起動」
「リーパー1—―作戦開始する」
「……は?」
たった一撃、各々の初撃のぶつかり合い、その余波で聳え立っていた謎の塔が――硬質でとても丈夫に見えたそれが――粉々に吹き飛んだ。
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