ほら、生きておる

 世界が繋がったとき、暗赤色の髪と同じ色の瞳、和風の軍服を着た彼—―御剣華也はすぐさま中央の塔へと駆け出そうとしていた。


「私はとりあえずあの塔を目指す。 花、君は後退して安全を確保。 後に術式を起動してくれ」

「畏まりましたお兄様。 で、どの程度やってよろしくて?」


 華也と同じ色の髪を持ち、同じような服装をした花と呼ばれた少女—―華也の妹は楚々と頷き、小首を傾げた。


「各国の上位陣と我が家だけでいい」

「それだけですか……物足りないですね。 どうせなら世界中に視界を共有—―」

「頼むから余計な事をしないでくれ。 ろくなことにならないからな」

「まあ、ひどい物言いですこと」


 華也がもの凄い渋い顔をしているのを見て、花はころころと笑う。

ひとしきり笑った後に表情を真剣なものに変え、華也を気遣うように見つめる。


「無理しすぎないようにしてくださいね。 ちゃんと帰ってきてください」

「分かってる。 花も警戒は怠らないように」

「ええ、しっかりと」

「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいませお兄様。 ご武運を」


 二人はお互いに踵を返し、花は草原の端—―外縁部に、華也は混沌と化した中央部に向けて駆け出した。


 横倒しになっている廃ビルの上を飛び移ったり、急勾配の道を駆け抜けたり、緑を掻き分けながら華也は進む。

そうして、塔まで約1km付近まで来たとき、一枚の花びらが華也の耳元に付いた。


『お兄様聞こえますか』

「ああ、聞こえている」


 花の声が耳元に付いた花びらから流れ出す。無線やスピーカー等とは違い、直接脳内に語り掛けているかのようにクリアな音だ。


『準備完了致しました。 既に俯瞰の映像と音声も送っております』

「分かった、ありがとう花」

『どういたしましてお兄様』

「さて、皆さま夜分遅くに申し訳ありません。 一方的になってしまいますが、何が起こったのか私の方から説明させていただきます」


 今までよりも更に、ゆっくりと周囲を警戒しながら、声を落として進む。


「と言っても、私も何が起こったのかよく分かっていないのですが――大きな振動の後一瞬にして地形が変わっていました。 より正確に言えば、草原がどこか別の場所に繋がり融合した、でしょうか。

御覧の通りの有様で進むのも一苦労です。

また、ここまで進んできた中で、生物を一切見ていないので不気味さに拍車がかかっています」


 淡々とした口調で説明を続け、目の前まで来た塔を指して、これまた淡々と言葉をつなぐ。


「目下最大の謎がこの塔です。

地形が変わった瞬間、この塔も一緒にここに現れました。 あまりにも目立っていたので何かが分かると思ってここまで来たのですが……入口すら見当たらないですね。

反対側も見に行ってきます」


 ゆったりとした足取りで塔を観察しながら外周を回る。

 月光が照らす塔の外観は異様で、ただの大きい棒のようにも見える。上の方に窓がついていることから辛うじて建造物だと認識できる程度だ。


「塔自体は――とても硬くてつるつるしていますね」


 その硬さは例えるならば金属に近しいだろうか。分厚く硬く詰まっている、そんな印象だ。

また、灰色でつるりとした質感は塗料によるものなのか、それとも材料によるものなのかは分からないが、確実に何かしらの加工はされていることが見て取れる。


「私の全力でなら斬れる気もしますが――それは入口が見つからなかったときにしましょう」


 そうしてしばらく歩き続け、警戒心が薄れてきた頃――突如轟音が鳴り響き塔が揺れた。

 それに対して取り乱すでもなく、ひたすら冷静に。


「向かいます」


 と、一言だけ呟き、気配と足音を殺して進む。

 ゆっくりと歩を進めていく最中にも二回、三回と轟音が鳴り、塔を揺らしている。

 四回、五回、そして六回目が空に響いたとき、その轟音の発生源を見つけ――そして、見つかった。


「よう、随分と警戒してたな。 お前、これについて何か知ってるか? ていうか言葉分かるか?」

「……」

 

 茶色の髪を後ろになでつけた背の高い男が戦闘服を身に纏い、塔に背を向けて立っている。

 飄々とした態度で話しかける男には敵意も警戒も何一つ見えない。この異常事態のさなかでも至極冷静で平常心を保っていた。

 だからこそ、警戒をしなくてはいけない。何が起こってもいいように。


「だんまりか……でも理解はしてそうだな。 おーい、暴力と対話どっちがいい?」

「……話し合いで解決できるならそれに越したことはありません」

「いいね~平和的に――っ‼」


 瞬間、二人はその場から飛びのき、臨戦態勢に入る。

 二人が警戒のまなざしを向けるその先には、ポツンと小さな黒点が生じていた。

 突如出現した黒点は月明りしかない薄暗い夜の中にあってもなお黒く、その存在をこれでもかというほどに主張している。

 まるで半紙に墨汁を垂らしたかのように、じわりじわりと輪郭がぼやけ空間に滲んでいき、大きくなっていく。

そうして大きさが人一人分くらいになったとき、その向こう側から声がした。


「話し合い? わざわざ我が引き合わせたんだ、ここは平和的に殴り合いをすべきであろう」

「誰だか知らねえけど、あんた、平和的って言葉、辞書で調べた方が良いぞ」

「ええ、殴り合いには平和のへの字もないですよ」

「……互角に戦える相手が欲しくはないか?」

「無視か」

「無視ですね」


 三人の間に沈黙が落ち、空気が一気に緩くなった。

 それまでの警戒や緊張は鳴りを潜め、代わりに向こう側からしょんぼりとした気配が流れ込んでくる。


「と、とりあえず顔をみせろよ。 話ってのは顔を突き合わせてこそだろ?」

「そうですね、平和のためにもまずは話を」

「おい、ナチュラルに煽るな」

「煽ってませんよ?」

「自覚なしってまじか……」

「煽りって――殴り合いが平和的だなんて随分と治安が悪いところに住んでいるんですね。 まあ、まずは言葉で語らいましょうよ、平和的に――みたいなやつのことですよね」

「うわぁ、殴りてぇ」

「私は殴りましたよ」

「平和はどこにいった平和は」

「おいっ! 我のことを忘れてないか!?」

「「あ……」」


 二人がそろって声の方向に向き直るとそこには、真っ黒の髪、真っ黒の瞳で真っ黒の服を着た男が立っていた。


「魔王……?」

「魔王、ですね……」

「そう、我は闇の主。 かつて魔王と呼ばれたことも多々あった男よ」


 なんか黒ベースのカチッとした服に、ファー付きのマント。まんま魔王みたいな服装の怜悧な顔つきをした彼は嬉しそうに、一方的に話し始めた。


「やはりそうか、魔王というのはどこの世界でも似たような装いになるのだな。 世界の垣根を超えた共通認識。 もはや概念にまで昇華されているのではないか? ならばもっと強力な付与ができそうだが……まあ、後でやれば良いか。

さて、先ほどの問いかけの意味やこの現状についての説明などは……これも後回しにしよう。

お前たちの疑問を解消する前にやることがあった――邪魔をしてくれるなよ?」

「おい、いったい何を――」


 言葉を遮るようにして、すさまじい力の奔流と靄のような闇が彼の体から溢れだした。


「闇夜の揺り篭が安寧を齎す。 星海を渡り彼方へと運ぶ。 全ては闇で繋がり、闇で分かたれる。 我、闇を統べし者なり。 自在の理にて業を成す――運べ、闇船」


 溢れ出た闇が彼の隣に渦巻き、収束する。薄かった黒がどんどんと濃くなり、形を変えていく。

 そうして出来上がったそれは繭のような楕円形をしていた。


「それは……?」

「まあ、待て。 すぐに分かる――ほら」


 三人が黒色の繭に視線を向ける。

 まるで皆が注目するのを待っていたかのように、繭が開き始めた。

 その中身は――


「死体?」

「死体、ですね」

「いや、そんなことは……」

「……うぅん」

「ほら、生きておる」


――気持ちよさそうに寝ている、変哲もないTシャツとジーンズ姿の、灰色髪で隻腕の青年だった。

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