世界は一つになった

 新暦元年—―世界は一つになった。

人々は混乱を極め、すべてが終わるのだと絶望する人、新たな未知がやってきたと狂喜する人、自身の日常に影響がないと高を括っている人、そもそもそのことすら知らない人だっている。

 いろんな人がいろんなことを起こし、衝突し、争い、奪い合う――なんてことになる前に各々の世界の最強が全てを黙らせた。もちろん武力で。

何が起こったか簡潔に言うと――四人で大乱闘、世界に生中継。皆が大人しくなった、やったね!

そうして人々の心に暴力の恐怖と最強の所以を刻み付けたのだ。

 まあ、そもそも何故四人が戦うことになったのか。それはとてもシンプルな理由だ。


 自分と同じくらい強いやつと戦いたい――それ以外にはなかった。ただし、一人を除いて。



 世界が一つになった日—―午前0時。



 御剣華也の事情、又は頭痛の種。


 御剣家邸宅—―当主の寝室。


「誰かいるか?」

「はっ――ここに」


 月明りしかない薄暗い部屋に二つの人影。


「愚妹がまた勝手に出て行った」

「……」

「追わなくても良いだろうか」

「いえ、それは……」

「はぁ……」


 深いため息と共に沈黙が訪れる。


「……行ってくる。 留守は任せた」

「承知致しました。 お早いご帰還を祈っております」

「ああ、できるだけ早く帰れるように努めよう」


 その言葉を境に一つの人影が溶けるように消え、もう一つの人影が部屋の窓から飛び出した。

その影は軽やかに跳ね、かすかな物音と共に闇夜を駆ける。


 目的の人物の行方は知れず、痕跡だけが点々と続く。


 兄にだけ分かるように巧妙に跡を残し、頻繁に姿を消す妹。

そんなかまってちゃんな妹に毎度のごとく振り回される兄。

傍から見ればさぞ微笑ましいのだろうが、振り回されている兄はたまったものではない。

 しかも、妹の行先では毎度の如く何かしらのトラブルが起こる。そしてそれを解決するのは全て兄。—―ああ、たまったもんじゃない。


「お兄様、今日、全てが変わるわ。 そんな何かがここで起こる予感がするの」

「草原の真ん中で、一体何が起こるのか教えてほしいね妹よ」


 御剣家で日常になってしまったこれが御剣華也の運命を変え、世界に混沌をまき散らすのは、もう少し後の話。





 神薙夕乃の事情、又は巻き込まれ体質。


 とある荒野の地下—―というよりかは地盤の崩落現場。

その崩落に巻き込まれた一人の男がいた。


「あー……どうしたもんか……」


 その男は崩落に巻き込まれていたはずなのに、目立った汚れさえ見当たらないほど全くの無傷。

積もった土塊の上に胡坐をかいて空を見上げる。


「随分と空が遠くなった」


 危機感を欠片も感じることができないその声が、やけに広い地下空間に響く。

わずかな月明りしか届かないため、その空間の全容は知れず、無暗に動き回るのを躊躇させた。


「朝になるまで待つか……よし、寝よう」


 そのまま仰向けになって瞳を閉じる。

 彼が目を覚ました時には世界は変貌していて、その後目の前で起こる戦いに巻き込まれ、何故か戦った相手たちと仲良くなって世界を旅する。

その時、彼は思った――僕、巻き込まれすぎじゃない?





 六辻文人の事情、又は命令違反。


 一人の男が山の頂上で夜空を見上げ、何かを待つようにじっと動かずにいた。


「六辻、今すぐに基地に戻れ。 これは命令だ」


 彼が装着しているイヤホンから聞こえてきた声には、苛立ちと焦燥が混じっている。だが、彼はそんなことなど意にも介さずに飄々とした態度を崩さない。


「戻りませんよ。 どうせ俺が出動することになるんですから、ここに居たっていいじゃないですか」

「屁理屈をこねるな! 今その場所で何が起ころうとしているのか分かっているのか!」

「分かってますって。 何が起こるか分からない、でしょ?」

「だったら早く戻って――」


 彼はあくびをしながらイヤホンを外し、その電源を切る。

最後の最後まで怒鳴り声が響いていた気がしたが、彼の耳がその声を拾うことは無かった。


「うるせぇよ。 俺がやんなきゃ誰かが死ぬんだ」


 誰に聞かせるでもなく呟き、一つ息を吐いた後に空を見上げ虚空を睨みつける。


「さあ、何でも来いよ。 俺が全て叩き潰してやる」


 彼が後に背中を託すことになる仲間と出会い、重圧から解放される時が刻一刻と近づいていた。





 赤城未王の事情、又は黒歴史。


 その場所は闇しか存在していないのではないかと錯覚してしまうほどに、暗く暗く閉ざされている。

そんな暗闇の中心で一人の男が闇に腰掛けるかのように座っていた。


「そろそろか……我の新たな歴史の幕開けは」


 光のささない暗闇の中で不敵な笑みを浮かべながら言う。


「どこの世界の誰かは知らぬが、よくもまあこんな酔狂なことを考える」


 そこには闇しかないはずなのに、何かが見えているかのように呟く。 


「世界を物理的に繋ぐなど、荒唐無稽にも程があろう」


 暗闇しか映さないはずの瞳が煌々と輝きだす。

その光は暗闇の中にあってもなお認識できる程に黒く煌めいている。


「だが、おもしろい――我が力を貸してやろう」


 黒の煌めきが光量を増していき、中空に陣が描かれ始めた。

その陣は空間を埋め尽くさんばかりに、どんどんと広がり緻密さを増していく。


「我、闇天に座すものなり。 極光を平らげ全てを呑む。 故に、睥睨へいげいし、渇望かつぼうし、艶羨えんせんし、叫喚きょうかんし、嫣然えんぜんし、飢渇きかつし、懈怠けたいする」


 陣はさらに密度が増し、新円に近くなっていく。


「怨嗟の呪縛、肉の伽藍、魂魄の昇華。 生まれて死に、死して生まれる。 輪廻は巡り全ては我に帰結する」


 陣が動きを止め、逆再生するかのように解け、世界に散っていく。


「破壊と創造、理の流転、創世の御業を今ここに」


 先ほどまではすぐそこに、手が触れるくらいに近くにあった陣の残滓が消え、彼一人が静かに佇んでいる。まるで、嵐の前の静けさのように。


「繋げ—―闇天『世渡り』」





 

 ズンッ――と世界が一度大きく揺れた。

 そして、たったそれだけのことで五つの世界が繋がり、一つになった。


 繋がった場所は、草原、荒野、山、地底、そして荒廃しきったビル街。

 各々の最強が居るところに意図して繋がっている。もちろんそれをしたのはどこぞの中二術師なのだが。なお、のちに語った理由は面白そうだったからである。


 と、まあ、そんなことは置いておいて――五つの場所がくっついた結果、そこは混沌という言葉がぴったりのとんでも空間へと変貌していた。

 分かりやすく例えるのなら、絵の具を想像してほしい。

五色の絵の具を五角形の頂点に置き、そこから色を伸ばしていく。隣り合った色の境界線はぼやけ、中心は五つの色が混じりあう。


 配置は右回りに、草原から山へ、山から荒野へ、荒野から地底へ、地底からビル街へ、ビル街から草原へ。

全てが混じりあった中央は、直径約10km、まるで終末世界のような様相を呈していた。

緑が生い茂った場所もあれば、逆に一つも緑が生えない場所もある。小高い場所も低い場所もある。そしてそんな地形に廃ビルが斜めに横にと乱立している。


 そして一番混沌と化した中央部分のさらに中心には――高い高い灰色の棒みたいな塔が聳え立っていた。

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