橋梁の国

YachT

橋梁の国

 建造物の残骸で出来たコンクリートの椅子に座って休んでいた。遠くにはネットタワーが見えている。錆付いてもはや昨日していないそれには、傘状の骨組みを利用してそこに掛けられたいビニールによって屋根となっていた。そのタワーはつい先ほど通り過ぎた所であるが、人が多く集まっていて賑わっていたのを覚えている。そろそろ出発しようと思い荷物の固定を確認する。弾性カーゴへの固定を確認したところでバギーを予備始動した。軍用車両のジャンクから作った作用腕軌道は回りづらく、必ず予備始動が必要なのだ。メーターが「非常に良い」と示すのを見計らって完全始動を開始する。軌道の独特な、重低音と人のため息のような音が鳴る。スロットを回して目的の場所へと向かう事にした。


 夜になり、道中になにもない事に少しだけ焦りを感じた。危ない事はないと予想しているが、万が一襲撃にあった時のために銃に弾を込める。周辺に意識を向け続けながら走っていると正面約70m先に影が見えた。電子バイザーを取り出して確認する。暗視を使ってもなぜかはっきりとその姿をとらえる事が出来ない。そこで熱視に切り替える。するとあまりにもはっきりと、いびつな四本足が見えた。ただ静止して立っているだけでこちらに近付いて来ないものの、少なくとも人ではないし光学迷彩で姿を隠している以上、味方であるとは言えなかった。バイザーを付けたまま、朝まで動かない覚悟をして膝をつき銃を構える。銃は一度に一発だが当てれば確実に倒すことができるだろう。しかしそれは同時に、外せば次はないという事を表している。それの熱源を注視し続けていると眠気が来て意識を失いそうになる。私がそのようにして睡魔に襲われて肩が少し下がる度に相手は少し身動きをする。完全に私の動きに合わせて動いているようだ。このようにしてミリ単位の攻防戦を繰り返していると相手が急に動き出した。四つ足が地面から離れて宙に浮いて滑るように近づいてくる。まるで幽霊のような動きの不気味さに恐怖を感じながらも狙いをより正確にする。銃口から白色の閃光が出て爆音が鳴る。幽霊は金属の部品と青い液体をまき散らしてはじけ飛ぶ。バイザーを脱ぎフラッシュライトを付けて残骸を確認する。腰のハンドガンをお守り程度に構えながら覗き込む。大破して明滅した光学迷彩により消えたり現れたりしている。辛うじて駆動しているカメラはこちらを向き、アームのサーボを動かしている。核パーツから溢れ出る青い循環液は、核の中身の有機的さも相まって生き物の体液のように見える。死にぞこないの幽霊はいまだに私を殺そうとして来るので死なせてやろうと思ってバッグからニッパーを取り出してきた。ついでに部品でも取れるかと思いいろいろいじっているとスピーカーの接続不良が解消されてしまったようで音声を流し始めた。


 「助けてくれ゛ぇ!嫌だ!死にたくない!う゛ぇ…あぁぁああ!!!」


 これの兵器としての一面だ。戦場で見つけた負傷者を見つけて、目の前でその人物の発した悲鳴や断末魔、命の終わりが差し迫った人々の言葉にならない朦朧とした声を録音して流すのだ。つまり、この音声はかつての時代に実際に亡くなった誰かの声だ。当時は「トラウマ」と俗称されていたそうだ。何十年も前に終わった戦争の傷跡、ましてや一番醜く恐ろしい部分を今の時代も残そうとする物体が今も存在し続けている事に落胆しつつ、バッテリーとの線を切った。魂の叫びが消え、静寂が帰ってくる。想定外の事に精神的な疲弊が来てしまったが、このままここで野宿するのも危険であると考えてバギーに乗り走り出した。


 周辺に設置した侵入検知プローブの警報音で目覚める。昨日見つけ出した移動式のシェルターの中で起き上がり、窓とはいいがたいスリットから外を覗く。大きなバッグを背負った人だった。


 「ごめんなさーい!!なんか鳴らしちゃいました!!」


 見る限り武装はしていないようだ。私が警戒のために置いたプローブが人の通る道にまで入り込んでいたようだ。警報を切ってシェルターの中から話し掛ける。


 「気にしないでください!商人ですか?」


 「まぁそうです!このすぐ先の街で商店してます!どうせなら今なんか買います?!」


 「…いや今はいいです」


 やけに調子のよい商人に困りながらも申し出を断る。商人は別れを言って去って行った。


 しばらくして片付けを終えた私は走り出した。先ほどの商人が去っていった街である。噂で、辛うじて健在の観測衛星と通信ができる機器を持っている人物がいると聞いたのだ。それで今度こそこの旅の最終目的地を探すのだ。街はそれなりに賑わっていた。かつてここにあった基地のために使われていた発電所の電気は人々の生活のために使われていた。露店からいい匂いがするので一つ買い、案内所のような場所はないかと訪ねて聞き出した。案内所ではないが、市場を管理している事務所があるのでそこで行くといいんじゃないかと言われてそこに向かうことにした。わざわざ管理組織があるとはレベルが高いなと感心しながら歩いて行く。途中、娼館エリアに入ってしまい、道を間違えたかと思ったが、親切な客引きがこの先で合ってると教えてくれたので助かった。あんな客引きで客がとれるのかと思ったが、案の定その後すぐに出てきた店長と思しき男性に𠮟られていた。ところで道は合っているとのことであったが、とても信じられないほど暗く閑散としたエリアになってきた。商店街とは離れて、人々が細々と暮らす貧相な住宅街であった。住民たちは珍しい来客に視線を向けた。気まずさを感じながらも進むと、住民が集まっている建物を見つけた。第一印象は役所であった。建物の中に入ると老若男女がおり、一部の場所は診療所として機能している様だった。メインの窓口らしき物が見当たらないので建物内歩き回っていると職員と思しき人物に話し掛けられた。


 「この街の方じゃないですね」


 「あ、そうです。遠くから来ました。」


 「ここにはなにかご用で?」


 「この街で人を探してまして」


 「目的は?」


 この時点で半分尋問であると感じられた。門外漢がうろつきながら、話しかけてみれば人探しだと言う。下手をすれば借金取りのように追い回している人物である可能もあるのでそれを警戒しているのだろう。この街は住民に親切だ。恐らくは逃げてきた人などもいるのだろう。


 「すみません。怪しかったですよね。私はこれをある人に届けたくでですね」


そう言って本を見せた。この本は、子供のころ、住んでいた所の近くに住む男性から貰った小説だった。戦争が起きるよりも前に書かれたこの小説には、精細に戦争以前の世界が描写されていた。戦争中に生まれて、戦争のない世界にあこがれていた私に、その男性はこの小説を渡し、戦争前の世界を教えてくれた。そしていつかこんな世界に戻ればと願うようになった。私は大きくなり従軍する事になった。家を離れなければならないので小説を返そうとすると、お守りとして持って行って欲しいと言われて持ち続けていた。そして


「そのまま生きて戻ってきて、その時に本を返してくれ」


 と言われた。ついに長年の戦争が終わり、故郷に戻った所で男性はなくなっていた。決して死んだという訳ではなく、様々な事情からどこか別の場所に移り住んだという事だった。数年掛けた旅にてついにその手掛かりが得られたのだ。「橋梁の国」と呼ばれる街に住んでいるという手がかりだ。なんとも変わっているその街は、かつてあった長距離の海上高速道路が部分的に断絶した結果、島のようになった場所との事だった。手掛かりからあらかたの地域は絞れたが、そのような高速は多くあった。それを全て回るのは余りにも困難なので、この街で衛星を使い探し出すつもりだったのだ。いきさつを話し終えると職員は納得したようで答えを返してきた。


 「その衛星の人、おそらくウチのエンジニアでしょう。」


 なんとも、エンジニアの一人が放棄された基地の設備を修復し、周辺地域を観測して人命救助や治安のために使おうとしていたらしい。私はそのエンジニアの元へと案内された。


 エンジニアと職員複数名と共に、復旧作業中の基地についた。街のプライバシーを守るために、決して住宅街にはカメラが向かないようなコードを書いたり、周辺地域で人を確認すると知らせてくれるコードを書いているなどの解説を受けつつ、本題に入った。


 「高速ですか?」


 「そうです」


 メインコントローを動かし、衛星を操作している。モニターには広域の景色が写っている。スキャンがかかり、海上高速がマークされていく。この中でも特に、途中が途切れて島のようになっている物が写っていく。


 「この4つですね」


 「この中に人が住んでいる可能性のある場所ありますか?」


 住んでいるわけがないだろうという顔をするが操作をしてくれる。


 「…じゃあ熱源でも見てみましょうか」


 熱源表示に切り替えたとたん、一つだけが明らかに眩しく写った。


 「噓だろ。人が住んでる。」


 おそらく、これが橋梁の国であろう。私は彼ら感謝を述べ、道中で手に入れたい価値のある部品などを提供して去る事にした。


 目的の場所までただただ走り続けた。数日掛ったが、途中途中で廃棄されたトラックや建造物を継いで辿り着いた。海岸にバイクを止めた。海へと飛び出た橋梁の名残がある。そして海上には残った橋梁がある。双眼鏡で見る限り、破損しているが一部新しく加えたパーツで補強しているように見受けられた。そして、肝心の問題であるがいかにあの場所にたどり着くかに悩んだ。見回していると海岸に小屋があるのが見受けられた。そこに向かい中に入ると内線通信機があった。ケーブルをたどると砂の中に続いていて、橋梁の国へと通じているのかと考えられた。私は通信機のPTTボタンを押し話しかけた。


 「すみません…こちら海岸の小屋から通信してます」


 しばしの無音の後、女性が話しかけてきた。


 「どなたですか?」


 私は出来得る限りの情報と、探している男性の情報を述べた。再びの無音の後、その場にいるように指示されたためしれに従う事にした。ただし、女性の応対があまりにしっかりしていて不自然に感じられたので、警戒して銃の準備をした。暫くすると海上からボートが来た。ボートには男性が二人、と女性が一人乗っている。特に、男性の一人はしっかりと整備されたライフルを持っている。女性はボートからおり、武器持ちと一緒にこちらに歩いて来る。


 「安心なさって下さい。我々は味方です。」


 そう言って小屋の中に女性だけ入ってくる。


 「無警戒過ぎないか」


 「私が死んだところで、外の彼が対処しますし」


 彼女は話を続けた。


 「あなたの探している方はたしかに、あそこでご存命です。本人に連絡したところ、ぜひ会いたいという事です。」


 「ほんとに?!」


 警戒は解けないが、ここまで来たのだ。私はボートに乗った。ボートが橋に近づくとその全貌が見えてきた。残された橋脚を利用してまるでツリーハウスのように住居が立っていた。海面すれすれの建物をよく見ると、海中に続くパイプを伸びているのが見えた。女性が話し始めた。


 「ここは戦後、有志によって結成されたネットワーク修復作戦の本部です。」


 彼女の説明によれば、ここの海底より下の地下には、この星全体でのネットワークを補助するための施設があるのだが、終戦ギリギリで敵国に利用されることを防ぐため意図的に一部破壊されたのだそうだ。それらを復旧して、復興に役立てようという事らしい。そのプロジェクトに私の探している人物も参加したのだそうだ。戦時中にシステム管理の会社でシステムエンジニアであった彼は、このネットワークの構築に携わった事があったため、真っ先に志願したのだそうだ。船着き場につき、降りるとせわしなく歩き回る人々の中を歩くことになった。どの人もここで修復を進めていち早く世界を直そうと志願した人たちだ。人々が着ている服は様々だが、かつて敵国同士であった国の軍服が入り混じっていた。私はリフトに案内され橋脚を登って行った。上の方は居住区のようで様々にくつろぐ人々が見られた。そのまま一番上へと辿り着いた。かつては車が通っていたであろう場所には家が建っていた。そのまま案内されとある家の前に辿り着いた。


 「どうぞ、ここです」


 扉の小窓からは何人かが机の周りに立って話し合っているのが見えた。私はドアを開けて中に入った。ゆっくりと廊下を進むと、話し合っていた人々は私の方を向いた。その中の一人、すぐに分かった。あちらもすぐに気付いたようで速足で近付いて私の顔を見るや否やハグをして来た。


 「あぁ…生きてたんだな」


 「はい」


 彼はそうかそうかと喜んだ。彼は先ほどまで話していた人たちに彼抜きで少し進めるように言った。私はバッグから小説を取り出して彼に見せた。


 「早くこれの世界が来るように頑張らないとな。だけどその前に、色々話すか。酒も飲めるだろ?」


 彼はそう言った。私達は数十年ぶりの再会を祝う事にした。

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橋梁の国 YachT @YachT117

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