第5話

 村ではブータを主導に脱出の準備は大急ぎで進められ、すぐさま皆でルルリリラ村へ向けて出発した。


 ブードンの事が心配ではあったが、彼の意思を無駄には出来ない。臭い消しの葉をちぎりながら村人達と黙ってしばらく進むと、言われていた通り浅い川が現れた。


「ここを超えれば安心だ。みんながんばって!」


 ブータが皆を励ますが、獣人達の顔は浮かない。

 やはり村の事がブードンの事が気になっているようだ。それは私も同じだった。


「みなさん、ごめんなさい。やっぱり私はブードンさんを見捨てられません」


 私は走った。

 背後から何か叫び声が聞こえたが無視して走った。

 ブードンさんが一人だけ犠牲になるなんて間違ってる。


――「ぐああぁ!」


 村へ戻るとブードンさんがワイルドボアと一人で戦ていた。

 全身ボロボロのその姿は痛々しく。血まみれの体は必死に時間稼ぎをしていたであろうことがうかがえた。


「ブードンさん!」

「ユノさん……なぜ戻ってきたんです!」

「一人は責任を負うなんて間違ってます!」


「ブォォォオオオオオ!」


 ワイルドボアが覚えのある臭いに気付き、私に向かって突進を繰り出した。


「ファイヤーボルト!!」


 右手から飛び出した火炎弾を見て、ブードンが驚いた。


「ま、魔法?! 人間?!」


 火炎弾は真っ直ぐ飛ぶと、ワイルドボアに……当たらなかった。軽やかなステップで避けると、そのまま私に向かってきた。


「ブオオォオオオン!!」

「ぐぉおお!!」


 私にぶつかる直前で、ブードンがワイルドボアを受け止めた。ワイルドボアの牙が腕に刺さり血を流すも、その腕はワイルドボアを離さなかった。


「は、早く! ユノさん!」

「はぁあああ! フレアブレード!」


 身動きの取れないワイルドボアの胴体を、高温の炎刃が貫いた。


「ゴアァァアアアア!」


 胴体が真っ二つにされたワイルドボアは、燃えながらその場に崩れ落ちた。


「た、倒せたぁあ〜」


 気が抜けて腰を下ろしていると、背後に斧を持ったブードンが近づいてきた。


「魔法を使えるのは人間だけです。私の妻は人間に連れて行かれました。人間は私の敵です」


 その悲しい瞳になにも言えないでいると、ブードンが斧を振り上げ、私に向かって力強く振り下ろした。


 ガンッ! 鈍い音を立て、ブードンの振り下ろした斧は私のすぐそばの地面に突き刺さった。


「ユノさん、魔法を使うあなたがもし人間だとしても、私はあなただけは信じられる」

「ブードンさん……」


 その表情は上ってきた朝日に照らさらて読み取れないが、穏やかな声だった。


「おーい!」


 村の入り口のほうから声が聞こえ、逃げたはずの村の獣人達が戻ってきていた。


「みんな……」

「お前さん一人にかっこいい思いをさせてなるものかっ」

「そうだぜ。ここは俺たちの村だ!ってまさかブードンが倒したのか?」

「……ええ、まぁ」

「すげぇな」

「……しかし、なぜワイルドボアが村に来たのかね」


 カエル爺には村人の誰かがやらかしたと確実しており、その責任をどうするのかとブードンへ問いた。


「……今回の件は、ブータがワイルドボアを刺激したことが原因です。彼には相応の罰を与えます」


 村人からざわめきが上がると共にブータへ視線が集まる。


 そしてブードンは斧を拾い上げると、ブータに突き出した。


「お前は罰としてもっと強くなり、この村を守れ。いいな」

「父ちゃん……」

「村長だ」

「はい! 村長! おいら強くなってこの村を守るよ!」


 パチパチと拍手が上がり、皆がブータを許して受け入れた。


――「確かこっちの方だったような」


「超嗅覚、便利ですね。まさか昨日通った場所がわかるなんて」

「へへ、おいらの自慢のスキルだからな。おっとここまでだよ」


 復興作業があらかた終わると、ブータに協力してもらい私はこの世界に来て初めに降り立った場所まで戻ってきた。


「確かに、ここみたいだけど……」


 あの時は見落としたけど実はワープみたいなものがあるのかと思って来てみたけど。


「やっぱり何もないか……」


 キー……ンカ……コーン


 その時、明らかにこの世界の物ではない音が微かに聞こえてきた。


「これ、チャイムの音?!」


 私は慌てて超聴覚のスキルを装備して、音のした方へ反射的に振り返る。


 よく見ると、私が出てきた場所の近くに薄らと時空の歪が現れ、その先にうっすら旧図書室が見えた。


「こ、これだ! やった! ブータ! ブードンさん! ありがとう! 私、帰るね!」

「そうですか、またぜひ遊びにいらしてください」

「また? ……うん! またね!」


 キーンコーンカーンコーン


 三度目のチャイムの音で、時空の歪みが大きくなって向こうにはっきりと旧図書室が見えた。


 私は思い切って飛び込んだ。


 すると、この世界に来た時のように視界が歪み、ぐにゃぐにゃの世界を通ると、懐かしい匂いがしたと思うと、ドサっと床に腰を打ち付けた。


「痛ったたたた……」


 思わずお尻をさする……。ない! 丸い尻尾がなくなってる!


「わ! 元に戻ってる!」


 毛むくじゃらだった足も腕も元に戻り、もちろん頭に耳もない!


「やったー! 帰ってこれたー!」


 思わず涙が出た。あのまま兎獣人の姿だったらどうしようかと、こっちの世界じゃモンスター扱いでどんな目にあっていたか……。


「あれ、そういえば、時間……」


 旧図書室に置かれたデジタル時計を見ると、十八時三十分。


 しかも私が異世界に移動した日と同じ日だ。つまり、午後の授業が終わって日直の仕事をしてたから、一時間ほどしか経ってない?


「嘘……。ブータのところで一日寝泊りしたのに……」


 もしかして、時間の流れが違う?


 こっちの一時間があっちでの一日なのかもしれない。


 そしてチャイムの音がこっちに戻ってこれる合図?どうしてそんな仕組みになっているのかわからないけど、これが事実ならまたあっちの世界に遊びにいけるかもしれない。


 こうして私の初めて冒険は終わった。


「明日は、良太も連れて行ってみようかな。放課後だけ獣人になりに」

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放課後モンスタークラブ まめつぶいちご @mametubu_ichigo

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