うたた寝で見た夢を思い出す。

 三人のものであった空間から追い出される夢。

幸福の頂点まで上がってから落とされる夢。


 この少年は、もしかするとユミに

私とは違った感情を抱いているのではないか。

わからないけど、わかり合わないのが男女。

 じゃあ、万が一があるかもしれない。


 似ていると思っていたけど。


 下駄箱で靴を履き替える。


 その万が一を私は祝福できない。

私が縋っている今の空間を、壊さないでほしい。


 「うわ、結構ふってるよ」


 リクはいつもの調子を保っていた。

月に三度は口を聞かなくなる時がある私のこと。

それを、見慣れている。


 ぬるい風が私の横を抜ける。

 雨の匂いが今日は濃かった。

 

 「あ」


 傘、忘れた。


 「大きいの持ってきたから。入りなよ」


 リクはいつもと変わらなかった。

変に優しいことをすると私の機嫌が悪くなるって知っている。

まどろっこしいやり取りがないのが楽だった。


 「ありがと」


 平常な声を出す努力をした。


 「うん」


 二人の肩が無理すりゃ収まるくらい、大きな傘。

リクがゆっくりと歩くから、私も歩幅を合わせて進む。


 「塾のこと、言いそびれてごめんね」

 「ん」


 細々とした声でリクは言う。


 「アヤが来てくれたら嬉しいよ。そしたら夏休みでも会えるし。

 まあみっちり勉強はしないとなんだけどね」


 本心では二人だけを望んでいるんじゃないの?

喉から出かかっていた。それを言えば、私が先にこの空間を壊してしまう。


 「三人でいる関係はずっと残したいよね」


 私の腹にリクのその言葉がストンと落ちた。


 「大人になって、金曜の夜に居酒屋で会うような三人でいたい」

 「え?」


 それは私が望むものだ。

言葉のままを私も夢想している。


 「この三人って丁度いいと思うんだ。

 二人じゃないからこそいい感じの反発感があるっていうか。

 多分、二人よりも三人の方がいい」


 ああ、それは私も望んでいるものだ。

恒常的な空間のことをリクは言っている。


 「あ、二人で帰るのが嫌ってわけじゃ・・・」

 「わかってる。私も同じ」


 雨の香りを吸った。

 重かった体がまともになって、息がしやすかった。


 心臓がアガっていた。


 この人の感性に私はひどく共感する。

望むものが似ているってことだ。


 思い違いをしていた。

くだらない夢と悪魔のせいだ。

誰も悪くはないのだ。


 「私たち同じ高校行けるといいね」

 「ユミが賢すぎることだけが懸念点かも」


 雨はまだ降っている。

でも、体の中は澄んでいた。


 内緒話みたいな会話を二人で続ける。

私とユミには出せない低い声が私の鼓膜を揺らしていた。

傘を忘れないと、こんな風に会話はできなかった。

 血管の浮くリクの手が傘を水平に保つ。


 この人は私のことも見ていた。


 私の思い違いだ。だから、二人には何もない。

それならよかった。


 「・・・良かった」


 

 

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スイートレモン 麻空 @masora_966

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