5
リクと私は帰宅部で、大抵一緒に帰る。
ユミはまだ引退もせずにテニスをしているのだから恐ろしい。
私とリクの性格は似ていない。
でも、感性のような何かが似ている。
人間関係はお互い狭い方だし、
勉強ってやる気になれるもんじゃ無いって思っている。
私とリクは、ユミに憧れている。
大体なんでもできてしまうあの人に憧れている。
リクは私より律儀だから、私が図書室にいる間は教室で待っていると言った。
4時も過ぎたから足早に階段を登っている。リュックは置いてくればよかった。
雨の音は校舎中に反響する。
頭の奥の方がジンジンと鳴っている。
耳鳴りの何たるかを私は知らないから、
これが耳鳴りである確証はなかった。
雨が私をおかしくする。
廊下の奥、一つの教室だけ明るい。
私は乱れた息を整えながら廊下を進んだ。
私とリクは似ていて、ユミに憧れている。
同じ尺度を持ってあの人に憧れている。
私はそう思っている。
扉の小窓から教室を覗く。
「あれ」
ユミとリクがいた。
机一つを挟んで向き合っている。
シャーペンを持って、ノートに向かう。
ユミが髪を耳にかけてちょっと屈む。
暗がりのその姿は妙にくすぐったかった。
あの人はどうにも美人だから。
二人の世界は、安定して見えた。
少年の横顔。
もしかしたら、その慎ましい表情はユミに何かを抱いているのかもしれない。
悪魔との会話が耳に染み付いてどうにも離れなかった。
それが正しいのなら、それは裏切りだ。
心地よく溶け合い適度に反発していた三人の距離が壊れてしまう。
裏切りだ。
扉を開ける。
力加減を見誤って、嫌な音が鳴った。
「おお、アヤお疲れー」
リクが何でもない顔して手を振る。
「部活は?」
「顧問が遅れてるからサボりに来ちゃった」
悪そうに笑ってみるユミ。
「それで、塾の課題を教えてもらってた」
私の知らない言語で二人が言葉を交わしている。
リクの顔が得意げに見えた気がして嫌だった。
「私も、塾入る」
安定した空気が霧散した。
私の言葉がどうにも固かったから。
そのせいでこの空間の空気が張り詰める。
「良いじゃん、私パンフレットもらってくるね」
ユミが整えるような声で私を撫でた。
偏った空気をいい塩梅に整える。
この人は私なんかよりもずっと出来た人間で、
そのことが、ずっと側にいるせいで透けて見えてしまう。
「うん」
それ以上の返事をする余裕が私には足りなかった。
リクの二の腕を握る。
「帰ろ」
「え?」
リクは慌ててリュックとノートを引っ掴む。
バイバイも言えないまま私はリクを引きずっていった。
ユミを教室に残して私は廊下を進む。
手を離してもリクが私に並んで歩いていることに安堵した。
「アヤ、どうしたの?」
「知らない」
駄々こねる子供みたいな私が嫌だった。
渦巻いているものを上手に釣り上げることができなくて。
だからやっぱり私は幼い。
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