リクと私は帰宅部で、大抵一緒に帰る。

 ユミはまだ引退もせずにテニスをしているのだから恐ろしい。


 私とリクの性格は似ていない。

でも、感性のような何かが似ている。

 人間関係はお互い狭い方だし、

勉強ってやる気になれるもんじゃ無いって思っている。


 私とリクは、ユミに憧れている。

 大体なんでもできてしまうあの人に憧れている。


 リクは私より律儀だから、私が図書室にいる間は教室で待っていると言った。

4時も過ぎたから足早に階段を登っている。リュックは置いてくればよかった。

 雨の音は校舎中に反響する。


 頭の奥の方がジンジンと鳴っている。

耳鳴りの何たるかを私は知らないから、

これが耳鳴りである確証はなかった。


 雨が私をおかしくする。


 廊下の奥、一つの教室だけ明るい。

私は乱れた息を整えながら廊下を進んだ。


 私とリクは似ていて、ユミに憧れている。

同じ尺度を持ってあの人に憧れている。

 私はそう思っている。


 扉の小窓から教室を覗く。


 「あれ」


 ユミとリクがいた。


 机一つを挟んで向き合っている。

シャーペンを持って、ノートに向かう。


 ユミが髪を耳にかけてちょっと屈む。

暗がりのその姿は妙にくすぐったかった。

あの人はどうにも美人だから。

 

 二人の世界は、安定して見えた。


 少年の横顔。


 もしかしたら、その慎ましい表情はユミに何かを抱いているのかもしれない。

悪魔との会話が耳に染み付いてどうにも離れなかった。

 それが正しいのなら、それは裏切りだ。


 心地よく溶け合い適度に反発していた三人の距離が壊れてしまう。


 裏切りだ。


 扉を開ける。

力加減を見誤って、嫌な音が鳴った。


 「おお、アヤお疲れー」


 リクが何でもない顔して手を振る。


 「部活は?」

 「顧問が遅れてるからサボりに来ちゃった」


 悪そうに笑ってみるユミ。


 「それで、塾の課題を教えてもらってた」


 私の知らない言語で二人が言葉を交わしている。

リクの顔が得意げに見えた気がして嫌だった。


 「私も、塾入る」


 安定した空気が霧散した。

 私の言葉がどうにも固かったから。

そのせいでこの空間の空気が張り詰める。


 「良いじゃん、私パンフレットもらってくるね」


 ユミが整えるような声で私を撫でた。

偏った空気をいい塩梅に整える。

 この人は私なんかよりもずっと出来た人間で、

そのことが、ずっと側にいるせいで透けて見えてしまう。


 「うん」


 それ以上の返事をする余裕が私には足りなかった。

 リクの二の腕を握る。


 「帰ろ」

 「え?」


 リクは慌ててリュックとノートを引っ掴む。


 バイバイも言えないまま私はリクを引きずっていった。

ユミを教室に残して私は廊下を進む。

 手を離してもリクが私に並んで歩いていることに安堵した。


 「アヤ、どうしたの?」

 「知らない」


 駄々こねる子供みたいな私が嫌だった。

渦巻いているものを上手に釣り上げることができなくて。

だからやっぱり私は幼い。


 

 

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