4
図書室は屋上と天井一枚隔てる。
五限の体育の頃から降り出した雨が打ちつけているのがわかった。
習慣のない動きをさせられていた腕がだるい。
「藤野さん、緋色の研究ってやつ取ってもらえる?」
「うん」
ユミとリク以外のクラスメートは私のことを苗字で呼ぶ。
私は机に平積みしていたハードカバーを彼に手渡した。
白い灯りで埃が舞うのが見える。
「藤野さんとあまり話したことなかったよね」
クラスメートの少年が言う。
4月から私と少年は図書委員になったけど、
6月になるまで仕事が回ってこなかった。
下校は早けりゃ早いほどいい。
喧騒が私よりも先に校舎を出ていくのがわかってちょっと不快だった。
リクを教室で待たせている。
「そうだね、話したことない」
「いつも、ほら、中村とかといる」
私とユミ以外のクラスメートはケイのことを苗字で呼ぶ。
ユミのことを小林と呼ぶ。
「そうだね」
「めっちゃ仲良さそうだよね」
「めっちゃ良いよ」
入学してすぐ、2年前の4月から5月まで。
出席番号通りの席順で、私はケイと隣だった。
ユキとは体育のペアワークで知り合った。
あの時から介助されっぱなし。
どうしたって最初は環境から始まる。
「昼休み、いつもどこ行ってんの?」
「屋上」
「エモいな」って彼は適当に言葉を返す。
確か、一年生の梅雨明けの頃だ。
弁当の匂いで籠る教室がどうにも好きではなくて、
私は二人を屋上に連れ出した。
別に、そう。図書室でも良かった。
教室の机よりもずっと広いものが8つも置かれている。
埃が舞わなきゃここでもよかった。
3人しか居ない空間があればよかった。
「俺、君たちみたいな関係憧れるわ」
「そうでしょう」
あの二人以外のクラスメートとの会話はいつも覚束ない。
気味の悪い浮遊感で脳が揺れるような気がする。
私は窓際の棚に回った。
カーテンが結ばれている。
そこだけは西陽を受け止めていて眩しい。
背表紙のナンバリングを見るだけで眩むのだ。
眩んで、名前も知らない靄が視界の上でチラついた。
少年の足の先に影が伸びる。
ぬらりと伸びて、私のそばで停滞する。
「ねえ、三角関係とかってないの?」
「え?」
少年は私の肩の横の古い棚へ本を戻す。
「いや、男女3人だからさ」
それは下品な笑い方をしている。
こういうものたちを私は見下さないといけない。
子供ねって鼻で笑う必要がある。ぐうの音が出ちゃいけない。
「ないよ。末長く友達」
私は確信しているのだ。
ケイとアヤは大人になっても
居酒屋だとかでぼやきあう仲でいる。
随分自然にそのイメージが湧いてくる。
コテージに住むのは夢みたいだけど、
大人になって、居酒屋にいる私たちは現実味がある。
「男子って、すぐ履き違えるものらしいよ」
少年は私の方を見ずに言った。
口元が裂けるように笑っているのが横から見える。
「何を?」
「好意とかを」
「リクはそんな人じゃないよ」
「小林さんって美人で性格も完璧だよね」
私とリク以外のクラスメートはユミのことを苗字で呼ぶ。
陽が眩しかった。目が眩んだ。
だから私はカーテンを全部閉めた。
蛍光灯の正常な光だけがここを照らしている。
雨はまだ、鳴っている。
残っていた数冊の単行本を適当にぶちこむ。
光の跡が視界にちらついていた。
「私、人待たせてるから帰るね」
クラスメートは奥の棚の辺りから首を伸ばす。
「お疲れ藤野さん。鍵は閉めとくよ」
「ありがとう」
廊下にでる。
窓が曇っていた。
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