最終話
東京駅に来たのは久しぶりだったので、おれたちは軽くエキナカの人気店らしきラーメン屋で昼飯をとることにした。ここ数日はそこまで食欲がわかなかったのだが、斎藤と別れてすぐに腹が鳴ったというのもある。自分の体の単純さに呆れたが、阿久津は飯を食う口実を得たとばかりに、しっかりおれを道連れにした。
飯を摂取した後、中央線の揺れに身を任せながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。日の光を照り返すビル街が美しい。無秩序に見えて、じつは整然としているところも。正午を迎えたコンクリートジャングルに目を奪われつつ、しばらくして青空ばかりが目に入り始めたので、向かい側で立ったままウトウトしている阿久津に声をかけた。
「タケさんにはどこまで話したもんかね」
「……べつに、ありのままを話せばいいだろう」
「最終的に殺人教唆したって?」
おれは意地悪く返す。阿久津は目を手の甲でこすり、目つきを悪くしたままおれを見た。
「人聞きが悪いな」
「事実だろ」
「あのばあさんたちの本性を、そのまま話してやればいいんだ。じつは昔じいさんが人をはね殺していて、葬式で被害者遺族とひと悶着あって、その騒動に巻き込まれたってな」
「いやいや、斎藤を呼んだのはお前だろうが」
「そのとおりだ」
阿久津は悪びれることなく肯定した。
「あんたが言いたいなら言えばいい」
「お前の心証、最悪になるぞ」
「別に。ただ行きつけの飯屋がひとつ、無くなるだけだ」
嫌味ではなく、阿久津はあくびをしながら、大したことでもなさそうに言った。おれは肩透かしを食らった気分で、返す言葉を失う。
時折、こいつはこんなふうにとても淡白になる――本当は胸のうちに得体のしれないなにかを秘めていて、顔には出さずともそれがマグマのように煮えたぎっていたりするのに。
今回の件もそうだ。斎藤の件に自ら飛びこんで接触し、今回の騒動を引き起こした。それは自分の中の基準にはみ出しているなにかを感じ取ったからだろう。確かめて、答えを出さずにはいられない。いったいなぜ、こんなことが起きたのか。すべてを明らかにして、自分の中で折り合いを付けたがる。
なのに、その行動の指標となるなにかに、自分自身の損得を突き合わせることはしないのだ。自己犠牲的だとは思わない。でもその、他人に対する興味に反して自分にはとことん無頓着なところが、おれは時折怖くなるのだ。
ふと思う。斎藤はこのことを言っていたのだろうか。だとしたらたいした観察眼の持ち主だ。こんな短い時間でそれを見抜いていたのなら、そりゃあ一筋縄ではいかないはずだ――おれは心の中で肩をすくめた。
「斎藤とお前は似ていると思ったけど……そんなことはないんだな」
ついこぼれた思いを聞いているのかいないのか――いや、確実に夢の世界の入り口に踏み入れかけているから聞いていない――阿久津は今度こそ目をつむり、体を窓の方に預けた。
「……言わねえよ。三上さんがいなくなったいま、大事な金づるを失うわけにはいかねえからな」
なんとも言えない焦燥感を、嫌味で隠す自分がもどかしい。
聞いていないはずなのに、阿久津がかすかに笑った気がした。
陽だまりのシルエット 衣草薫 @lavenderblue
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