テラ

YachT

テラ

 この世界の真理を追い求める者は数多い。学者を中心として、人類はいままで世界の真理を追い求めて来た。そしてある日、真理を追い求める者がもう一つ増えた。彼らはある時急に現れた。人と変わらない、至って普通の見た目であった。唯一の違いは、彼らは「問い」を持って生まれるという事だ。大なり小なり、難かしらの問いを持って現れて、その問いに答えが得られると電池が切れたように死んでしまう。感情もなく、食べる事も必要ない。ただただ答えを求めて人々に聞き回るのだ。人類は彼らを「テラ」と呼んだ。その起源はわからないが、誰かが言った冗談交じりの


 「人類が色々遅いから、地球から遣わされた使者」


という言葉から名付けられた。彼らの問いは多種多様であった。


 「1+1は?」

 「リンゴは何色ですか?」

 「現在の地球の年齢は?」


 人々は彼らに慣れ、街中で尋ねられる事があれば答え、正解すればその日は良い運勢だなどと思いながら生活をしたり、研究者たちは難解な自然の理解の答え合わせのために利用したりした。多くのテラの問いはいくら難しくとも、大抵は半年以内に解決し消えていった。数体の難題のテラを除いて、長く生き続けるテラは存在しなかった。


 そんな時、あるテラが現れた。その者は服をまとわぬまま、一番近くに男を見つけ近づき質問した。


 「生きるとはなんですか」

 男は久しぶりのテラとの出会いに浮足立ち、自信満々に答えてしまおうと意気込んだが、言われた事を一度反芻して、自らの聞き違いを疑った。


 「それはな…今なんて言った?」


 「生きるとはなんですか?」


 「え」


 男は、偉そうな大御所のエッセイの宣伝文句にでも書かれてそうな、この問答に困惑した。通りすがりで聞き流そうとしていた他の人々も幾人かは足を止め、質問の内容を聞き返す。テラは丁寧に一人一人に


 「生きるとはなんですか」


とただ単調に繰り返した。その場でひとしきり騒動になった後、騒ぎを聞きつけた警察によって保護、研究機関に収容される事になった。研究者は数多くの研究をし、答えの候補を挙げていったが、ことごとく首を振られた。人生観など人それぞれだと言われるが、テラの答えは不思議な事に、絶対的な正解が必ずあるのだ。そうして時は経っていき、疲労から頭がおかしくなった一人がある事を言った。


 「もう、テラ自身に旅させてさ、いろんな人に聞きにいったらいいんじゃないか」


その研究者以外もみな疲れていたので、すぐに同意が得られた。何とかして生活する方法をテラに伝授すると、移動費のためにいくらでも使えるカードと共に社会へと解き放った。最初は扉から出た直後、すぐ近くの人に問い始めるなどがあったが、繰り返し教育を繰り返す事でテラにしては人間のようになっていった。それでも感情は薄かったが、社会に出してもパニックは起こさないという程度にまでは持っていくことが出来た。本来答えを求める事しかできないはずのテラが人とコミュニケーションを取る事が出来るようになるという事自体が、世紀の大発見なはずなのだが、早く追い出したい研究者達はすっかりそのことを忘れていた。こうしてテラは自由になった。


 テラは自らの問いに答えられそうな人を探した。まず目につけたのが


 「人生の真実は金にあり」


という文言を掲げたセミナーを見つけた。テラはセミナーに向かい、講演を一通り聞いた中で質疑応答が始まるとすぐに質問した。


 「生きるとはなんですか」


講演を行っていた不思議な装飾を付けた女は言った。


 「いい質問です。それはお金に魂を変換する事です。物質に変換する事でゲヘナによる腐食を防ぐことが出来るのです。そして」


女が続きを話し始める前に、テラは首を振った。

 テラが次に目をつけたのは高名なお坊さんだった。テラは山を6時間かけて進み、秘境と言える所にある寺院に辿り着いた。お坊さんの弟子達はテラに気づくと優しく迎え入れた。雨に濡れた体をいたわれるように一晩の宿を用意してくれた。テラには一切が不必要だったが、初めての対応になすがままにした。お坊さんに会いに来たのだというのをやっと伝えると会ってくれる事になった。


 「どんな御用でしょうか」


 彼は優しい慈愛に満ちた声で尋ねた。大抵の人であれば、まるで仏のようだを形容し称えたところだろうが、テラにとっては、単に時間ととるしゃべり方をしているとしか感じなかった。


 「生きるとはなんですか」


 「難しい質問ですねぇ」


お坊さんが悩んだ。


 「あなたはどんなものだと考えていますか」


 「…生きるとはなんですか」


テラにとっては、答えは自分で考えて得る物ではない。与えられるものなのだ。


 「自分で考える事も大切ですよ。それこそ人生です。考えて悩む。そうして自分なりの答えを得るのです。」


テラは間髪を入れずに首を振った。非常に失礼な行為であるが、テラにとっては答えを得られることこそ・・・


テラは答えを求め続けて旅をつづけた。道すがら陽気な集団に絡まれて

 

 「そんなんたのしむもんじゃんかよぉ!!」


と言われたり、ある店の店主からは


 「自分勝手すぎる。そんなんだから分からない。」


と言われたり、なかなか答えは見つからなかった。そんな中、体は疲れてはいないはずだが、我々であれば気疲れとでもいえる物を感じたようで、ベンチに座った。夕日を眺めていると、少し離れたところに別のテラがいるのを見つけた。それは通りすがりの女性に質問すると、答えに納得しなかったのか首を振った。それは次の標的を探してキョロキョロを見まわし、テラを見つけて駆け寄ってきた。


 「テラとはなんですか」


テラは答えた。そのテラは納得したのかその場で力尽き、頭を地面に叩きつけるようにして死んだ。テラはある感情を感じていた。焦燥感である。他のテラは易々と使命を全うしているのに、自分は全く答えに近づく事なくただただ生きている。こんな事でいいのかと焦っていた。以前には無かった豊かな感情を経験し、それに対する困惑を感じながら、物思いにふけった。日が沈みかけた所で隣におじいさんが座って来た。辺りにはほかにもベンチがあるのにわざわざ隣に座られた事にいやな気持を抱きながらも、最初に座ったという事を主張するかのようにそのベンチにかたくなに居座る事にした。そうやって勝手で無意味な闘争心を抱いていたらおじいさんがはなしかけてきた。


 「あんたテラかい?」


テラは心底驚いた。最近ではテラとみられる方が珍しくなっていたのだ。テラと人の見分けは見た目では不可能だ。そんな状況で見抜かれた事に驚いた。


 「どうしてわかるんですか?」


 「おおほんとにそうなのかい?」


かまをかけられたのだ。単なる奇跡でしかなかったのだ。


 「あぁ、偶然ですか」


 「まぁね。年の功だよ。」

 「所でこんな所で何をしてるんだい?」


 「私が知りたいですよ」


 「まぁ焦っても仕方ないよ」


 「でも」


わたしが言い訳を述べようとした所を遮るように話しをつづけられた。


 「君の問いは?」


 「生きるとはなんですか、です」


おじいさんはそれを聞くと考えこむようにして顎に手を添えた。


 「自分自身がある意味生きていなんですよ。それなのにどうやって答えを探せと言うんですかね…」


「それだ」


おじいさんの声だが、先ほどまでの違い若々しさが感じられる声が聞こえた。


「それだよ。」


そこにはおじいさんはおらず、変わった様相び黒い服に身を包み、奇怪な円形の模様が描かれた前掛けを顔につけた男が座っていた。


 「なんなんです」


男はゆっくりとこちらを向き、面白がるように間をためたのちに言い放った。


「君たちを作った内の一人だよ」


なんと衝撃的な事だろうか。男は軽々しく言い放ったが信じ難い事である。


 「生きてみるかい?」


 「どういう事ですか?」


 「不老不死の体を捨てて、人として生きる。そして自分自身でその答えを得るんだ。」


 「なるほど」


テラはいままでとは違う方向性の方法故に、今度こそなにかに近づく事ができるのではないかと感じた。テラは男に人にしてもらった。人魚姫ほどの違いは何も無かったが、さっきまでは無かった「疲れ」を感じ始めた。


 こうして人となったテラは生活をした。いたって普通の人のように生きた。幸い、年齢が若かったのと、研究所での教育のおかげで大学からのスタートでなんとかなった。そのまま世間の流れにのって社会人になり、好きな人が出来た。この時点で問いの事は忘れていた。さらに時を経て結婚し、子供をもうけた。テラは子供が愛おしかった。テラはただただ普通の、なんの特異性もない人生を送っていた。単に生きるという事を経験していたのだ。ある時、自分の「問い」を思い出した。問いの事を考えながら、子供をベランダで抱きかかえていた。こういう事かと感じていた。こういう事というのは子供を持つという単純な事ではない。もっと抽象的で深いものだと実感し、その答えを得たのだ。


 「答えは得られたかな?」


タイミングを見計らったように男は現れた。私以外には彼の声は聞こえていないし、見えてもいなかった。


「子供はかわいいかね」


「もちろんです。まだ小さくて話せませんが。」


「そうか、で、答えは?」


テラは答えを返さず、黙って子供を降ろし部屋の中に入れた。


 「すみませんが、まだです」


 「…本当に?」


男は疑いの目を向けてきたが、テラは動じなかった


 「守る事に徹するとね、それどころじゃないんです」


 「…そうか」

 「…また来るぞ」


 「じゃあ五、六十年先でお願いします。」


 「…わかった」


男にとってはその程度は何でもない。ただ、早く答えを得る事だけが目的であるが、テラの固い意思を破ることはできないと確信し、素直に見を引いたのだ。人類史上最大の答えを抱えたテラはその後も生き続け、決して明かす事は無かった。

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テラ YachT @YachT117

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