最終話 必要とされる世界

 ファンはミドリを抱えたまま、手のなかの黒い八宅盤を前方にかざした。

 黒の柱が放出され、宙をつっきった。矢のようないきおいでリュウを投げとばす。

 ミドリの血が凍った。リュウのほうに手をのばそうとするが、ファンに阻止される。


「勝手に動くんじゃない。おまえはあいつからのつぐないの品なんだからな」

「そんなの知らない!」


 叫び暴れた。ファンは腕に力をこめ、押しとどめる。


邪羅じゃらの里にもどったらそのうるさい口に封印術をかけてやる」


 ファンは黒雲をあやつり去ろうとした。

 女たちやあずまやの乗る雲が、その行く手をはばむ。


「ファン太子たいし、卑怯だぞ」


 太子といえば、王子様のこと。

 リュウはこの人を兄と呼んでいた。それならば……。

 ファンはバカにしたように鼻で笑う。


「いまだに私を太子と呼ぶか。私の力をおそれ、へなちょこのリュウを皇帝にすげかえようと、冤罪えんざいで私を追いだしたくせに」


 言葉には怒りがこもっている。


「ねえ。リュウは太子なの?」

「なんだ。知らないのか? 皇帝候補の太子たいし天玉城てんぎょくじょうで秘密裏に守衛しゅえいとして修業をつむのだ。そこで優秀な成績をあげれば皇帝だ」


 そんなの初耳だ。

 雲の上の女たちが八宅盤を光らせ、ファンに火の矢や雷電のやりをうがつ。彼女たちは混乱しているようだった。


「ファン王子は陛下の力で肉体をうばわれたのではなかったのか?」

「下級娘娘ニャンニャン身体からだを乗っ取ったのでは」


 ファンはスイスイと攻撃をよけ、黒の柱を彼女たちにうちこむ。


「ちがうぞ。ミドリもよく聞くといい。このリンとかいう娘はみずから私に身体をさしだした」

「え?」

「リュウの元婚約者だったが、あいつは皇帝候補としてここの守衛になることになったからな。追いかけてここに来たというわけだ。で、リュウをやると言ったら簡単に乗ってくれた。男ほしさにおまえをうらぎったのだ」

「そんな」


 信じたくない。

 ファンはおもしろがるようにニヤニヤしている。


「憎め憎め。全身をいんの気で満たせ。この世界を陰の闇で破壊しろ」


 淡い金の光をおびた剣が、下方からファンの黒雲を貫く。

 ファンはすばやくよけるが、バランスをくずしミドリを落とした。

 落ちたミドリを抱えたのは。


「ミドリはわたさない」


 白雲に乗り、剣を持ったリュウ。

 ファンのまとう黒雲が厚みをました。


「いつもおまえばかりずるいんだよ。うばってやるぞ。ミドリも天玉城も!」


 黒雲は猛スピードで走った。女たちのいる、あずまやの載った雲めがけて。

 あそこには皇帝がいる。


(あの人、皇帝を殺す気なんだ)


 早くなんとかしなければ。

 リュウがぽつりとたずねる。


「ミドリは俺をうらんでいるか?」

「なんで?」

「俺はファン兄様がリンにとりついているのを知っていたが、あの人があわれでなさけをかけてしまった。結果ああなった」

「うらむとかは、ないかな。ただもっと話してほしかった。もういいけど」

「すまない。それと、ミドリはリンを憎んでいるか? 友だちなのに裏切ったんだぞ」

「……べつに。リンのことはずっと友だちだと思ってるから」

「よかった。それならファン兄上を倒せる」

「どういうこと?」

「憎悪があれば調和ができない。ファン兄上のように陰の気にのまれる」


 リュウはミドリの手をにぎった。


「力を貸してくれないか? さっきみたいに。ファン兄上を助ければリンも救える」


 こくりとうなずく。

 目をつむり、みずからの内側を見つめた。

 いろいろな気持ちがうずまいている。

 リュウの手のぬくもりがそれを落ち着かせ、安心させてくれた。

 なやみ苦しむ憎悪の陰だけではいけない。なにも考えないお気楽な陽だけでもいけない。ふたつの均衡きんこうこそ調和。

 透明の八宅盤を、飛んでいくファンのほうに向けた。リュウも自身の八宅盤をかかげる。

 ふたつの盤は白銀の光を帯びる。光の柱が矢のようにファンめがけて飛んでいった。


「……!」


 ファンも自身の八宅盤をかざし、闇の柱をこちらに向ける。

 光と闇の柱がぶつかりあい、押しあった。

 闇の力は強い力だ。こちらが押せば押すたび威力をましていく。

 ミドリは押されそうになる。リュウの手をにぎりしめて耐えた。リュウもミドリの手をにぎりしめる。

 光の力も増幅した。

 

 両者の力が拮抗した瞬間、爆発が起こった。





 薄桃色の空。桃の木。蓮の花の池。きり

 目を開けると、ミドリは見覚えのある庭で寝転んでいた。

 ざっと、人の足音がする。

 こちらへ近づいてくる人影が、霧にゆらめいている。

 広い肩。たくましい身体つき。男性のようだ。

 大きな丸い帽子。とりわけゆったりした服。玉がつらなった長い首飾り。守衛とはちがう高貴な人のようだ。

 天玉城に男は入れない。守衛と、もうひとりをのぞいて。

 もしかして……。


「陛下でいらっしゃいますか?」


 その影はなにも言わず、手をさしだした。

 その手にも見覚えがある。


「……私をこの世界にひきこんだのは、あなたなんですか?」


 霧が深くなっていく。頭がぼんやりとして、まぶたも重い。

 低い風のような声が耳に残った。


「ミドリ……調和デ……イヤシテ……。息子ト……世界ヲ……」

 




「……ミドリ! ミドリ!」


 ハッとすれば、岩山の上で、リュウにかかえられゆさぶられていた。


「勝ったぞ。ファン兄上に勝ったんだ」

「え?」


 近くの木に、リンがぐったりともたれている。


「ミドリ、ごめんね」


 先生や守衛たちが駆け寄った。


「よくやってくれました。陛下や上の方々もあなたたちをお認めになることでしょう」


 ミドリは上を見上げた。

 美しい女たちやあずまやをのせた雲は、天へと昇っていく。

 リュウにかかえられながら、ミドリはじっとそれをながめた。

 この世界で、とても大きな仕事をまかされたらしい。

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後宮学園 Meg @MegMiki34

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