第4話 兄の魔の手

 ある日、授業を受けるため、ミドリはいつものように瑞春堂ずいしゅんどうの扉を開けた。

 とたんに、きびしい顔の先生や守衛しゅえいに取り囲まれる。


「え?」


 彼らの背後に、固い表情のリンがいた。

 縛られぐったりしたリュウが、ミドリの前に投げだされる。


「リュウ?」


 ミドリも守衛に腕をつかまれ、しばられる。

 先生が残念そうに言った。


「リンからあなたたちの行いを聞きました。夜に二人で密会したそうですね」

「リン、どういうこと? どうしてうそを……」


 リンは一歩うしろにさがった。


天玉城てんぎょくじょうおきてをやぶったのだから、邪羅じゃらの里に落とします」


 邪羅じゃらは、この前ミドリたちをおそったあの黒い雲の化け物のこと。


「私たちをえさにするってこと?」


 リュウが叫ぶ。


「事実ではありません! ミドリはなにも……」

「うるさい!」


 守衛がリュウをけりとばす。


「リュウ!」

「さあ。準備はできています」

「待って。どうしてそんなことするの?」

「あなたは娘娘ニャンニャンなのよ」

「だから何?」

「身も心も魂もすべて皇帝陛下に捧げる存在よ。守衛と通じるなんてあってはならないの」

「そんなのおかしいよ。私は私。誰のものでもない!」

「これは掟なの。口答えするならふたりとも……」


 守衛らがにぶく光る剣の先を、ミドリとリュウに向けた。


「ま、待って。ミドリとリュウは……」


 今までうつむいていたリンが、急に口を開く。みんなの注目が集まった。


「……二人で素晴らしい力を発揮していました。力を増していく邪羅じゃらへ対抗するのに、戦力になると思いませんか?」


 守衛たちは顔を見合わせる。


「そりゃなあ。われわれが何人もの犠牲をはらって追いはらう邪羅じゃらを、いとも簡単に倒したし」

「俺たちもムダに死ななくてすむかもしれない」


 先生は腕を組む。


「でもこれは掟なの。陛下や上の方々に示しがつかないわ」

 リンは、「で、ではあの方々にお見せしてはいかがです? この二人には価値があると。一度の失態くらいで手放すには惜しいと」




 しばらくして、先生や守衛につれられ、ミドリとリュウは雲の上の岩場に立たされた。縄をほどかれる。

 リンも様子を見守っている。

 上空から、大きな白い雲がまいおりた。乗っているのはきらびやかな服に、大輪の花をいくつも髪につけた、美しい女たち。きっと階級はかなり上なのだろう。

 雲の一番奥に、うすい布がかかったあずまやのような屋根がある。

 先生や守衛はひざをつき、手を前で合わせた。


「皇帝陛下、万歳ばんざい万歳万々歳」


 ミドリはようやく察した。


(あれが皇帝なんだ)


 雲の上の女たちは、ミドリとリュウをジロジロ見下ろす。


「その答応とうおうらが例の?」

「それほどの力を持っているとは思えぬが」


 遠くの空からごぉんと、低い鐘の音がする。黒い雲がただよってきた。


「われらの予測どおりだ。邪羅じゃらが来おった」

「守衛よ。そなたらは手出し無用ぞ」

「邪羅を倒せねばわれらが処分するからな」


 女たちの白い雲がすぅっと離れた。先生や守衛、リンも離れていく。

 リュウはミドリの手をにぎった。


「ミドリ、この件は俺のせいだ。俺がなんとかするから」


 彼の手は緊張であせばんでいた。

 ミドリは気をひきしめ、手をにぎりかえす。

 呼吸をして目をつむった。自分の内側を見つめる。

 今、自分の心は湖面のように落ち着いていた。感じるのは深い安心。

 それは、にぎられた手のあたたかさから来ている。

 自然と力がわいた。

 何度練習しても得られなかったこの感じこそ、活力かつりょくの調和。


「大丈夫。私もがんばる。リュウと一緒ならできる気がするんだ」


 目を開け、彼の瞳を見つめる。

 透明の八宅盤はったくばんをにぎった。リュウもみずからの盤を手に、小さな白い雲を発現させる。


 雲はふたりを乗せ、上空へと一直線に昇った。

 


 

 黒雲は大蛇だいじゃのようにうねる。雷の尾で空をさき、口からひょうの風をはきだした。

 白雲は流星のようにかけぬける。ミドリとリュウが八宅盤をかざせば、するどい光が黒雲をつらぬいた。

 

 

 雲の上から様子を見る女たちが、おどろきの声をあげる。


「なんという力」

「これなら確かに」


 リンの胸は重苦しかった。

 リュウを助けるつもりだったのに、このままでは彼とミドリとのきずなが深まってしまう。

 今ミドリを妨害すれば……。


(待って私。なに考えてるの? なにをしていたの?)


 先生にうそを言って。ミドリが死ねばいいと思って。

 どうしてこんな恐ろしいことを。ミドリは友だちなのに。

 最低だ。


(ふたりを助けようと。それからミドリに謝って……)


『この偽善者め』


 リンにだけ聞こえる声が言った。


「……っ」


 全身がしめつけられる。

 胸が痛くてかきむしった。


『リュウを手にいれるのだろう。そのためにあの娘をひきはなすのだろう。だから協力したのに』

「ちがう。私そんなこと……」

『おまえは用なしだ!』

「あ……」


 黒い煙がリンの全身を覆った。



 先生や守衛がようやくリンの様子に気づく。


「リン、どうしたの?」


 雲の上の女たちが、リンを見て血相を変えた。

 八宅盤を構え、あずまやの周囲を守るように立つ。


「その娘、邪羅じゃらではないか。今すぐ処断を……」

「ククク。フハハハ!」


 黒い煙にすっぽり覆われ、リンは大笑いした。

 その顔は、リンのものではない。

 手にした八宅盤も、色は闇のような黒色。


「リュウ! つぐないの品はいただくぞ」


 勢いよく上空に飛びあがった。

 


 

 黒雲の大蛇の身体が、光によりまっぷたつに割れた。

 白雲の上のミドリとリュウは、ほっと息をつく。


「やったね」

「ああ」


 不意に、突風が吹きつけた。黒雲をものすごい勢いで散らしていく。


「きゃ」


 ミドリは激しすぎる風にふっとばされ、宙へ投げだされる。


「ミドリ!」


 リュウが白雲を飛ばし、ミドリをすくおうとする。

 ミドリの胴体が、ふわりと抱えられた。


「おまえは陽の気が強いんだな、ミドリ」


 言ったは、リュウに似ているが、リュウではない人。

 黒雲に乗り、全身に黒い煙のようなものをまとった、若い男。うしろの長いみつあみをたなびかせ、唇に笑みをはりつけている。


「だれ?」

「リュウも私も陰の気が強いからな。相性がよいのだろう」


 リュウがこちらにめがけてつっこんでくる。


「ファン兄上! ミドリを放せ!」


 兄?

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